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約1カ月間の沖縄生活を振り返る

1月5日から28日まで、約1カ月間沖縄に滞在した。10月にもほぼ1カ月東京を離れたことはあったけど、そのときは関西をあちこち回っていたから、一つの県にこれだけ長くいたのは初めて。

当初は本島を巡ろうと思っていたのに、結局ずっと北部にいた。エリアが狭いぶん移住者と旅人のネットワークにアクセスしやすく、泊まったおうちを通じた出会いも多かった。

一方で、沖縄の人と交流する難しさも感じた。関わった範囲では、移住者と旅人のネットワークと現地のネットワークはあまり重なっていない印象。その辺をふらふらしていれば話しかけてくれる人がいたり、飲み屋で接点が持てたりはあるけど、先日回っていた関西よりはややガードが固い雰囲気。内地の人間に良い印象を持っていない人がいると聞いてはいたけど、それを裏付けるような話も聞けた。

沖縄の歴史の本を読んだことで独自の文化がある背景もわかったし、戦争や基地問題も現地に行ったから感じられたことがあって興味深かった。

伊江島の戦争概要

これまでサブスクサービスで泊まったおうちでも滞在者との交流はあったけど、沖縄でお世話になった名護の2つのおうちは特に交流が多い。正直、これまで旅先で出会った人とその辺で再会してもたぶん気づけないし、名前も出てこない人がほとんどだけど、沖縄で出会った人たちはちゃんと自分の中に馴染んだ感覚がある。

そして、その人たちのおかげで本当に楽しい時間が過ごせた。普段は関わりがないタイプの人たちの話を聞けて見識が広まったし、人の数だけ人生があって、都会でビジネスやるだけが全てではないことを改めて実感できた。

わたしの去年の大発見は、自分には社会的な向上心らしきものがほとんどないと気付いたこと。なんとなく漠然とした上を目指さなければいけないような気がしていて、でもそれは何かが違うようにも感じていて、その違和感の正体が「有名になりたいとも、ビジネスパーソンとして成功を収めたいとも思っていないから」だと自覚してかなりスッキリした。

資本主義の世界に身を置いていれば向上心を持ってビジネスを頑張ることが是となるけども、そこに全員がはまるわけではないし、はまらなくてもいいのだとようやく心の底から理解できた。その感覚を持って沖縄でいろいろな人と話せたのはとてもよかった。

東京に閉じこもっていた頃、話をしていておもしろい人はそんなに多くないと思っていたけど、それは生息地が狭かっただけで、生活範囲を広げれば世の中におもしろい人はたくさんいる。そもそも東京に閉じこもっていた自分自身がつまらなかったから、人のおもしろさにも気づけなかったのかもしれないとも思う。

沖縄は暖かい日が多く、天気も良く、ほとんどの時間を薄手の長袖で過ごした。暖かい日の気温は24度だったのに対し、今日の東京は8度。寝室が寒くてびっくりしたし、昨夜からずっと寒冷蕁麻疹に悩まされている。

帰宅時にはちょっとしたハプニングもあった。

沖縄で見当たらないな〜と思っていた本はやはり荷物から消えており、買った食器はわたしの不注意と割れ物の強度への過信が原因で早速一つ割り、一つ欠けた。ショックと自分への失望を感じると同時に、ずっと興味があった金継ぎチャンスが来たうれしさもある。

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