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【読むラジオ】#018 思い通りにならない。そこでもがくのがこの仕事だった

同じ撮影現場は二度とない

今井)熊本で報道の最前線で取材をされている NHK の河村信さんに、極地建築家・村上祐資さんとお話を伺っています。今回で最終回です。今回は河村さんの個人的なことについてもお話伺いたいと思います。河村さんはそもそも、どうして報道の世界に入ったんですか?

河村)海に関わる仕事をしたいということで、 NHK に水中の取材班というのがあることを知ったんです。報道というのは後付ではあったんですけど、子どものころからいろんな所に行ってみたいとか、いろんな人の話を聞いてみたいっていうのはモチベーションとしてあったので、今それを続けて20年目ということになりますね。

村上)これまでの3回で、キーワードとして「現場に行かなければいけない」とか「常に学び続けなければいけない」という言葉をしゃべっていただいたかなと思うんですけど、そこに至る思いはどういったところから来たんでしょうか。

河村)水中の映像表現は、知識をつければつけるほど、自分の至らなさや力量不足を痛感させられるものです。日本は人口あたりの水族館の数がめちゃくちゃ多くて、日本人って海と魚が大好きなんですよ。そういった中で、限られた時間しか潜っていられないなかで表現しようとすると、どうしても撮るものに対して膨大な知識を身につけなくちゃいけないです。もう、学んでも学んでも学んでも全然駄目だと思うような世界ですし、もう撮影し始めて20年経ちますけど、同じ撮影現場は二度とないわけです。こういうツールを使えばよかったとか、こういうアプローチをすればよかったという反省や後悔の連続で、何をするにしても、やればやるほど奥の深さに気づくところが、この仕事の難しさであり、楽しさでもあると思います。

村上)すごく勉強して、近づき、シンクロしていくと、言葉を変えると「海にとりつかれちゃう」とか、「ずっとそこにいたい」「同化していく」ということもあるかと思います。伝える人間、観察者であるということとの難しさもきっとあったんじゃないかなと思いますが、いかがですか。

河村)そうですね。当事者になりすぎてしまうと、没入し過ぎてしまって客観的な目線を失ってしまうところもあります。ですから自分を一歩引いて見直すところも必要です。なので自分に対して意見をしてくれる人とか、助言をしてくれる人を大切にしなくちゃいけないなと思います。一方で、今20年経ちましたけど、知れば知るほどやりたいことが増えていくので、おそらく自分が今やりたいことは、多分自分が生きてるうちには全部できないなとすごく感じていて、その中で折り合いつけて行かなきゃいけないなとも思ってます。

初心に気づいた模擬火星実験

今井)いくら経験を積んでも、毎回新鮮な気持ちで仕事するって、簡単なことじゃないですよね。ところで、河村さんは村上さんと2018年に火星を模した閉鎖隔離空間での実験を体験されたんですか?

河村)そうです。アメリカの砂漠に、火星を模した空間があり、そこで一緒に2週間の時間を過ごしました。

今井)この経験で得た物にはどういうことがあったんでしょうか。

河村)その当時、カメラマンとして17年だったと思うんですけど、本当にびっくりするような経験でした。閉鎖隔離空間によって、いろんなことが自分の思い通りにならない中で、ドキュメンタリーを撮影することの難しさを痛感しました。というのも私はクルーとして参加していたので、クルーとしての自分と、番組を作る制作者としての自分の中で、一体自分は何をしているのか説明がつかなくなってしまうようなシチュエーションもあって、何もかもが今思っても新鮮な2週間でした。

村上)この実験は僕が隊長をさせて頂いた火星シュミレーション生活で、河村くんもふくめて7名のクルーと2週間の実験をしました。河村くんはその中で「ジャーナリスト」という記録をする役割と、ほかにもクルーとしての役割を担ってもらいました。僕から見ても、すごく苦労しているなと思ったんですよね。たとえばいろんな予期せぬことが起きた時に、クルーの一員だったらカメラを下ろしたいシチュエーションもあったと思うんですが、でもそれでもカメラを回すわけです。でもカメラを回すと、四六時中やっぱり閉鎖空間の中で「見られている」あるいは四六時中「見ている」ことになり、それってすごく重いことなわけです。だから河村くんのそれまでの長い経験がすごく問われるんだろうなと思っていました。僕は閉鎖区間に入る前に、多分それを言ったと思うんですけど、実際はどうでしたか。

河村)そうですね。クルーとして今直面している課題に向き合うという気持ちと、撮影する側って、客観的に物事を見ないと後になって見ると、何を撮っているのかよく分からなくなってしまうんです。だからどうすればいいのか、難しかったですね。

村上)2週間の中で最終的に河村くんが導き出したバランスの取り方って、何だったのですか 。

河村)正解かどうかはわからないですけど、ツールですかね。自分以外の小型カメラや VR カメラなど、いろいろなツールに助けてもらいました。ツールに自分の代わりになってもらうことで、ギリギリ折り合いをつけていました。たとえば今は自分が撮らなくても、あのカメラが撮ってくれているはずだと、ツールを信頼することで、自分はクルーとしての課題解決に徹するというところが一つのブレイクスルーだったかもしれないです。

村上)なるほど。僕がすごく印象に残ってるのは「初めてカメラを握った時のような原体験を改めて感じた」ということを言っていたと思うんですけど、それはどういったことだったんですか 。

河村)私の報道カメラマンとしての第一歩は、自分がしたいと思っていることが思い通りにならないところからはじまりました。というのも潜水カメラマンというのは、水中で止まったり、後ろに下がったり、体を自在にオペレーションできないと何一つ撮れないんですけど、模擬火星空間も、思うようにならないところが多く、「そうだよな、思うようにならないんだったよな。そこでもがくのがこの仕事だったんだよな」っていうその原体験を改めて突きつけられたんですね。「自由に思い通りにならないからこそ、現場から発見がある」というのを何か教えてもらったような、そんな空間でした。

今井)それを踏まえて、河村さんはこれからどのような映像を撮っていきたいと思いますか?

河村)常に新しい表現などを身につけて、これからもルーキーのつもりで、初めての気持ちを忘れずに自分がこれまで得た知識だったり、ネットワークだったりを広げることによって、見つけたテーマを掘り下げていきながら、発信していければなと思っています。

今井)いま取り組まれているテーマや今後のご予定はありますか?

河村)今年の7月4日に熊本豪雨から1年を迎えるんですが、1年を迎える前に今の被災地の現状だったり、忘れてほしくないことのドキュメンタリーを撮ります。あるいはまったく別の角度から、気候変動を予測する取り組みを今、取材していますので、発信していきたいと思っています。

(文・ネイティブ編集長今井尚、写真提供・河村信)


次回のおしらせ

今年で世界自然遺産に登録されて10年を迎える小笠原諸島で、貴重なアカガシラカラスバトの保全について長年取材を続けてきたライターの有川美紀子さんにご登場いただきます。ラジオネイティブ #019 「 気づいたら40羽 あかぽっぽを守れ」をお楽しみに!

The best is yet to be,次回も、お楽しみに!

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