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読書

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読書の記録と感想等。
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記事一覧

2024.2.10 『カフーを待ちわびて』原田マハ

読了後にも長く、じんわりと感動が残る優しい作品だった。舞台となった沖縄の離島。やはり沖縄の人はただ優しいのではなく、感謝の心が根底にあるのだと改めて感じる。

主人公は生まれつき右手に障害をもつ男性、明青。幼くして父を亡くし、母が蒸発し、祖母に育てられた過去を持つ。祖母の亡き後は裏で暮らす巫女のおばあを共に見守り合って、祖母に遺された商店を営み、少しずつ寂れてゆく島で生きている。
どことなく自分と

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2024.2.11 『これが生活なのかしらん』 小原晩

作者の経験を元にして、5つに分けられたエッセイ集。
うまく行くこと、行かないこと、生活の中には沢山の出来事がある。
それらをどう切り取り、どのように照らしてゆくのかは自分次第でもある。
ただ、必ずしも嬉しく思える方がいいとは限らない。
辛いことをまっすぐ辛く思う方が人間らしいし、無理に前を向く必要もないと思う。

結局は、自分が容易く信じられる大切なものを、なるべく大切にしていた方がいいのかもしれ

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2024.2.24『今夜、すべてのバーで』中島らも

あらゆる欲の果てにある『死』に対して、ほんの少しのきっかけで近づきも遠ざかりもすると感じた。

主人公の小島は文をしたためて生活をする傍ら、酒に溺れた末に重度のアル中で入院するところから話が始まる。展開の中でところどころに現れる彼の詭弁、とも言えるアルコール中毒への知識には適度な難解さがあるものの、不思議とするりと頭に入ってきた。
彼と同じ入院患者や医師の赤河との軽快な会話がいいアクセントとなり、

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2024.2.27『海の見える家』はらだみずき

主人公の文哉が育っていく姿に、心底感動した。
他人ではなく自分の価値観で道を、波を選んでいくことが大切で、人生には必要なのだと、亡き父から教わっているようだった。

自分がぼんやりとしか知らないままにしているものは、多くある。近いものほど、見えていなかったり、見ようとしていなかったり。逆に遠ければ遠いほど、見たくなったりもする。
そうして知らないままにしているものの中には、本作と同じように、今の自

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2024.3.8『漁港の肉子ちゃん』西加奈子

愛情に真っ直ぐ生きる肉子ちゃんの姿に、心を打たれるばかりの作品だった。
自分への愛、他人への愛。あらゆる方向に真っ直ぐ走る愛情は、否応無しに多くの人の心を揺さぶる。
誰に対しても等しく、正直に生きる肉子ちゃんが眩しく感じるとともに、弱冠11歳にして自らの境遇を認識しながら、ずる賢い自分がこのままでいいか、迷いながら生きていくキクりんにも共感できる点が多く感じた。

また、彼女らが暮らす港町の人たち

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2024.3.17 『本日は、お日柄もよく』原田マハ

人は言葉を使って感情を表現できる生物。様々なシチュエーションでスピーチをする場面も少なくない。想いを届けることは大変で、意図した通りに伝わらないことがほとんど。それゆえに相手に想いを伝えるためには工夫を凝らさなくてはならない。

そんなスピーチを主題にした本作品は、文章から登場人物の心がひしひしと伝わってくるようで、読み進めるうちに幾度も涙が込み上げてきた。音声は無いスピーチの文章かのに、その人の

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2024.3.20 『互換性の王子』雫井脩介

「成功(なりとし)」と「実行(さねゆき)」の異母兄弟を軸にして様々な対立が描かれるなか、緊張と弛緩の緩急が心地よくスルスルと読み進められる作品だった。人の幸せを願う者にには花が咲く、正義の勝利で括られたことも読了後の爽快感に繋がっていたし、登場人物の性格や特徴が細やかで、人物像がイメージしやすかったことも要因の一つと考える。

