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【詩】「ある昼下がりに」

「あなたがよかったかな」
そんなことを言いだした君に
僕は無言でコーヒーに口をつけた

君が選んできた昨日のいくつかを
僕も知っている
僕もそんな昨日の一つだったから

「僕にしたら?」
いつもふざけてばかりいたけど
あの言葉は君をまっすぐ見て言ったはず

目を伏せた君を見つめられず
窓の外の昼下がりの景色に目をやった
いつも夜の逢瀬ばかりだったな

「あなたでよかった」
あの時に君が言ってくれていたら
こんなに言葉少ない今日じゃなかった

偶然は偶然でしかなくて
そこに意味を見つけたくなるには
僕の昨日もたぶん君と似たり寄ったり

「僕といたら?」
何回も言っていれば君も揺れたかな
いまさら戻れないから夏は暑いだけ

「何かできるかな」
そんな弱音を初めて聞いた
僕は無言でカップをテーブルに置いた

顔を上げた君を見つめ返せず
目でメニューの文字をゆっくりと追った
僕の指に君の指がそっと触れてきた

偶然の遭遇でしかないはず
そこに意味を作ろうとしている君の
その仕草は僕が知っていたものじゃなくて

迷わなかったと言えば嘘になるし
どこかで逢えないかなと思った
そんな瞬間も確かにあったんだ

でも、今はもう昨日じゃない
君と離れた後の虚しさも淋しさも
繰り返してきた独りの日々で薄らいで

ねぇ 
あれから今日まで歩んできたその時間で
答えはもう出ているだろう?

たった一つの昼下がりに懐かしさから
間違いをお互いに掴まなくてもいいだろう?

「元気でいてくれてよかった」
そう告げた僕に君は静かに指を離した
外に出た時の二人の影の濃さに空を仰いだ

「またね」と言いかけた君は
「元気でいてね」と言葉をかぶせた僕を
眩しそうに見上げて少しだけ手を振った

ねぇ
これから歩んでいくだろうその時間で
僕の中に遺るのは
この昼下がりに逢った君でなくて
もう戻れない夜たちの中で微笑む
おぼろげな君でいて欲しかった

薄らいでいる君でいて欲しかった





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