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健康なゲーミングを真面目に考える

こんにちは、NASEF(North America Scholastic eSports Federation/北米教育eスポーツ連盟、以下NASEF)日本支部です。

突然ですが、eスポーツが今後誰もが営む活動となっていくと過程した場合、皆さんはゲームを健康にプレイしていくためにケアすべき要因は何だと思いますか?私は長らく身体的なトレーニングのことしか意識していませんでしたが、最近は食生活(栄養状態)と睡眠品質、さらにはメンタルケアも取り上げられることが多くなってきました(当然すべての要因は密接に結びついているわけですが)。

プロの現状は?

そこで今回執筆にあたり、科学的な研究の裏付けは十分なのか?と調べてみたのですが、実は「eスポーツの成長が急速すぎて、研究は ”十分と呼ぶには” 足りていない」ことが分かりました。また多くの場合そういった研究もプロを対象としており、一般プレイヤーにとって有益な情報とは少し違なる点もあるようです。

たとえば…The Oxford Eagleのこちらの記事(英語。以下、すべての英語記事は筆者による独自訳):

プロ選手は30分前後の試合において心拍数が190~200に達することがあり、これは全力で有酸素運動をしたときと同程度になる。彼らは明らかに高いストレスにさらされている。

あるいはGlobalsport Mattersに国際スポーツ弁護士が寄稿したこちらの記事(英語):

「Counter Strike」や「League of legends」といったタイトルのプロ選手が試合中に生成するコルチゾール(訳注:ストレスを感じた時に生成されるホルモン)の両はレースカードライバーに比肩するレベルにあることが判明した。

など、すさまじいストレスがかかることが報告されています。このため近年はプロチームを中心に身体トレーニング・食生活改善/栄養管理に力を入れる組織(Team LiquidやRoyal Never Giveup、Immortalsなど)も増えてきましたし、日本でも先日、面白い取り組みがスタートしました。

「健康×ゲーム」の新展開。コロナ時代にeスポーツが加速する (AMP)
(文中の強調は筆者による)

2020年6月23日、森永製菓はeスポーツ選手の指導を支援することを発表。従来、スポーツ選手のトレーニング指導を手がけてきた同社だが、今回、新たにeスポーツ選手の肉体強化に乗り出すことを決めた。

同社はすでに3人のプロをサポートしており、カードゲーム専門のあぐのむ選手は、フィジカルを鍛えることがゲームにも生きると考え、筋トレや食生活の見直しに着手。その結果、体幹が鍛えられたことで猫背が矯正されるとともに、頸椎の変形(いわゆるストレートネック)から起こる頭痛が改善。結果的に体調不良がなくなり、ゲーム練習が質・量ともに向上したという。

<中略>

スポーツ選手のトレーニング指導を手がけてきた各社の知見がeスポーツ選手に向けられれば、eスポーツが示す健康増進への可能性が、ますます注目度を高めるのは確実だ。

しかしこれはプロ選手の話。私たちは「プロ選手を排出するための組織」ではなく、若年者が強く興味を寄せるeスポーツという分野で彼らの成長を促す団体ですので、日本支部のNoteであるこの場所でも、主に学生・教育者の皆さんにとって有益な情報を届けたいと思います。

「私たち」は何ができるのか?

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というわけで随分と長い導入になってしまいましたが、早速「一般プレイヤーが活用できる施策」について見ていきましょう。

とはいえ、最初に申し上げたとおり研究は始まったばかりですので「確固たるエビデンスが出揃うのを待って本格的に取り組みをスタートする」のでは悠長なのは間違いのないところです。ならば、専属トレーナー・臨床心理士・栄養管理士がいなくともできることからスタートしてみてはどうか?というのが本稿のアプローチとなります。

実は私たちNASEFも専門家から定期的にヒアリングを実施し、北米クラブメンバーに対してベストプラクティスの共有を行っています。たとえばUCI EsportsのeスポーツエクササイズフィジオロジストHaylesh Patel氏がNASEFブログに投稿した「健康的なゲーミング:引き締まった体でeスポーツを」(英語)から少し翻訳・引用すると…

「なんで体鍛えなくちゃいけないの?それでゲーム上手くなるわけじゃないんだからソロキュー回していたいよ」

これはトップレベルのプレイヤーから何度も投げかけられる質問です。基本的にはたしかにその通りで、ゲームをプレイしなければ上達も、スキル維持もできません。しかしプレイ時間も長くなりすぎれば、逆に生産性を下げる効果をもたらしてしまいます。これはバランスが崩れ、生活(適切な睡眠、栄養、試合後の反省/分析、他者との交流など)を犠牲にしている状態と言えるでしょう。バランスの崩れは結果的に判断力を鈍らせ、心を折れやすくし(「Tilt」しやすくなる)、反応速度を遅くし、不安や抑うつ状態にもつながります。

そのため、この質問に対して私は毎回同じ回答をしています。生活習慣をわずかに変えるだけで(運動、栄養管理、他者との交流)健康状態とパフォーマンスが向上するという証拠は十分にあるのだと。

このブログの中で、同氏は健康な身体を作る利点として
●身体的・精神的バーンアウトを防ぐ
●最高のパフォーマンスを維持する、疲労度を低減する
●(ゲーム時の基本姿勢である)椅子に座った状態の悪影響を解消する
●認知能力に優位な改善が見られる(ストレス耐性、記憶力・学習速度・反応速度の向上)
などを挙げています。いずれもどちらかといえばeスポーツ云々というよりも「運動の効能」です。

