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ビットキャッシュのeスポーツ事業撤退を考察、未来のために得るべき教訓とは

ビットキャッシュが運営していたeスポーツメディア「SHIBUYA GAME」の閉鎖は、最大手の専門メディアとして受け入れられていたこともあって読者とeスポーツ業界関係者に衝撃をもたらした。

SHIBUYA GAMEは2019年12月に閉鎖。また、同月にはビットキャッシュと繋がりのあるeスポーツコネクトが所有するチーム「CYCLOPS athlete gaming」の『Call of Duty』部門が活動休止となった。

けっして結果が出ていないわけではないチームだったため、これも関係者には驚きを与えた。さらに、eスポーツコネクトが所有する施設「Osaka esports basement.」も運営方針が大幅に変更となったようだ(詳細は不明)。

それだけでなく、同じ12月にはビットキャッシュは子会社の大会オーガナイザー「JCG」の全株式を譲渡し、その機能を手放すことに。これによってJCGは創設者の松本順一が代表取締役CEOに就任した。

伴って、eスポーツ事業を推進してきたビットキャッシュの代表取締役社長・伊草雅幸が退任し、松浦光太郎が同職に就任。

この一連の事態から、ビットキャッシュは実質的にeスポーツ事業から撤退したのだとうかがえる(eスポーツ事業に携わっていた人たちもほぼ退職・転職した模様)。

特にJCGの件はほとんど報道されていないのであまり知られていないかもしれないが、ビットキャッシュの顛末はきちんと整理して受け止め、eスポーツ業界に何かしらの学びを残さなければならない。なぜなら、ビットキャッシュは売上規模(2017年3月期に35億円)からすれば多大な金額をeスポーツ事業に投資し、なんとか黎明期の市場を切り開こうと奮闘してきたからだ。

その勇姿に敬意を表し、今回はビットキャッシュが描いていたであろう青写真を考察して、なぜそれがうまくいかなかったのかを分析する。

※なお、この記事の内容は表になっている情報から推測した部分が大半である。真実は異なるかもしれないのでご了承を。

ビットキャッシュが描いた青写真

僕はかつてSHIBUYA GAMEで伊草のインタビューを行ない、eスポーツ事業に対する考えを尋ねたことがある。

そこで話に挙がったのが、CYCLOPS athlete gaming(CAG)とOsaka esports basement.で選手やチームを育て、JCGで大会やイベントなどの活躍の場を作り、SHIBUYA GAMEで取り上げて露出を図って影響力を拡大するという戦略だった(ゲームBANBANというeスポーツ専門ニュースアプリもリリースしたがすぐに終了)。

そもそもビットキャッシュが2016年頃にeスポーツに参入したのは、eスポーツ市場の活性化を促すことで主軸事業である電子マネー決済の利用者増を見込んでいたからだと思われる。

eスポーツ事業から電子マネー決済へ。この流れはたしかに合理的で美しい。この青写真がうまく軌道に乗れば、主軸事業も大きな成長が可能だっただろう。

電子マネーで課金してもらう狙い

では、なぜわざわざeスポーツ事業に乗り出さなくてはならなかったのか? 皆さんご存知のとおり、ビットキャッシュやウェブマネーといったプリペイドの汎用電子マネーは、クレジットカードを使えない人たちにとってゲームなどに課金するのに有用だ。ネット上でやり取りするのも簡単で、僕もはるか大昔に同人誌の支払いをウェブマネーで受け取っていたことがある。

しかし、日本で盛んなのはモバイルゲームで、モバイルゲームをプレイするならAppleやGoogleのギフトカードを使えばよく、誰でもクレジットカードなしでゲームに課金ができる。また、以前はウェブマネーが大会の賞品としてよく利用されていたように思うが、いまではAmazonギフト券が贈られることも一般的になった。いろんな場面で汎用電子マネーを使う必要性がなくなってきた、と言えるのではないだろうか。

そこでeスポーツ市場に参入して存在感を高めることで、汎用電子マネーをeスポーツタイトルへの課金に利用してもらうという狙いが生まれた。ビットキャッシュだけでなくウェブマネーも2016年にDetonatioN Gamingのスポンサーになり、最近ではPUBGの招待制大会「PJS WINTER INVITATIONAL 2019」に協賛した。

