どこにでもあるただの売れない花 2
「先生、まだ、あるんです」
コーヒーをグイっと一気に飲み干し、私の目を見つめ、笹木さんはそう告げた。
「とりあえず、乾杯といたしますか。まだ、話あるんだろうけど・・・とりあえず・・・」
「はい」
生ビールを片手に、静かにジョッキを当てる。
互いにグイっと一気に飲む。
「やっぱ、キリンだわっ。うまい」
「キリン、僕も大好きです。管理組合の打合せが終わって、よくここで飲みましたね」
「でしたねぇ・・・。新築なのに、塗装が一部剥がれてるだの・・・。駐輪場に置いたバイクが盗まれたのだの・・・ありましたねぇ・・・」
「ありました。ありました。それより、こんな時間に居酒屋で飲むなんて久しぶりです」
居酒屋に来ていた。笹木さんのせつないというかやりきれない気持ちが強くて、同じ室内にいるとめげてくるというか、なんというか・・・。場所を変えたいと思った。
「GWなのに、お店空いてますね・・・」とジョッキ片手に周囲を見回す笹木さん。
「今年のGWは、10連休の方が多いとか。コロナ感染予防が緩くなったわけではないですが海外旅行にも出掛けてるらしいので・・・いい事なのか、どうかわかりませんが・・・兎に角、どこか行きたいって感じですね。笹木さんとこは、どうなんですか?」
「その事なんです。先ほど言いかけたのは・・・。その10連休を直属の上司から言われたのは、会社の公休日だから、派遣社員が2名なので、交代でとってほしいと言われたんです」
「つまり、5連休って事ですね」
「まま、そうなんですが・・・。派遣社員同士で話し合って、どうしても僕の方が2日と6日は休みたかったので、それを申請したら通ったんですよ」
「29日から1日飛んで7,8日に出勤予定ですか?」
「先生、計算早いですね」
「いや。そうかな・・・。と思ったもので・・・」
「ところが、30日に決まったんですが、翌日の1日は、全体休暇にしようとなったんです」
「あらら・・・。それじゃ、休日出勤の稼ぎが1日分なくなったじゃないですか」
「そうなんです。それはどうしようもないので休んで、2日に派遣会社の勤怠登録をしようとして、項目が解らなかったので問い合わせると、2日と6日は出勤日となっております。よく派遣先会社が話されるのは、GWは休んでいいよと言いながら、欠勤扱いになる場合があるので責任者に再度確認して欲しいと求められたんですが、直属の上司が1ヵ月前に調整しといて決まった話を改めて聞き直すのは、違うんじゃないかと思い、助言してくれた行為はしませんでした・・・」
「つまり、2日と6日は欠勤になる可能性が高いって事ですね」
「だと思います。もうこれ以上、揉めたくないので、元々2日と6日は、入院中の家内の用事にあてていたので・・・諦めます。5月は、土曜日を休日出勤にあてて頂き、頑張ります」
「意思疎通がないんですね。失礼ですけど、うまくいってないですね」
「いじめですよ」
私もそう思った。
笹木さんが、その会社に居づらいのがよく解った。弁護士を紹介する前に、労働局の需給調整係と労働相談の知り合いに相談してみると告げた。「あっせん制度」というのが確かあったような気がした。勿論、パワハラの事と休日の事が同時に出来るかは別として、派遣先会社に是正をして頂きたい。そういう想いがある事を伝えたい。
落ち込んでいる笹木さんを励まそうと話題を変えて、マンション管理組合でキャバクラに行った事やカードゲームで徹夜した思い出話でその居酒屋を後にした。支払をする際、笹木さんは、1万円をみせたが、以前、そのキャバクラ代を奢って頂いた事を話した。今回は、私が持つと突っぱねると・・・。泣き出しそうな顔で「申し訳ないです」と笹木さんは深々と頭を下げた。居酒屋の表で別れた。
「コロナでなんもなくなったって感じですか・・・」
笑いながら、枝豆を頬張る笹木さんの横顔が印象的だった。
どうなるか・・・わからない。でも、やるしかない。
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