“静かな”絵画

無音の視覚芸術に、聴覚に関する形容詞をつけるのも妙な感じがするかもしれません。でも私は、実際には音のある絵の方が多いのではないかという気がします。

風景画だったら自然の音が、人物画だったら話し声が聞こえてきます(※個人的に)。
ほかにも、音が聞こえてくる絵というのがあります。例えば、モローの絵は宝石の煌く音、クリムトの絵は水音、ミュシャの絵は甘く流麗なメロディ、デュフィの絵に満ちるのはオーケストラ……という感じです(※個人的に)。

だから、「賑やかな」絵があれば、「静かな」絵もあるのです(※個人的に!)。

今回は、「静かな絵」部門から、私のお気に入りの画家を3人紹介します。
いずれも20世紀に活躍した画家です。


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ジョルジョ・デ・キリコの絵(写真右下)は、郷愁的な静けさです。

キリコは、シュルレアリスム(超現実主義)の芸術家たちに大きな影響を与えたイタリアの画家。多くのシュルレアリストたちが彼に影響を受けていますが、キリコ自身は彼らと交流することはなかったといいます。
キリコの描いた街の風景は、どこか懐かしい寂寥感があります。幼い頃に感じた、夕方の街の景色、といったような。ですが、物悲しいだけでなく、サスペンス的な不気味さもあります。人の気配のない街角、奇妙な建物、長くのびた影…これは、当時の社会が抱いていた漠然とした不安を表している、とも言われます。とはいえ、暗示に満ちているようで実は単なる風景画かもしれません。



ポール・デルヴォーの絵(写真右上)は、神秘的な静けさです。

デルヴォーはベルギーの画家で、シュルレアリスムの展覧会に参加していました。ひっそり閑とした街並みは、どこかキリコの世界とつながっているような風情ですが、キリコの絵が夕方だとすれば、デルヴォーの絵は真夜中です。
デルヴォーの絵に登場するのは、ほぼ女性です。それも同じ顔の。口元には微笑を浮かべ、各々の方向を見つめています。何とも捉えどころのない表情です。私たちは、ただ絵の外から眺めることしかできません。
キリコの絵の静寂は、その空間に人がいないということが原因ですが、デルヴォーの絵においては、それは当てはまりません。登場人物たちが皆、口を閉ざしているのです。彼女たちは、いくら待っても永遠に喋り出すことはないでしょう。



エドワード・ホッパーの絵(写真左側)は、ドラマティックな静けさです。

ホッパーは、手法を印象派に得て、主題をアメリカの都会に得たと言われている画家で、生前から今に至るまで大層な人気を誇っています。20世紀前半のアメリカは抽象画が一世を風靡していましたが、ホッパーは一貫して、「都会の孤独」をテーマに具象画を描き続けていました。
ホッパーの絵は、まるで映画の一場面のようです。日常を切り取ったように見えて、実は細かい演出がなされているので、隠された物語があるような気がして面白いのです。実際、「映画的」というのはホッパーの絵を語る上でよく使われる言葉です。画家自身も映画好きでしたし、ホッパーの絵をパロディとして映画に取り込む映画監督もいます。



……こうして改めて見てみると、静寂のニュアンスも画家によってかなり違うものですね。

聴覚で楽しむ絵画鑑賞、おすすめです。

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