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ベイビー・ストーリー 【ショートショート】

「私、不妊治療をやってみたい。」
「不妊治療??」
「うん。もうすぐ、32になるし、、、自然に任せればって思うんだけど、、、なんだか気持ちが焦っちゃって。。。会社の同僚が通ってるところに一度行ってみたい。淳平はどう思う?」

妻に相談されてから10ヶ月。
星野淳平は、銀座にあるクリニックに通院している。半年間のタイミング法では成果が出なかった。

「お待たせしました。星野淳平様ですね。体内受精はーー、4回目ですね。それでは右手奥の部屋にて準備でき次第、提出をお願いします。」

新鮮な方が良いという医師の勧めで施術直前に精子提供を行っている。

壁一面が真っ白な部屋には、グレーのパイプ椅子だけがポツンと置かれており、ドアを閉めると人の声が消え、異空間さが増した。

淳平はスマホを使って自己処理を済ませ、早々にクリニックを後にした。
銀座はもう11月下旬というのに半袖姿の人達で賑わっている。
淳平は真っ直ぐ、会社に向かった。

「星野さん。おはようございます!」
「おはよう。なんだかお前は今日も楽しそうだなぁ。」
「はは。何もないですよ。遅かったですね。今日は、例のアレ、ですか?」
「そうだよ。。なんちゅーかなーーー。。。あぁーー。。。今夜、仕事終わりに飲みに行かない?今日は俺の奢りで。」
「ご馳走様です!僕、店探しておきますんで!」
「ありがとう。俺、刺身が食べたいなぁ。」
「了解です!!!」

朝一番に話しかけてきたのは羽田颯太。淳平より6つ年下の後輩だ。
以前、プロジェクトの打ち上げにて、酔っ払った淳平は彼に不妊治療のことを話したことがある。

「それじゃ、明るい未来に乾杯〜!今日はご馳走になります!」
「明るい未来〜?まぁ、なんでもいっか。乾杯!!!あぁー。。ビールが沁みる。。」
「沁みますね〜!」
「ふー。あ、同棲中の彼女は突然の誘い、大丈夫だったかな?」
「大丈夫です。それより、最近のこと聞かせてくださいよ。どうなんです?」
「いきなりだなぁ。うーん。。いつ成果がでるのか分からないっていうのは変わらない。前にも話したけどさ。毎回、アレの成績表をもらうんだよ。その結果にばらつきがあってさ。もう、それがストレス。医者のアドバイス通り、たくさん寝ても、タバコをやめても、仕事をセーブしても、良かったり悪かったりで気が滅入るんだよ。特に悪い日なんかはね。」
「気分がいい話じゃないですね。」
「仕事で寝不足な続きな時に全ての項目がオールA判定だったりする。よく分からないよ。」
「結果が出ないっていうのはモヤモヤしますね。しかも星野さんの場合は月に1回の朝一セルフも。。」
「朝一セルフってお前。。。しかし、これなぁー。なんちゅーか。男としての自然な性的な欲求が提出回数を重ねるごとに削られていくんだよ。人工的に。」
「人工的に。」
「そう。お前も一度やってみたら分かるよ。すみません!ビール、もう一杯ください〜。」
「そういうもんなんですね。フクザツな問題ってやつですね。」
「俺の周りで不妊治療やってる同僚はいないし孤独。話し相手がいればって思うよ。」
「僕がいるじゃないですかー!ぁ、すみません。僕もビールください〜!」
「同じ境遇のやつがほしいんだよ。でも、ありがとう。」
「同じ境遇。。。そうですよね。まぁ、今日は飲みましょう!星野さんの奢りですし!!!明るい未来に向けて!」

それから2ヶ月。星野夫婦は体内受精のステージに踏み切るか選択を迫られていた。これまでと比べ、費用だけでなく、採卵など妻の体にかかる負担も大きい。それだけに精神的な期待も大きくなり、成果が出ない場合は辛いと聞く。

「星野さん。今週、どこかで飲みに行けませんか?」
「仕事のこと?颯太からの誘いなんて珍しいな。今週の水曜日夜ならOK。俺、刺身が食べたいな。」
「ありがとうございます。お店と時間を後ほどメールしますね!」