だが、前述のとおり大手プラットフォームのギフトカードが当たり前になり、さらに2018年に暗号通貨が台頭、2019年にはPayブームが起きてキャッシュレス決済に新しい波がやってきた。

PayPayの100億円キャンペーンはまだ記憶に新しいと思うが、ほかの決済サービスからすればこんな規模の電子札束で攻勢をかけられるのはなかなかに厳しいものがある。コンビニチェーンのようにオリジナルの商品や店舗、流通網を持っているならいざ知らず……(ウェブマネーは直近も増収増益しているが)。

もともとゲームと提携してきたビットキャッシュがeスポーツに可能性を見出したのは自然だが、いかんせん2019年までのeスポーツ市場はあまりにも小さかった。もちろん、eスポーツタイトルのプレイヤーが課金する場面にもっと割り込めたなら勝機はあっただろう。けれども、一から事業として取り組んで生態系を確立しながら電子マネー決済へと繋げるには茨の道だった、と推測される。

ではここから、ビットキャッシュが手がけてきたeスポーツ事業について詳しく見ていく。

CYCLOPS athlete gamingについて

ビットキャッシュはかなり広い領域にわたってeスポーツ事業を展開していた。プロチーム、施設、メディア、オーガナイザーのすべてを手中に収めている企業は日本では稀有な存在だった。

それぞれがきちんと機能すれば、そのシナジーの効果は計り知れない。けれども、繰り返すようにいまの日本のeスポーツ市場ではどうにも難しい。2020年にそこへ挑戦しようとしているウェルプレイドの行く末やいかに。

さて、ビットキャッシュにとって生態系の起点となるのはCAGだった。選手とチームのファンを増やすことで最初のうねりを作り出すためだ。格闘ゲーム部門ではどぐらを筆頭にいまも全員が最前線で活躍している。

『CoD』部門は活動休止になってしまったが、国内トップクラスのチームだったのは間違いない。しかし、『CoD』は国内の大規模な大会やリーグが少なく、活躍する場がかなり限られていた。そうなると露出も減り収益も生まれにくい。選手個人がYouTubeなどで稼ぐしかなかったわけだが、その点でeスポーツコネクトにとってチームを維持するのが難しくなったのかもしれない。

『Rainbow Six Siege』部門は長らく野良連合の時代が続いて辛酸を舐めてきたが、プロリーグのシーズン10で日本代表となり、「APAC Final」を戦った。敗北を喫したものの、『R6S』シーンとしては今後も公式プロリーグが開催されていく。プレイヤー層とファン層も厚いので、活躍の舞台についてはそれほど心配しなくてよさそうだ(『FIFA』部門、『ウイイレ』部門もしかり)。

CAG自体は今後も継続していくと思われる一方で、そのポジティブな影響力はビットキャッシュのeスポーツ事業に波及するには至らなかったのだと思われる。eスポーツコネクトがどうなるかはさておき、CAGが事業として成長・成功する可能性はまだまだ残っていると言えるだろう。

※2020年1月30日追記、CAGはブロードメディアに譲渡された。

JCGについて

次に、大会オーガナイザーのJCGについて。ビットキャッシュがマイルストーンからJCGを買収したのは2017年のことだった。JCGは大会やイベントの企画・運営を受託しており、受託であるがゆえにeスポーツ市場においては比較的収益が安定している。

ビットキャッシュもそれを評価して傘下に収め、そのうえでCAGの選手が活躍するための舞台を作る役割を担わせようとしていたはずだ。しかし、JCGは格闘ゲームの大会をあまり扱っておらず、CAGにおいて最も影響力の強い格闘ゲーム部門とのミスマッチがうかがえた。

また、JCGには登録ユーザーが20万人存在するというが(大会に参加する際に登録が必要)、これを有効活用できず、ほかの事業とうまくシナジーを発揮できなかったようだ。

例えば、後述するSHIBUYA GAMEの読者基盤として活用もできた。ウェブメディアのビジネスモデルとして会員に広告のメルマガを配信するのはごく一般的な手法だが、これは実施されていなかったと見られる。JCGはメディアよりも大会オーガナイザーとしての色が強く、そこまで展開できなかったのかもしれない。

