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男からもらったとうもろこしを剝く


※下ネタを含む文章です



男からもらったとうもろこしを剝いていた。夏。

その頃のわたしはあまり自炊をしなくて、大きな大きなとうもろこしをもらっても、ちっとも嬉しくなかった。毎日仕事で忙しくて、牛丼屋で晩御飯を食べて帰るのが精一杯だった。



何本も大きなとうもろこしをもらった。キラキラとしたひげのついた、鮮やかな色のとうもろこし。

彼は、車の荷台からとうもろこしを下した。

「家、泊まっていい?」と車内で手を握られて、断りにくかった。だって、わたしが断れば、彼はこのまま車内泊か、高速に乗って帰るだけだと言う。


「とうもろこしも、あげなくちゃいけないしね」

事前に、もらうと言ってしまった。

「好きな店の、新鮮なものだからぜひ食べてほしい」

そんなことを言われて、やはりわたしは断れなかった。もらってあげた方が、彼も喜ぶのかと思ってしまった。とうもろこしは喜ぶのか知らないけれど。




自炊をしようと張り切って買い物をしたときでも、野菜は使いきれなくて、腐らせて捨てることもある。悪いと思っている。なるべくそんなことはしたくないから、食材は買わなくなってしまった。

いつも外食で済ますことにも罪悪感があるし、野菜を使いきれないほど忙しくて自炊ができない毎日にも罪悪感がある。何かに悪いと思いながら常に生きている。



また、残業ばかりして帰る。「今日は、持ち帰り仕事を作らないで帰ったし、ラーメンでも食べて帰ろう」と、自分へのご褒美は週何回設けているかわからない。どうせ食べるなら、ストレス解消できるほど、自分を甘やかしたい。

ラーメンは素敵。麻薬かと思う。

しかし、食べてから後悔する。油の多いラーメンを食べると、次の日胃の調子も悪い。頻繁にトイレに行って、さらに仕事の効率も悪くなる。それもわかっているのに、がんばっている自分を労わることを優先しないと、やってられない。



「とうもろこし、美味しかったよ」と言わなければいけないプレッシャーから、スマホで「とうもろこし レシピ」と、とりあえず検索してみる。

コーンの缶詰なら調理しやすいものの、とうもろこしであることに苛立つ。

魚焼きグリルで丸焼きにすれば楽で美味しそうだが、一人暮らしの住居にそんなものは備わっていない。

オーブンで焼きたくても大きなとうもろこしが入るほどのレンジも持っていない。

結局、コーンの部分を削ぎ落として、炊き込みご飯にしようと思う。


どう食べるのがベストかなんて、彼に訊かなかった。どうせ、丸ごとかぶりつくのがいいと言うのが想像できる。彼が、大自然の中でBBQをしながら美味しそうにとうもろこしを食べる姿が容易に浮かんだ。

丸ごとかぶりつくなんて、歯が疲れそう。綺麗な大きい強い歯を持っている人しかできないイメージ。



もらったとうもろこしを剝き始める。包茎の子が、わたしに皮を剝かれて喜んでいたな。

顕れたとうもろこしはつるつるしている。一粒だけ、もぎ取って食すととても甘かった。先っぽから出る、甘いがまん汁を掬い取るような仕草だと思った。

とうもろこしの髭は、ちんちんの毛みたい。色は、全く日本人らしくはないが、少し縮れて柔らかいところが似ている。頬をすり寄せたくなる。


「包茎だって、ずっと言い出せなくて」

包茎だった子はそう言った。でも、粗ちんではない。別に臭うわけでもない。

包茎を恥ずかしがる必要が、わたしにはわからなかった。

そのカミングアウトは、「実は在日コリアンなんです」「同性の方が好きなんだよね」と言われるのと同じくらいどうでもよかった。相手にとっては、「言っておいた方がいいのかもしれない」と怯えながら生きているのかもしれないが、それを知ったところで、わたしにデメリットはないし、対応が変わるわけでもないから。


包茎だと言われて、何かこちらが気を付けることはあるのかな……と思いながらセックスをしていたら、包茎だったちんぽが剥けた。

「え?初めて剝けた」と彼は喜んでいた。わたしにとってもよくわからない現象だった。



男にもらったとうもろこしを剝きながら、別の包茎の男の子のことを考えてしまった。

とりあえず、調理してしまえば、彼に「美味しかったよ」と報告できる。ご飯が炊けるのを待った。


出来上がった、炊き込みご飯は美味しかった。ツナ缶も混ぜたので、よく味がついている。

だが、疲れた。仕事帰りに調理をして、炊飯を待つのは非常に時間がかかる。自分だけのためにご飯を作るのは、コスパが悪い。

日々、買い物をして新鮮な野菜を少量買い、節約を意識しながら自炊をする生活を、めちゃくちゃしたいかと言われたらそうでもないから、わたしは毎日頑張れない。

自分がだらしないというよりは、やはり仕事のせいだと思う。どうしてこんなに残業しているのだと嘆くほど余裕がない毎日なんだから、自炊を無理して選択することはないと思っている。


