【ショートショート】『月刊《言葉の力》』
令和22年頃のお話。
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「冬木総理。本日は貴重なお時間を割いて頂き、又、御自宅にお邪魔させて頂き、大変感謝しております。わたくし、高校教師から、一国の政治のトップに登り詰めたという総理の生き方に大変感銘を受けております。本日は勉強させて頂きます!」
私の前の椅子に座っている【言葉の力】という、近々創刊されるデジタル月刊誌の記者の男は、そう言って、深く頭を下げた。
隣のカメラマンまで、同じ位、頭を下げている。
「いや、君、そんな大袈裟な。それに私は引退した身だ。総理じゃなくて、元総理だよ」
私の言葉を聞いた記者は、下げていた頭を更に低くして答えた。
「あっ、失礼致しました!元冬木総理!」
えっ??ちょっと、元冬木総理って..
モノマネの人みたいじゃないか!
普通、冬木元総理だろうが!
全く、マスコミの連中ってのは、上っ面だけで、どいつもこいつも薄っぺらいもんだ...
私は心の中でそう思いながら記者に声を掛けた。
「まあいいから、頭を上げて」
記者の男は、心底申し訳なさそうな顔を作って、私に言った。
「有り難うございます。では元冬木総理。早速、元冬木総理の【人生を変えた言葉】を伺っても宜しいでしょうか?」
だから元冬木総理、元冬木総理って、私は頭にスズメ乗せたビジーフォ…えっ?
人生を変えた言葉?
えっ??
生い立ちをザックリと話すんじゃなかったっけ?
いや、そう言えば、栗田の奴が考えといてくれと言ってたな..
そうだった。最近、すっかり忘れっぽくなってしまった…
私の人生を変えた言葉…か..
私の人生を変えた言葉…
人生を変えた言葉…
変えた言葉…
言葉…
言
葉
私の意識は、40数年前に勤めていた、高校の教室に戻っていた...
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「ちょっと幸雄、さすがに授業中に散髪はヤバくね」
「大丈夫だって、冬木が怒れる訳ねえじゃん」
高校教師だった当時の私は、あまりに自信が無さすぎて、生徒達にナメられまくっていた。
生まれてから一度も怒った事が無かったので、怒り方というのが解らなかったのだ。
その為、私が授業をしている教室が余りにうるさいので、隣の教師が怒鳴り込んでくるなんて事はしょっちゅうだった。
そして、その日も生徒達は騒音を撒き散らしていた。
私は追い詰められていた。
今朝、教頭に厳重注意されたのに。
とりあえず生徒達を黙らせないと、私の首が飛んでしまう..
い、一体、どうすればいいのだ..
私は、騒ぎたてる生徒達に声を掛けてみた。
「あの~すみません…」
いつもの通り誰一人、私を見る生徒は居なかった。
私は、仕方なく学園ドラマでよく見るシーンを真似て、とりあえず黒板を掌で強く叩いてみた。
【【【 バン! 】】】
いきなり教室が静まり返った!
生徒達がこっちを見てる。
や、やばい!どうしよう?アドリブが出ない。
どうしよう…どうしよう…
ドラマではこの後、何て言うんだったっけ?
い、いかん、早く何か言わなければ!
私は、とりあえず口を開いた!
【【【 だまらっしゃい! 】】】
一瞬の沈黙の後、
何故か教室中が、爆笑に包まれた!
えっ?今のギャグじゃないよ..
「ギャッハッハッハッハ」
「うける~」
「だまらっしゃいって!いつの時代だよ!超うけるんだけど」
「冬木、面白れえよ!」
「なんだよ冬木、そんなキャラだったのかよ!」
ギャッハッハッハッハッ
ギャッハッハッハッ
ギャッハッハッ
ギャッハッハ
ギャッハッ
ギャッハ
ギャッ
ギャ
ギ
........................................................................................................
あれからだったな、私の人生が変わり始めたのは..
それから、生徒達とも仲良くなっていって、何故か知らぬが、トントン拍子で人生が好転していったのだ。
そして、急死した親戚の変わりに無理矢理、担ぎ出される様に政治の世界に入り、遂にはまさかの内閣総理大臣にまで…
解らないものだな…
言葉一つで…
人生は…
本当に…
本当…
に…
「あ、あの元冬木総理?」
記者が、覗き込む様に私の答えを待っている。
私は慌てて、とりあえず口を開いた。
「えっ、人生を変えた言葉だったね。そ、そうだなぁ..わ、私の人生を変えた言葉は、だま....だま....だま...だま....だま...だま
【騙すより騙された方が、より多くを学べる】
これかなぁ。教師時代に校長がくれた言葉だったかなぁ、多分。当時、非常に勇気と感動をもらったなぁ…ははは
あ、あとは、だま...だま...だま...だま...だま...だま...だま...だま...だま...だま...だま...
【騙したつもりになってる奴は、大抵騙されてる】
こ、これだな!これは、初当選の時に私の両親がくれたんだ、ったっけ?.…多分」
【おしまい】
監督.脚本/ミックジャギー/出演.冬木元総理役、四十五代目.船橋團十郎、記者役.佐村河内せめる、カメラマン.ミックジャギー
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