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1か月ぶりのデートは虚しかった。1

交際1か月の彼と、1か月ぶりのデートをした。

早朝、夜行バスで降りたのは京都駅。

夜勤のあと1日有給をとり調整してくれた彼だけど、結局夜は寝ていない様子で、寝不足が不安なまま夜行バスは予定より1時間も早く着いてしまった。

早く着いたことを伝えると「はやくでるね!」とあっさり受け入れてくれた彼。

「早くてもすることないから予定通りでいいよ!」

「ううん。モーニング食べよう!」

早起きが大の苦手な彼にとって簡単ではないはずなのに、快く受け入れてもらい申し訳なさと同時に愛を感じた。

駅構内のパウダールームで化粧をして、お土産売り場を回っていると彼の乗る電車の到着時間。

けんかが頻発する前だったらこの1分1秒すら待ち遠しくて、動悸が止まらなかったかもしれない。

テンションを上げたくてもやっぱりどこか落ち着いていて、気持ちが戻るよう願っている自分が悲しかった。

背が高く、顔のいい彼は土曜日の朝という混雑した駅構内でもすぐにわかった。

駆け寄って腕をぽんと叩くと、驚きながら「おはよう。」とすぐに手を繋いでくれる。

「おはよう。久しぶり!」

会うのは2回目。人見知りもしないはずが久々だと恥ずかしくて目を見れない。

「早くてごめんね。」

謝りながら、目が合わないよう歩き出そうと前をいくと。

「ねえ。痩せたでしょ。」

と驚いた声で手を引かれた。

「ほんと?痩せたかな。」

平静を装いとぼけた反応をしたものの、飛び上がるほど嬉しかった。

ずっとずっとコンプレックスを抱えて生きてきた。

極端に自分を追い詰めたり、反動で太ったり。

それでも彼は、「痩せて欲しいなんて思ったことない。」「やわらかくて気持ちいい。」「かわいい。触ってたい。」とプレッシャーを与えることなく愛してくれて、穏やかな気持ちで「ダイエット」というより"自分磨き"ができた。

数年前は狂ったように乗っていた体重計も今は実家の押し入れの中。

一喜一憂せず淡々と”継続”を意識したこと、完璧主義な思考はなかなか抜けず太ることには敏感でも痩せたことは自覚しにくいこと、この2つが重なって友達から痩せたと言われても自覚も満足もしていなかった。