これは「Medicine & Science in Sport and Exercise」に投稿された、同領域では数少ない論文(*1)を根拠とした発言なのですが、ここに示されるデータは今この瞬間から活かせる情報と呼べると思います。

試合前の運動がパフォーマンスを高めるという研究結果

この論文は「League of Legends」プレイヤーを対象として実施した実験をまとめたもので、要約すれば「試合前にエアロバイクで20分間の高強度運動、続いて20分間の休憩を行ったプレイヤーは、対照群と比較してカスタム戦におけるCS精度と成績が優位に高くなった」ことを示しています。

2020/06/30 19:00訂正  「キル」を「カスタム戦におけるCS精度と成績」に修正しました。混乱を招く誤訳を見過ごしてしまい、読者の皆様ならびに研究関係者の方々にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。

また別の研究(*2)では5分間の運動でも優位な差が見られたという結果も得られています。

「時間対効果」が最も高くなるポイントについては現在もまだ研究中のようですが、ひとまず”ものすごく雑に”使えそうなパンチラインとしては「試合前に少し身体動かすと頭スッキリして動き良くなるという研究結果があるよ」というところでしょうか(納得いかない生徒さんが大学生ならば、追加調査を勧めるのも面白そうですね!)。

まずは厚生労働省の推奨運動量から、ストレッチも

ということで、引用した研究・論文に基づくならば、どうやらそれほどハードな運動をしなくとも、運動量についてはクリアできると言えそうです。

なおNASEFのスカラーシッププレイヤーは以下の運動を行っていますが…

●インターバルトレーニング(20秒の運動、10秒の休憩)x 2セット
●もも上げ、マウンテンクライマー、腕立て伏せ、ジャンピングジャック、バーピー

これは結構きつい運動です…。

厚生労働省では推奨運動量(ゲームに限らない)を提示していますから、まずはこれをベースに組み立ててみるのが一番手っ取り早いかもしれません。

また、プレイするゲームによって手指の活動量や姿勢、使用する筋肉も違うでしょうから(コントローラーとキーボード・マウスで、ゲームジャンル)、そのあたりは使用する筋肉や維持する姿勢をどうケア・鍛えるか調べていくことも自身の体調管理意識を高める上で良い活動となるのではないでしょうか。

「腹落ち」目指して

唐突ですが、英語に「馬を水辺につれていくことはできても水を飲ませることはできない」ということわざがあります。本人にやる気がなければ、結局無理強いはできないという意味ですが、ゲーム愛好者にとっての運動が「飲みたくない水」であるケースはそう少なくないのではないかと想像します(というか私の耳が痛いです)。納得して、積極的にやってこその身体トレーニング。「腹落ち」した上で続けられれば、それは後に彼らの財産になってくれることでしょう。

eスポーツクラブやサークルで、「あの〇〇選手も有用だと考えて実践しているよ、現時点ではこういう研究結果も出ていて、ランク戦やトーナメント前にやればいい動きができるらしいから(というか意思決定や集中力の向上が見込めそうだし、何なら今後あらゆる局面で役立つのでは…?)、やってみようぜ!」という流れができることを願います。

その際、自分たちがどんな筋肉を酷使しているかを知り・調べ、その対策としてトレーニングやストレッチを組み立てるところまで自主的に進んでいけば理想的ですね!

補足: プロも成果を感じている/継続こそが力なり

以上、普段よりもやや長くなってしまいましたが健康とゲームの関係について書いてみました。今回は最後にTNW誌の「ジム通いがeスポーツプロを成功に導く理由(仮訳、リンク先英語ですが非常に面白い記事です)」という記事から2文ほど引用して締めとさせていただきます。

TNWが接触したチームマネージャーやコーチの多くが「大事なのは特定の運動をするかどうか?ではなく、運動を続けられるかどうかだ」と口にしたことを記しておこう。
(FaZe Clanでフィットネス・栄養コーチを務める)Schellens氏は、運動と成功の関係を数値化するのは難しいが、選手たちはその効果を実感していると語る。「数値化はできませんが…(選手たちからは)ずっと気分が良くなった、身体が引き締まってプレイするのが楽になったという声がよく寄せられます。満足してくれているということじゃないかな」

おわりに

今後もNASEF日本支部では教育関係者の皆様に私たちだからこそ出せるアイデアを提供できればと考えています。特に興味がある分野などありましたらぜひお知らせください。確約はできませんが、可能な限りフォローしていきたいと考えています。

日本支部窓口のお問い合わせ先は以下のとおりです。取材や相談などお気軽にご連絡ください。

【お問い合わせ窓口】
公式ウェブサイト(英語): https://www.esportsfed.org/
日本支部窓口(日本語/英語): hnaito@esportsfed.org
Twitter:@nasef_japan

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引用論文

*1: de Las Heras, Bernat & Li, Orville & Rodrigues, Lynden & Nepveu, Jean-François & Roig, Marc. (2020). Exercise Improves Video Game Performance: A Win–Win Situation. Medicine and science in sports and exercise. In press. 10.1249/MSS.0000000000002277.

*2: Cooper et al. (2016). High-Intensity Intermittent Exercise Effect on Young People’s Cardiometabolic Health and Cognition. Current Sports Medicine Reports. July/August 2016 - Volume 15 - Issue 4 - p 245-251

 



北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。