「とうもろこし、ありがとう。炊き込みご飯にしたら美味しかった」

毎日やりとりをするようになった彼に、やっと報告できて肩の荷が下りた。

残りのとうもろこしは、たまたま家に遊びに来た家族に渡した。



わたしは、仕事に対して疲れ果てていたが、毎日やりとりするようになったとうもろこしをくれた彼に癒されていた。

彼はよく料理する。偉いなと思って、とても尊敬していた。ふるさと納税でこんな食材を手に入れたなども話してくれる。

どんなご飯を食べたか、好きな人の一日の一部を知れることはとても楽しかった。



一日ゆっくり休める日曜日があったので、近所の店にランチしに行こうと思った。その店で一番好きなガパオライスを注文した。

彼から返信が来ていたので、「今、ガパオライス食べてる」と写真つきで送る。

わたしはただ、一日の一部を報告しただけなのに、彼からの返信に凍り付いた。


「もっと自炊しなよ」


彼は、わたしの仕事の忙しさも理解してくれてると思っていた。仕事を頑張っているわたしを好きになってくれていると、自惚れてたかもしれない。

自炊しないことに、罪悪感を抱いて生きているのも確かだったが、仕事の忙しさと体力温存を考えて、自分で自炊を減らすことをしていただけに、その指摘は、あまりにわたしのことを考えていないもので、涙が出てしまった。


「自炊できない=だらしない、節約のできない、料理ができない、家庭的でない……」彼からのイメージはどういったものだったんだろう。考えるだけでゾッとした。

一緒に暮らすにしても、君が料理できるからいいじゃないかと思っていた、わたしが悪いか。


とうもろこしを調理した報告をしたとき、あんな簡単なもので何が料理だと彼は思っていただろうか。報告はしていなくても、毎日外食してるというわけではなかったし、わたしは全く料理ができないわけではない。

辛かった。やっぱり女性だから、少しでも家庭的にならなきゃいけないかなと、考え直してスーパーに寄った。食欲は湧かなかった。



しばらくしてから、「今日は早く帰れるから、自炊するんだ」と、また日常の一部を彼に報告した。

前のようなことがあったから、褒めてもらいたい気持ちもあった。

ただ、「何作るの?」「偉いじゃん」などと、そんな言葉をかけてくれると思った。

毎日待ち遠しくなってしまった、彼からの連絡。通知画面が表示されるが、そのことについて返信のないまま、次の話題になっていた。

彼は何も意識していないのかもしれないが、わたしは傷ついてしまったのを覚えている。

もう彼に、素直に何も言えなくなった。別れが来るのを、正直待っていた。




今年の三学期。仕事の整理がついてきたのと、コロナの影響のせいで休校になり、あれだけ忙しかった仕事量も落ち着いてしまった。

ラーメンを食べて帰ることも大幅に減り、毎日youtubeを見て、美味しそうなレシピを検索するようになる。

「今日はあれを作ろう」「明日はあの野菜を使ってみよう」と、わたしの生活にも変化が生まれた。

仕事に余裕ができれば、自炊をするんだな。節約になっているかはわからないが、自分の好きな物を作って食べるということは、とても楽しい。

家庭的になった方がいいとか、やっぱりどうでもいい。今は楽しいから自炊している。自分で、「偉いなぁ」と思えばいい。誰かに褒めてもらう必要もない。


スーパーで、髭付きのとうもろこしを見かける。あんなに無理して食べた思い出が懐かしい。

彼が、とうもろこしを口実に、泊まると言ってきたあの日。「いいよ、ひとりで食べきれないから」と言って、断ればよかったのに、わたしは結局セックスすることに流された。

無理をして、合わせたことはやがてツケが返ってくる。

合わせたというのは、楽をしたということだから。


そういえば、包茎の彼は、わたしとセックスしてからいつも剝けてるようになったかな。そうだといいなとは思うけれど、包茎であることも、LGBTQであることも、何でもどうでもいい時代になればいいな。


スーパーで見かけたただの野菜について、特に何も想いを馳せなくなる日が来てほしい。あの人が買ってくれた産地のとうもろこしを、上手に調理して、美味しい思い出に変えるくらいになろう。

今日は、とうもろこしは、いらないけど。




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