乾杯後、一通りくだらない仕事の話をして颯太が切り出した。

「星野さん。実は、いくつかの病院で検査をしたんです。」
「え。検査?何を?」
「精子検査です。」
「急に!?え。そうなの?彼女と?頼まれて?え?」
「自分で行きました。彼女には特にやったこと、、言ってません。」
「そうか。。。結果は、、、聞いていいの?」
「異常なし、でした。」
「・・・そっか。ふぅー。でも急にどうして?」
「正直言うと最初は興味本位が半分。残りの半分は星野さんが先日言ってた『同じ境遇』が気になって、です。」
「そう。・・・やってみて、どうだった?」
「結果が出るまでの間、色んなことを考えました。最初の結果が出るまでは夜も考えちゃって。人生について。。。でも良かったです。結果が分かった上で、腹が決まったんで。」
「腹が決まった?」
「同棲している彼女のことなんですが、子供ができにくい体質、らしいんです。付き合う時、本人からそう言われました。」
「・・・」
「もう付き合い始めて3年になります。今回の結果、というよりも結果が出るまでに色々考えて、僕はずっと彼女といようと思ったんです。うまく言えませんが、自分の中で、選択肢がある中で、選んだんです。一緒にいようって。ってまだ彼女にはなにも言ってないですけどね!はは」
「うん。そうか。」
「それと、今日お誘いしたのは、少しだけ星野さんの気持ちが分かった、ような気がして。それを伝えたくて。。精子検査、、、場所によって判定結果にバラつきありすぎでした!!!」
「・・・うん。」
「これは毎回、真面目に判定を受け入れてたら気持ちが持たないなって思いました。」
「・・・そうだな。」
「星野さん。僕も頑張るので、星野さんも乗り越えてください。『同じ境遇』にはなれませんが!はは。」
「・・・ありがとう。今日は俺の奢りにさせてほしい。明るい未来に向けて乾杯しよう。あと、もし良かったらさ。いつか、うちの奥さんと、お前、、、颯太と颯太の彼女と4人で食事でもしよう。」
「もちろんです!彼女もきっと喜ぶと思います。僕の彼女、星野さんのこと知ってるんですよねー。」
「え。そうなの?」

2年後、体内受精が成功し、星野夫婦の間に第一子が生まれた。
そして、その1年後、颯太と恋人は婚姻届を提出した。

「結婚おめでとう〜!香織さん、改めまして星野です。いやー。まさか颯太の恋人が同じ会社の人だったなんて知らなかった!颯太も教えてくれれば良かったのに。」
「星野さん、食事の場をセットしてくださり、ありがとうございます!社内恋愛って周りに知られると色々面倒なので。。。すみません。」
「星野さん。はじめまして!羽田香織です。颯太がいつもお世話になっています。聞いてます?実は私も颯太も、昔っから隠れ星野さんファンなんですよ。」
「え。なにそれ?」
「星野さん。毎年5月の休暇前に新入社員全員が自己紹介プレゼン資料を全社に発信するじゃないですか。名前や出身地、趣味、配属先、夢なんかを載せてるやつ。それに対して、星野さんは一人一人、個別メール出してますよね。律儀に。毎年20人も。」
「あ、うん。」
「ようこそ、と、自己紹介関連のコメントと、配属先の部署の雰囲気と、何かあったら気軽に頼ってください、って」
「そうだね。」
「あれ、嬉しいんですよ。右も左も分からない中で1ヶ月研修をやって、5月休暇後に配属される新入社員にとって。颯太も今はこんなキャラですけど、入社当時は不安で鬱々としてましたから。まぁ、それもあっての隠れ星野さんファン、なわけです!」
「香織〜。それ、僕から星野さんに言いたかったのに!」
「なんだか、急に、、、照れくさいなぁ。でも、ありがとう。それじゃみんなで乾杯しよう。」
「乾杯!!!明るい未来に!!!」

それから1年に一度、定期的に集まるようになった。
颯太が転職しても、淳平が地方転勤になっても、その集いは続いた。

(了)

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