遠距離のいいところは、自分磨きの努力が伝わりやすくモチベがあがることだなと実感しながらご機嫌にデートがはじまった。

今日の予定は浴衣をレンタルしての観光。

予約時間までの余った時間でカフェを探すもどこも行列。

並ぶほどの時間もないし、ファーストフード店で軽く済ませることにした。

席に着き、6つも歳下で色白の彼を見ると肌質の違いにため息がでそうだった。

「かっこいいね。」

「でしょ。」

ゆるいパーマのかかる前髪から覗く、 奥二重がきれいだった。

顔で選んだわけではないのに、こうもタイプだと離れ難くなってしまうし、本能的に惹かれてしまう。

そもそも会ってしまえばけんかすることもないし遠距離じゃなければもっとうまくいくのかななんて考えた。

朝食を終えた彼がスマホを手に取り時間をみる。

ロック画面はわたし。会社の先輩にも自慢したと話していた。

「そろそろ行こうか。」

ファーストフード店をでて、浴衣レンタルのお店へ向かう。

駅を出る連絡通路やエレベーター、人目がないと隙あらばくっつく犬のような彼をなだめながらレンタル店へ到着。

「女性のほうがお時間かかるので先に浴衣を選んでください。」

愛想のいい男性店員さんから説明を受け、奥に進む。

こういうのはカップルに人気と思っていたけど、店内は女性客ばかりで男性客は彼しかいなかった。

ずらりと並ぶ色とりどりの浴衣を手に取り選んでいると、男性用の説明を聞き終えた彼が隣にきた。

「これかわいい。」

「かわいいんだけど、薄い色似合わない。」

言いながら古風な落ち着いた色を見ていると、彼が店員さんに「どんなのがいいんですか。」と声をかけた。

流石関西育ち。わたしは「質問なんて毎日されているだろうし。」と気軽に声がかけられない。

「涼しい色が人気ですね。あとは男女のお客様ですと、揃え帯の色で揃えたり。」

「え、それがいい!」

彼より早く反応した。

「帯の色揃えよう!確かに似合う色より、涼しい色のほうが雰囲気に合うよね。暗い色は暑そうだし。」

自己解決しながら、選択肢になかった白地に水彩絵の具を垂らしたような淡い色を手に取り候補をあげる。

彼をみて、ふと周りが女性だらけだと思い出す。

そこまで混雑しておらず、それぞれが浴衣選びに夢中とはいえ男性客はやっぱりいない。

「ねえ。いやじゃない?」

「なにが。」

「女の人ばかりで居心地悪くない?」

「まったく。」

「優柔不断で疲れないの?」

「なにも。」

本当になにも思っていないようでわたしの質問にきょとんとしていた。

まだデートらしいデートはしておらず、女の子が優柔不断になりがちなこんな時間は彼も苦手だろうと思っていた。

予想は大きく外れ、疲れた顔ひとつせず浴衣選びに付き合てくれる彼が愛おしく感じた。

「ちっちゃいのに一生懸命選んでるなてちゃん可愛い。」

「ねえ早くちゅーしたい。」

飽きてくると人目を盗んではちょっかい出してくる彼の手を制しながら、なんとか1番のお気に入りを決めた。

次に決めるのは彼の浴衣。

元々自分で着るより、スタイルのいい彼の浴衣姿が見たくて考えたこのプラン。ずらりと並ぶ男性用の浴衣を前に、自分以上にはりきって選別をはじめた。

「俺これが着たい。」

「絶対こっちが活きる!せっかくかっこいいんだから。」

「わけわからなくなってきた。好きにしてくれ。」

根をあげた彼そっちの気で候補を絞り、ほぼわたしの好みで決定。

次に帯。

店員さんからのありがたいアドバイス通り色味を合わせ、わたしは光沢のあるえんじ色、彼はそれを濃い紫に寄せた大人っぽい色に決めた。

巾着と下駄を選ぶと別室に案内され、いよいよ着付けとヘアセット。

ボブのせいで長さが心配だったけれど、プロの手によりあっという間に可愛い編み込みアップが完成した。

手荷物を預け、彼とご対面。

可愛らしいリアクションをすればよかったものの、照れくささと人目が気になり「お待たせ!」としか言えなかった。

「可愛くしてもらったね。」

「Aくんも似合うね。」

直視できず俯き加減に言葉を返し、お会計を済ませると「いってらっしゃい。」と送り出された。

徒歩と電車で移動を繰り返し、お目当ての観光地に到着。

日差しが強く、観光客も大勢いたものの、デートらしい1日のスタートにわくわくした。

はじめて会った日はサッカー帰り。夕方に慌ただしく合流し、そのまま彼の家へ向かった。次の日もごろごろ過ごしているうちに電車の時間がきて彼に見送られてお別れ。

ふたりきりの時間も楽しかったし、今回も直前までノープランでそのせいでけんかもしたけれど、こうして手を繋いで散策する時間が大切に思えた。

通りに並ぶたくさんのお店に目移りしながら、昼食はうどん屋さんに入り、湯葉付きのうどんを2つ頼んだ。

ガラス張りのカウンター席からは遠くの青々とした自然と、通りを行き交う人や人力車を眺めることができる。

湯葉もうどんもおいしくて、小鉢についたわらび餅を食べながらのんびり会話する。

雲行きが怪しくなってきたのはこの辺りから。

彼は、下駄が痛い、厚みを持たせるため下に着た肌着が不快だと何度も訴えて、帰りはバスに乗ろうと提案してきた。

食べ歩きやお土産屋さんを覗きながら歩くのが楽しいこの通り。まだ12時にもなっておらずせっかく着た浴衣をもっと満喫したかった。

もちろん下駄が痛いのは仕方がない。どうしようかと考える横で今度は「煙草が吸いたい。」と言い始めた。

バス停と喫煙所を調べる横で、いらいらと同時に寂しい気持ちを感じながら、案内された席がカウンター席でよかったなんて考える。

向かい合っていたら、大きなため息でもつきそうだった。

結局、昼食休憩をゆっくりとったことで少し回復したようで、バスは使わず歩いてくれた。

少し先の観光名所をぐるりと回り、もと来た道の反対側を引き返す。

歩いてくれたのはありがたい、それでも下駄が痛いからとだらしなくカラカラ大きな音を立てて歩き、肌着が合わないからと何度も自分で治すせいで着崩れる浴衣に、いつの間にか楽しい気持ちは消えていた。

せめて申し訳なさそうにするとか、どうしたらいいか困っているなら心配もできた。「どこかで休もう。」「バスにしよう。」と提案した。

子どもみたいに文句をいって、浴衣を鬱陶しそうに扱って、だらしなく歩いて喫煙所を探す。わたしの気持ちを少しも想像してくれないのかな、と心の中がぐるぐる黒く渦巻いた。

