見出し画像

小説自費出版体験記第17回/擬音語と擬態語その3

今回は文豪の音や光の表現を、川端康成の『雪国』と太宰治の『グッドバイ』から鑑賞します。まず雪国から

1、「しいんと静けさが鳴っていた」

静けさが鳴る……どこかで見たような気がします。

「鳴り響く沈黙のように」

そう、前回紹介した三島由紀夫の『金閣寺』で登場しましたね。あの難しい「撞着語法」です。共通しているのは、「静けさ」「沈黙」という無音の状態を表す言葉を、「鳴る」という有音の状態を表す反対語と組み合わせることにより、静けさを強調している点です。普通なら存在を感じない静寂が、存在感を持って迫ってきます。川端と三島は、谷崎潤一郎、詩人の西脇順三郎とともに日本のノーベル文学賞候補だったことが明らかになっています。ノーベル賞候補だった二人の文豪(言うまでもなく川端康成は1968年に授賞)の共通する感性が窺える興味深い描写です。

2、「銀の雪は冷たく燃えるような輝きを増してきた」

冷たく燃えるような……夜明け寸前の鏡に映る雪景色を表現しています。冷たく光るではなく、「冷たく燃える」。普通に考えれば、燃えれば熱いのが当たり前ですが、川端は矛盾した言葉の組み合わせで微細な光景を簡潔に描写しています。夜明けの、勢いを徐々に増す朝日で輝きだす雪景と、冷たい雪の感触が同時に伝わってきます。このように川端は、雪国で反対語や矛盾した言葉の組み合わせの比喩を多用しています。

3、「自動車で十分足らずの停車場の燈火は、寒さのためにぴいんぴいんと音を立てて壊れそうに瞬いていた」

サラっと読もうと思えば読めますが、よく読むと難解です。ぴいんぴいんとは何の音でしょうか? 本当に音を立てているのでしょうか? 寒さで空気がぴいんと張り詰める、そのぴいんは本当に音を立てるほど寒い、と連想すると、「燈火の光も凍てつくほどの寒さ」の擬態語と勝手に解釈しました。深く考えるより、むしろサラっと読んで感じる方が適切かと思います。

4、「京出来の古い鉄瓶で、やわらかい松風の音がした」

5、「屋根を外れたポンプの水先が揺れて、水煙となって薄白いのも、天の河の光が映るかのようだった」

4、5についてはとやかく言いません。川端文体をそのまま味わってください(…魔法の台詞)。

続きまして太宰治の『グッドバイ』です。この作品にはエンタメ小説らしくオノマトペがけっこう使われています。ざっと拾い上げてみましょう。

「キョロキョロ、ドロドロ、ぐいぐい、ざくざく、どっさり、ぎゃっ、くっくっ、おどおど」

話はコメディタッチでテンポよく進んでいきますが、オノマトペはそのテンポを保つ役割を果たしています。そして特徴的なのは単語の羅列です。

「乱雑。悪臭。ああ荒涼。四畳半。」「清潔、整然、金色の光を放ち」「あの怪力、あの大食い、あの強欲」

いかがですか? 見事にテンポ、リズムを創り出し、しかもひねったユーモアを感じますよね。余計な比喩や修飾語で飾るより遥かにイメージが湧いてきます。まさにユーモア風刺小説の教科書のような文体。

グッドバイは、太宰の自殺により未完に終わった三五頁の作品です。直前にはグッドバイと対照的な自叙伝的あるいは遺言的作品、『人間失格』を書き上げています。死を直前にした太宰の心理は分かり得ませんが、人間失格を書き上げた直後に一転、グッドバイのようなユーモア風刺小説を書いた心境は、感慨深いものがあります。宿痾のような苦悩と葛藤へ、むしろ清々しい気持ちで別れを告げたタイトルのように思えてなりません。

三回にわたり日本の、いや世界の文学史に名を刻む三文豪の表現を取り上げました。ふと思うと太宰だけでなく三島も川端も自死を選びました。その動機について「芸術上の葛藤」などと陳腐な言句を並べるつもりは毛頭ありませんが、「芸術家と死の誘い」が切り離せないことも事実のように思えます。これ以上とやかく書くと炎上必至(…炎上するほどアクセスは多くありませんが)なので、このへんでお開きとします。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?