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「世界は贈与でできている」近内悠太著 02 まえがき~積ん読部屋からの便り

こんにちは。
なつむです。


数日、
この本と向き合って行きます。

世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング) 単行本 – 2020/3/13
近内悠太 (著)



今日は、まえがき、から、
見て行ってみます。



「お金じゃないんだよねー」現象


政治哲学者マイケル・サンデルさんの本からの引用で始まる、本書。

1990年代のスイス。
原子力エネルギーに大きく頼っているこの国では、核廃棄物の処理場が必要だった。(略)建設の可否を決める住民投票(略)51%の住民が処理場を受け入れると答えた(略)処理場を受け入れてもらう見返りとして住民の皆さんに大金を払いましょうと言う提案を付け加えた(略)賛成は51%から25%に半減してしまった。

まえがき より


これを読んで、身に覚えがすごくあるなぁ、と思いました。

私が所属し、運営にも参画している、
一般社団法人PAG、
その中の、
ビジョナリーカンファレンス。

私にとっては運営をやるのも
無報酬が自然で(現状無報酬)。

報酬があってもいいのでは
というお話も、出たことが
過去、何度もあるのですが、

「そうじゃない」となる話。


僕らとは誰ですか


この本ではこれ(住民投票の事前調査の結果)が「予想に反して」「僕らの常識に反する」「不可解」と捉えられていて、その点は逆に面食らいました。

僕らは、それに見合う対価や見返りが支払われるのであれば、嫌な事でも引き受けると考えています。

まえがき より

とのことで。

あぁ、そうなの、かな、そっか、この著者さんにとっては、そうなんだね、と、思いました。

んー。
自分の街に核廃棄物の処理場ができる………。
たしかに嫌なことかもしれないけど。

嫌なことでもお金を支払われたら引き受ける、かぁ、、、、、。

なんか、それって「お金で黙らされている」感じに、なりそうだなぁ、嫌だなぁ、と、思います。

VCの運営もそうなんだけど、喜んで進んでやってることなのに、お金を払われると【やって当たり前な扱いをされそう】だから、金銭的な報酬が云々ということは嫌なんだ、というお話だと思うんですよねぇ。

僕ら、と書かれると、私の感覚ではつい、読者であるこちらも気持ち的に巻き込まれてしまったのですが、当然感覚が違うこともたくさんあるわけで、「え~僕らって、勝手に決めないで」という気持ちも湧いてしまいました。笑

あぁ、そうか、この「僕ら」は、私は含まない、近内さんやそのお近くで活躍なさっている方々、ということなのだろうと考えることにいたしました。うん、平和。



その結論は本当なのかしら。


ここは、これから、哲学的な意味での「贈与」というのが語られて、贈与を考えることで、こう言う現象についても理解や説明が可能になるんですよ〜、という繋ぎになれば良い部分なのだと思うので、
本論と関係の薄い詳細に突っかかっても、仕方ないかもですが、

そもそもなぜ住民たちが処理場受け入れに賛成したかというと、(略)「公共心」があったと言うことです。(略)ところが、経済学者たちによる事前調査は、そのような無償の善意を「お金で買おう」としてしまったのです。そしてこのお金は、住民たちにとっては、賛成票を買うための賄賂に見えてしまった。だから反対した、と言うことだったのです。

まえがき より

賄賂に見えた、というのは、
本当に本当なのかなぁ。。。
と私は個人的には違和感を覚えました。

賄賂とは?

自分の利益になるようにとりはからってもらうなど、不正な目的で贈る金品。

Goo国語辞典

んー。。。
賄賂、かぁ。そうなのかなぁ。

実際その時の調査で住民の方々にお話を伺っていて、ご本人たちが「こんなの賄賂じゃないか!」っておっしゃっていたなら、そうなのでしょうけどねぇ。
存じ上げませぬが。

なんていうか。

義勇軍に集まった人にお金を払ったら、多分その人は、怒り出しますよね。
「俺たちの気持ちをなんだと思ってるんだ!」
って。
それと同じじゃないのかな。
それって、「賄賂」とは全然違う感触なんだけどなぁ……
ま、いいか、というところです。


はい、このペースで行くと
本当に全然終わりませんね。

ペースも考えます。

途中、順序も前後しつつ、気になるところを
取り上げるかもです。



ではまたーーーー!!







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