そうは言ってもJCGの受託事業は順調で、そのためにJCGはeスポーツ事業から撤退したビットキャッシュの下にいるメリットがなくなってしまったのだ。

SHIBUYA GAMEについて

最後にeスポーツ専門メディアのSHIBUYA GAMEについて。弊誌では立ち上がった当初に関係者にインタビューを行なったことがある。ウェブメディア運営のプロがいたわけではなかったと思うが、それが経営にも響いたのかもしれない。

よく言われるように、ウェブメディア自体が事業としてまともな収益を上げるのはたいへんに難しい。そしてeスポーツ専門メディアとなると、現状の日本ではまず成り立たない。それはSHIBUYA GAMEが始動する前、ALIENWARE ZONEが立ち上がるよりも前から分かりきっていた。

それでもALIENWARE ZONEに少し希望が見えたのは、運営会社がDellで、ALIENWAREという強力なブランドを冠していたから。つまり、メディア単独で収益が生まれなくても、(それが望ましいかはさておき)Dellとして予算が設けられていただろうので、継続できる見込みが高かった。SHIBUYA GAMEのいくつかの記事がアーカイブされているが、いまや同誌も死に体だ。

SHIBUYA GAMEが経営的に失敗した要因は単純明快。マネタイズできるほどの読者数を獲得できなかったことに尽きる(読者がいなければ広告も獲得できない)。読者は一般ゲーマーなので、同誌はいわゆるtoCのウェブメディアだ。とすると、広告媒体として価値を持つには最低でも月間100万PVは必要だろう。それには及ばない状態だったのではと思う(100万PVでも少なすぎるが。ちなみに攻略情報を掲載しているGameWithは月間6億PVで、売上は30億円ほど)。

ウェブメディアのマネタイズはいろんな種類の広告以外にも、読者課金やイベント協賛、ノウハウ提供などがあり、直接のマネタイズはせず自社事業の窓口として利用する場合もある。けれど、いくら方法があってもtoCのウェブメディアで100万PVに至らず、4Gamer.netやGAME Watchなど大手ゲームメディアもeスポーツ情報の掲載に積極的になった昨今、状況は厳しかったと言わざるをえない。

『PUBG』のプロリーグであるPJSに関して、SHIBUYA GAMEでは積極的に取り上げられており、そこにメディアとしての独自性があった。大会レポートはもちろん、選手インタビューも豊富だったのだ。それだけではいかんともしがたかったわけだが、ほかにもいくつか独自性を有するタイトルやジャンルがあれば状況は好転しえたかもしれない……なにせゲーマーは個別のゲームが好きなのであって、eスポーツが好きなわけではないのだから。

事業のシナジーを考えれば、CAGの選手をよりプッシュしたりJCGが開催する大会をもっと取り上げたりすることもできたように思うが、そうもいかない事情があったのだろう。メディアとしての公平性もある。まあ、市場の現状やゲーマーの特性に鑑みれば、SHIBUYA GAMEが倒れるのは時間の問題だった。

活かすべき教訓

以上を総括すると、ビットキャッシュが描いていた青写真は理想的で、もし実現されていればまさしくeスポーツ事業が相互に好影響を与えながら成長し、主軸事業へも大きな波及効果が見込めるものだった。

しかしながら、このたびは辛くも撤退となってしまった。ここには日本の現在地がありありと表れている。

1つ、チーム経営はいまだ困難を極める。1つ、受託はわりと安定しうる。1つ、ウェブメディア経営は地獄を見る。そして、参入する場合はeスポーツ事業間やeスポーツと主軸事業のシナジーを発揮できる戦略の構築が不可欠。当たり前のようにも思えるが、それゆえに活かすべき教訓である。

楽天経済圏のような生態系は企業にとってたしかに理想形だ。ビットキャッシュはeスポーツ市場におけるその第一人者として日本のeスポーツ史に刻まれるべきだろう。しかし、あまりにも早すぎた。

もしeスポーツ市場で事業展開する場合、現状では受託を除けば主軸事業からの派生や、一点突破のビジネスモデルがかろうじて勝機を見込めるかもしれない(それでもeスポーツメディアはまだダメだ。散っていった数多の屍を御覧じろ)。

ここで述べた以外にもビットキャッシュに学べることはあるだろう。僕からは最後に一言。ビットキャッシュでeスポーツ事業に携わっていた皆さん、お疲れさまでした。

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