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彼岸花が咲いているよ

 彼岸花が 咲いて いるよ

 彼はそうつぶやくと、立ち止まって指をさした。

 ぽつり とした声は空気に溶けこむように小さな響きであったけれど、私の耳には十分にこだまして、彼の横顔を見つめてしまう。

 そんな横顔を眺めてから、ようやく彼の指さしたほうへ顔を向けると、なるほど、たしかにそこには彼岸花が咲いていた。

 いつの間にか手を下ろしていた彼はしかし、微動だにしない。魅入られたような瞳にうっすら口角の上がる口元が印象的だった。

「彼岸花って、なんでこんなにもさみしげにぽつぽつ咲いているのだろうね。寄り添っているものもあるけれど、どうにもこうやって、ぽつぽつ離れているように思う」

 いつものように、私はすぐには答えられなかった。

 なんでだろうね、なんて陳腐なことしか結局言えず、それでも彼はそんなこと何にも気にすることなく歩き出していた。

 川沿いの道に ぽつぽつ 咲いている彼岸花は、たしかにさみしげにも見え、その強調される赤が目をとらえて離さず、無視することもできない。

 鮮明に、映る。かえって、目立つ。それでいて、さみしげな。彼岸花と、彼……。

 彼岸花が 咲いて いるよ

 ぽつり 私も、つぶやいてみる。彼を見ながら、つぶやいてみる。

 彼の耳には届かなかったであろう。それでいい。

 川沿いにさみしげに咲いている彼岸花は、どこまで続いているのだろう。どこまで、歩いていけるのだろう。

 そんなこと、気にしていないに、違いない。悠然と咲き誇り、堂々とした佇まいで、同化することもなく、自分を、自分を、偽ることなく存在している。それがどんなにさみしいように、見えたとしても。

 私は彼に追いつくと、横顔を見つめる。

 その瞳の先に見えるものがなんなのか、私にはとうていわからないけれど、彼が笑っているのなら、それでいい。

 彼岸花はまだ、まだ、先まで続いていた。

 私たちはまだ、まだ、歩き続けて、いる。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。