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HSPを「繊細さん」と呼ぶのも分かるけど「敏感さん」と言って欲しい。

HSP(HSC)について。

皆さんは、HSP(HSC)という言葉をご存知でしょうか?

HSPとは、"Highly Sensitive Person"の略で、分かりやすくザックリと説明すると、主に五感その他が人一倍敏感で疲れやすい「気質」や「特性」、あるいはそれらを持つ人のことを指して使われます。

また、HSPの気質・特性を持った子どもの事を
HSCHighly Sensitive Child)とも呼びます。

実は息子が不登校になるまで、ボク自身はHSP(HSC)という言葉を知らなかったのですが、最近では不登校に関する話題やコミュニティの場でよく目にする機会も増えたし、認知度も少しずつ上がってきてるのかなと思います。

HSP(HSC)とは「繊細」さん?

さて、そんな中で最近よく感じる事というか、少し気になっているのが、HSCの説明に使われたりする「繊細さん」という言葉です。

「繊細さん」と表現される事も多いHSP関連本

ボクはこの「繊細」という和訳というか表現、説明に、個人的には少し抵抗を覚えています。
もっと言えば、危うさみたいなモノです。

※この感覚自体がもう「繊細さんだから?」という考え方もなくはないのですけど(笑)

ともあれ、敏感すぎるというのは「結果的に繊細さん」である場合はきっと実際に多いとは思うのですが、次の理由から「特性の捉え方」としてはどうかな?と疑問に思わざるを得ないのです。

HSP(HSC)の特性は受信機能。

例えば、仮に教室や職場で、誰かが「・・・ウザいわ」と言ったのが聞こえたとします。

その時に、「きっと自分のことだ…」と捉えて傷付くあなたがいたとして、でも側にいた友人は「あの人、嫌な事でもあったのかな?」と別の捉え方をしたとします。

その場合、友人からすれば、あなたは「考えすぎじゃね?」となり、「ネガティブな考え方」や「傷付きやすい受け止め方」だと言えるのかも知れません。
また、それは「心」の問題と言えるかも知れませんし「繊細」さんと呼ぶならそうなのかも知れません。

でも、ボクが思うHSP(HSC)の特性は、そういった「普通の人より過剰反応する人」の事ではなく、そもそも最初の「ウザいわ」の声を人より受信してしまう人であり、「周りの人には聞こえなかったり気付けなかったりする程の小さな変化や空気の揺らぎのようなモノを感じ取れてしまう人」の事だと思っています。

場合によっては、感情を「本人が口に出していないのに感じ取れてしまう人」だったりする訳です。

これはもう繊細とかじゃなくない?と思うのですが、分かって頂けますでしょうか…。

他の人には聞こえない音を拾ってしまう、
匂わないものを匂ってしまう、
様々な感じ取れない変化を感じ取ってしまう、
そういった感覚器の性能の違いの話、つまりは受信機能が「敏感」すぎるという「高感度センサー」の問題や話なのであって、傷付きやすいとか受け止め方が過剰だとか「繊細すぎる」といった「心」の問題とは別の話だと思うんです。

別の言い方をすれば、心構えや考え方でどうにか出来る話ではないと思っています。

それを、敏感=繊細と直結して捉える表現である事に、少しだけ危ういなと感じる訳です。

解釈のズレが危ういと思う理由

なぜ危ういかというと、HSP(HSC)の特性を「繊細さんと(≒受け止め方などの心の問題)」と捉えると、これは「皆が同じように感じとっている刺激に対して過剰反応してしまう」という話になるから、極論、ティーチングやコーチング、カウンセリングやコンサルティングでメンタルトレーニングを行えば強くなり、抑えられたり解消できるモノだと言えるし、で、あるならば、それはつまり本人の努力や意識次第で解決可能なモノと言えちゃう事になるよね?

でも彼らの特性を、そもそも「皆が感じ取れない刺激を感じ取ってしまっている」という「敏感さん」と捉えたなら、心の問題ではない事、そしてメンタルを鍛えてどうにかなる問題ではない、という事が理解して頂きやすくなるんじゃないかなと思います。

人より感覚器が敏感という特性を持つ人の話であり、人より発達が未熟な心を持つ人の話ではない、ということです。

だから、です。

一定の刺激に対する心の反応が過剰なのではなく、受信機能を司る感覚器そのものが一般的な人より過敏(高性能)だからこそ、常に人より多くの刺激に晒されているのです。 

だから、どう思うかの話では無く、人よりも刺激が多いから脳みその処理量も人より多く、だから疲れやすい、ツラい、のです。

※極端な例ですが、四六時中爆音が鳴り響き続ける場所や、あらゆる匂いが混ざって悪臭が四六時中漂う場所で過ごさなければならないとしたら、頭も痛くなるし集中力も続かないしツラいと思いませんか?

また、そうであればこそ(繊細なのではなく敏感だからこそ)、彼らは「考えすぎだよ」と励ましても楽にはならないし、救うのは難しいのです。

彼らを救ったり楽にしてあげられるのは、刺激が少ない場所で過ごせるようにする事、刺激が少ない場所を確保しておくこと、ではないかとボクは思います。


「繊細さん」は個人の努力で改善余地がありそうに聞こえるが「敏感さん」は人格の問題では無いので本人にはどうしようもない。

少し長くてクドくなってしまいましたが、以上の理由から、ボクはHSP(HSC)の特性に関して見かける「繊細さん」という説明や捉え方は危ういと思いますし、是非「敏感さん」という説明や捉え方をして頂けたらなと思います。

その方が、本人に責任がない訳だから救われる気がする。

ボク自身、息子が不登校となりその当事者になった事で、息子が不登校になった経緯や、特性の話をする機会があるのですが、ある程度寄り添って頂ける姿勢の方から「繊細さんは大変だよね〜」というセリフが出るたびに、内心違和感を覚えたりしていたりします。

・・・ただ、冒頭でも触れたように、結果的に「繊細さん」でもあったりするケースも、きっと実際に多いのだろうとも思ってるんですけどね(苦笑)


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過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。