お正月に1人だっていいじゃない
もう1月が終わる。年始以降、ありえない速度で過ぎ去っていった。
今年のお正月のことは、つい先日の出来事のように思い出す。
年越しは仕事だったため会社で過ごし、年始に実家に帰省しようとしたら実家の家族がコロナに感染したことが判明。正月と言えば、帰省のほかには箱根駅伝ととんねるずのスポーツを観るくらいしかないので、思い切って1人暮らしの家に引きこもることを決めた。
実家に帰らなかった上に、近所に住む友人もみんな帰省していたり家族で過ごしていたり、暇そうな人はいない。
おせちは実家で食べるつもりだったから用意しておらず、1人分だけ買うのもちょっとためらう。
お雑煮を作るのも面倒だし、スーパーで袋入りの切り餅を買っても1人暮らしじゃ消費できないことは目に見えている。
喪中のため誰にも年賀状を出していないし、誰からも来ない。
そう、正月特番を観る以外には、何も正月らしさを感じることはできなかったのだ。
これではまずいと思い、一応、元日に外に出た。
まず、駅に行った。駅前は家族連れであふれ、にこにこした子どもたちが走り回っていた。お年玉をもらってご機嫌なのだろう。
ロータリーは送迎車がぎゅうぎゅうで渋滞が発生しており、スーツケースを引いた若者がハザードをたいている車に乗り込んでいく。どこからこの街に帰って来たのだろうか。
紙袋を下げて、スーツとかしこまったワンピースを着たカップルもいた。結婚の挨拶でもしに行くのだと思われる。がんばれ。
うろうろしていたらお腹が空いたので、回らないけどお手頃な寿司屋へ入った。店内はここも家族連れであふれていたが、1組だけ明らかにパパ活と思われる男女がいた。お正月からご苦労様です、と思いながら、私は生ビールを注文して、口に運んだ。
ごきゅっ、ごきゅっ。
音を立てながら、ビールが肝臓に流れ込んで行くのが分かった。そうこうしているうちに寿司が来たので、1貫ずつ味わいながら食べた。
寿司は最後に好きなネタを残すので、皿の上には中トロとイクラとウニが残った。
そういえば昔、正月に親戚で集まったときに、桶の寿司があった。
目の前の桶のイクラ軍艦を取ろうとしたところ、親戚のおばさんの箸が目の前にカットインしてきた。すると、「〇〇君(おばさんの息子)がイクラ好きだから、これもらうわね」と、私の前にあったイクラ軍艦をすべてかっさらっていったのだ。
私が唖然としていると、彼女は同じように、私の父や母や妹の前にあったイクラ軍艦も全て奪っていったのだ。あの出来事は私たち家族にとってトラウマとなり、以後は親戚の集まりで寿司が出てくると、皆、おばさんに回収される前にイクラ軍艦を丸のみする勢いで食べた。
だが今年は、1人でゆっくり心行くまでイクラ軍艦を味わえた。幸せだった。それでもちょっぴり、さみしかった。
結局私は三が日、誰とも会わずに箱根駅伝を観て母校を応援し、選手の力走に涙し、スポーツ王のリアル野球BANで引くほど爆笑した。
それ以外は、いつもの休日だった。
1月4日に外に出たら、年賀状を手に半纏を着込んで草履でポストに向かっているおじいさんがいた。そういえば正月だったなと、久しぶりに思い出した。
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