途中、サッカーのユニフォームを着た人とすれ違う。

わたしの大好きなサッカー。

わたしも関西で試合があったときは同じようにここを訪れ、観光してからスタジアムに行った。

クラブは違うけれど親近感が湧き、思わず「○○○だ。」と声に出してしまった。

ユニフォームを着た人は振り返り手を振ってくれた。

そうそう、これがサッカーを観に行く楽しさのひとつなんだ。ユニフォームを着ていると○○から来たんですかと?と驚かれたり、頑張ってくださいと応援されたり。

こんなことなら自分のクラブの応援に行きたかったな。

比べたらだめだけど、何にも代え難い大切なサッカーをやめてきたことを考えずにはいられなかった。

結局、ほかの観光地をまわらず駅に戻ることになり、雰囲気も悪い。

「どこか行く?」と、行ける訳ないのに建前で聞かれることもいやだったし、着崩れても尚こどもみたいに肌着を引っ張る考えのなさもいやだった。

途中、限界がきて口論になり「着なければよかった。」とつぶやいた。

「はあ?なんでそういうこと言うの。」

「そうじゃん。痛い思いして、お互いに楽しくない。」

「合わなかったのは仕方ないだろ。こうなると思わなかったし、俺だってもっとまわりたかった。俺はなてとふたりで浴衣着れて嬉しかったよ。それをどうして”着なければよかった”なんて言えるの。」

仕方ないのはわかっている。

開き直って悪びれもなく、子供のようにわがままをいう態度がいやだったのに、こういうときだけ理屈っぽく諭して立ち回るのがずるい。散々我慢したのはわたしなのに。

言い返すのもいやになり繋いでいた手を振り解いた。

わたしも子供だった。

数分間無言の時間を過ごしたものの、せっかく会えた日にけんかをしたくないのは当たり前で、自然といつもの会話に戻りお店に着いた。

「おかえりなさい。」

年配の女性に笑顔で迎えられ、カーテンで仕切られた部屋に案内され、脱がせてもらう。

「今日はどこ行きはったん?」

優しく聞いてくれる女性にまわった場所を答えるとうんうんと頷いて、「楽しかった?」とまた聞かれた。

カーテンの向こうからは「やっぱり慣れないと暑いっすね。足も痛くて。」とへらへら笑う彼の声。

声が届かなかったら「楽しくなかったです。」と言いたかった。惨めで寂しい思いを誰かに聞いてほしかった。慰めてほしかった。

泣きそうな声を抑えて「楽しかったです。」と絞り出した心の苦しさをわたしはこの先忘れないと思う。

「快適なんだけど!」

お店をでた彼は上機嫌だった。

「浴衣の一歩はこんなだけど、いまこれね。」

まだ言うんだ。そんなに言うならやっぱり着なければよかったね。

苛立ちをどうにかなだめ、カフェへ寄った。

わたしは紅茶、彼はコーヒーとパスタを頼んで他愛のない話をする。

パスタを食べ終えた彼に食後のコーヒーが運ばれ、自分のティーカップを寄せた直後、こぼしてしまった。

紅茶はわたしの真っ白なデニムに落ちて薄茶色のシミをつくる。

「どうしよー。」

店員さんからもらったおしぼりでデニムを叩く。紅茶なら、帰ってすぐに水に漬けたら大丈夫だろうか。

こぼした直後「なにしてんの。」と冷たく言っただけの彼は呑気にコーヒーを飲んでいる。

今日の予定はもう残っていないし食事も終えたのに、このひとには早めに出て帰ろうとかそういう気遣いはないんだ。

こういう思いやりの違いに気づくたび苦しくなる。不安になる。

「帰ったらすぐ洗濯したい。」

「うん。」

「煙草吸ってきていい?」

-は?

この状況で?

「いってらっしゃい。」

泣きたい気持ちをこらえてそれだけ言うのがやっとだった。もう全部全部いやだった。

彼の煙草休憩が終わりカフェを出て、駅に向かう途中で代わりのデニムを買って家へ向かう。

帰るとすぐにシャワーを浴びてデニムを洗い、そのうちに身体を重ねて気づけば寝ていた。

彼とのせっくすはすごく気持ちいい。

彼の性欲が強く、探究心があるせいでこちらがバテるまで彼は保っていられるし、視覚的にも興奮したいわたしにとって彼の容姿のよさが活きる。

本音を言えば久々に会えた分もっともっと彼への愛情を感じて抱かれたかった。

どこか冷めた気持ちを見て見ぬふりして重ねる行為はやっぱり虚しかった。






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