何よりも創業者である英雄の広く社会の動きを見渡す視野と、狭く会社の動き

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2024.3.30 『私のカレーを食べてください』幸村しゅう

強く生きるために、目に炎を宿らせることは簡単ではない。そのスイッチは誰にでもあるが、押すためにはかなりの勇気や活力が必要だからだ。
主人公の成子は、どんな困難に晒されても人に裏切られても、懸命に、直向きに自分ができることに向き合っていて、その気持ちに胸が打たれた。

成子は良くも悪くも人をしっかりと信じられる力があり、育った環境も手伝って少し控えめな性格をしている。しかしその心の奥底には『美味しい

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2024.1.28 『不器用で』ニシダ

五作品からなる短篇集。
いずれも人として生きるうえで抱いたことのあるような、小狡くて情けない、けれど心の隅の優しさが滲んでいるような作品だった。

自身が虐めの対象にならないように人を下げながらも、似通った境遇の人間をなるべく守ろうとしながらもがいた「遺影」

自分はここまでではないと生物部の同級生・波多野を下に見ながら、実は自身の足元が堕ちていく様を描いた「アクアリウム」

男性サウナのタオル交

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2024.1.21 『i アイ』 西加奈子

自分ではどうにも出来ないことが、世界には多くある。その渦中にいてもいなくても、自分の力だけでは変えることができないもので、この世界は埋め尽くされている。
その不条理が生み出す悲劇のひとつひとつに目を向けて、おおよそ等しく感情を揺らすことは私にはできないが、聡明で繊細なアイは、自らの存在と照らし続けてきたのだと思う。

「この世界にアイは存在しません。」
作中で呪文の様に何度も繰り返されるこのフレー

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2024.1.11『楽園のカンヴァス』原田マハ

アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐって繰り広げられる美術ミステリー作品。
現代から過去、また作中の物語へとシーンが移り変わってゆく度に少しずつ謎が紐解かれてゆくのが非常に心地よかった。
絵画には明るくない私が読んでも、「夢」という作品が持つ魅力に間接的に触れられたような感覚になり、「夢」に酷似した「夢をみた」の秘密に迫ってゆくその過程に虜になっていた。

芸術を取り巻くのは、権力や財産、真贋や既得権

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2024.1.4『ぼくの死体をよろしくたのむ』川上弘美

18作品からなる短篇集。予備知識も何もなく初めて飛び込んだ川上弘美の世界観は、ひとことで言うと「浮遊感」だった。現実と非現実の境をふわふわしていて、登場人物がはっきりとしない物言いで展開する話が、妙に心地よく感じていた。ただ、そのはっきりしない部分が作品の魅力を引き立てているようにも思う。読者の感受性や想像力に委ねているような、ヒントのようなキーワードを適度に散りばめているからこそ逆にのめり込んで

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2024.1.3『劇場』又吉直樹

後書きにもあったような演劇と日常の境を行き来する永田の心情に、自分と重なる部分が多い気がして何度も意識が逸れていく作品だった。自分にとってはある意味目を背けたい経験の数々が呼び起こされては止んでを繰り返し、気がつくとページを捲るたびに物語に溶け込んでいった。

慣れてゆくと同時に沈んでいく感覚は、もしかすると誰にでも無意識のうちに定着しているのかもしれない。目標に向かって真っ直ぐに進んでいるうちは

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2024.1.2『手のひらの京』綿矢りさ

京都に生まれた三姉妹のそれぞれを描いた話。
家族の優しさと京都が持つ特有の強さが柔らかく表現してされていて、常に緊張感が漂っていた印象。
自分自身が故郷を離れて暮らしているからこそ気づけた京都の魅力が丁寧に言語されてより腹落ちした。
家族、恋人、友人、仕事、環境、故郷。
大切にするべきもののは、目の前のものだけでなく、骨身に染み付いた自分の背後の景色かもしれない。

三女の凛を軸にしたストーリーが

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