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必要な寂しさ

「10月に実家の北海道に帰るね」と彼から連絡があった。どうやらお母さんが怪我をして、そのお見舞いに行くらしい。
お大事にしてね、いってらっしゃい。と伝えて、その話題は終わった。



実家に帰る、その言葉を聞いたとき、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
別に、連れて行ってほしいとか、挨拶に行きたいというわけじゃない(もちろん、彼のお母さんのことは心配している)。
それにもともとその日程はわたしも予定があって、彼とは会わないつもりだった。


どうしてだろう、と少し考えて、答えはすぐに見つかった。

わたしは、彼が少しでも遠くに行ってしまうのが寂しいんだ。

6年も付き合って、何を言ってるんだと自分でも思う。6年の間には2年間の遠距離期間があったし、なんならわたしは一人で海外に行くし、彼と違って年に2回は帰省する(彼は実家になかなか帰らない人で、わたしと付き合ってから帰省するのは今回で2回目だ)。

一緒に暮らしているわけではないから、部屋が寂しい、とか具体的な理由はないけれど。
ただ、彼が明らかにわたしの手が届かない遠い場所に行ってしまうのが、寂しい。



わたしと違って、旅行にいくことが少ない彼。彼はわたしが海外から帰ってくると、いつも空港まで迎えにきてくれる。

「おかえり」と笑って荷物を持って、旅の話を聞きたがる。旅の間もずっとラインをしていて、写真も送っているから、道中の出来事はほとんど共有しているのだけれど、それでもたくさん聞いてくれる。
そして家に着くとぎゅっとハグをして、もう一度「おかえり」と言ってくれる。


もしかしたら彼も、わたしが遠くに行ってしまうことが寂しかったのかもしれないな。

普段、寂しいという感情を表に出さない彼だけれど、もしかしたらわたしがインドに行ったときも、カンボジアに行ったときも、イタリアもベトナムもタイもこれから行く一ヶ月のセブ留学も全部ぜんぶ、寂しかったのかもしれない。


遠出しない彼のおかげか(?)、わたしは今まで経験することの少ない気持ちだったけれど、きっとこの寂しさは、ふたり一緒にいる上で必要なものなのだろう。

たぶんこの先、わたしも彼もお互いにこの寂しさを訴えることはないような気がする。それでもどこか遠くに行くときは、今日感じた気持ちを握りしめて旅に出なければいけないな、と思う。待っていてくれる人がいるのだから。






世界はそれを愛と呼ぶんだぜ