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BCGの作用機序ー新型コロナ

        (上写真はパスツール研究所内部)

                                                     はじめに

 2019年12月、中国での新型コロナ感染症(後にCOVID-19)の発生が報道されて以来、この感染症による死亡が各国で報告されている。2020年12月31日の時点で世界の感染者数は8300万人、死亡者数は180万人を超えている。ただし各国の対100万人死亡者数には大きな差がある。その原因として、人種の差、生活習慣の違い、過去のウイルスやその流行、HLAの型、公衆衛生政策の相違、BCG接種の有無等 諸説がある。本稿ではBCG(Bacille de Calmette et Guérin)の接種義務の有無および使用された株の相違に注目し検証・考察した。

                                                     方法

   検証する国をA群:過去に日本株 BCGを接種をしたアジア・中近東の国(10ヵ国・表 A)、B群:過去に日本株 BCGの接種をしたアフリカ大陸の国(16ヵ国・表 B)、C群:過去にロシア株 BCGの接種をした国(15ヵ国・表 C)、D群:BCG 接種の義務がない、または日本・ロシア株 以外の BCG 接種をした国(19ヵ国・表 D)の4群とした。

                       表 A.  BCG 日本株を接種したアジア・中近東の国

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       表 B.  BCG 日本株を接種したアフリカ大陸の国

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         表 C.  BCG ロシア株を接種した国

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      表 D.  BCG 日本株・ロシア株を接種していない国

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 C群においてロシアからベラルーシまでの8ヵ国は旧ソ連邦の国である。トルコ以下7か国は中近東、アフリカ大陸、南アメリカ大陸に存在し、人種・生活習慣・政策も異なっている。
 D群でイギリスよりスイスまでの欧州9ヵ国は少なくとも2005年までにBCG接種の義務が廃止されている。また、イタリア以下カナダまでの4ヵ国は基本的に BCG接種義務がなかった国である。メキシコ以下イランまでの6ヵ国は中南米・南米大陸・アフリカ大陸・中近東にあり、これらの国も人種・生活習慣・政策は異なっている。
 各国の人口は国連人口部の推定統計(2019年)による。COVID-19感染症による死亡者数はCoronavirus Update: worldometer. Info. :(2020年8月27日閲覧による)。対100万人死亡者数は著者の計算による。

               結果
 A~D群は計60ヵ国より構成され、総人口28億5380万人である。これは世界人口、約75億7000万人(国連推定)の約38%であり、統計学的検証が不要なビックデーターと考える。       
 過去に日本株を接種したA・B群の総人口は12億6908万人であり、総死亡者数は2万8506人である。対100万人死亡者数は、22.5人である。
 過去にロシア株を接種したC群の総人口は3億9290万人であり、総死亡者数は3万5336人である。対100万人死亡者数は、90人である。
 過去にBCGの接種義務がない、もしくは日本株・ロシア株以外のBCG株を接種したD群の総人口は11億9183万人であり、総死亡者数は61万483人である。対100万人死亡者数は、512人である。
 単純比較するとD群の対100万人死亡者数はA・B群の22.7倍であり、C群の5.6倍である。すなわち、BCG日本株接種国は日本株・ロシア株の接種のない国と比較して死亡者数が20分の1以下である。日本単独(対100万人死亡者数9.7人)では50分の1以下である。また人種・生活習慣・公衆衛生政策等とは無関係であった。この傾向は2020年12月31日でも同様である。(下図)

2020年対100死亡

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      (写真・上はカルメット博士、下はゲラン博士)              

               考察 

 1908年、パスツール研究所のカルメットとゲランは結核性乳腺炎の牛から有害な抗酸菌(ウシ型結核菌:Mycobacterim. bovis Nocard 株)を分離し、13年以上の継代培養によって毒性を減衰させた。その弱毒化生菌であるBCGは1921年に結核の予防ワクチンとして初めて使用された。その後、BCGは多くの子・孫株が作製され複雑な系譜となっている(図)。

BCGの図 (3)

 1924年に BCGは志賀潔によってフランスより日本に持ち帰られ、1946年から国民学校4年生から20才以下の者および結核患者の家族全員が接種対象とされた。この事より、1935年以降に出生した日本人は結核罹患者を除き、全て BCG接種を受けていることになる。加えて、日本の研究者は独自に凍結乾燥技術を開発・改良し、初期の BCG株の遺伝情報を維持している。Miyasakaは BCG日本株は生菌数が多く、複数の炎症性サイトカインを誘導し、自然免疫において訓練免疫の役目を果たしているとの仮説を報告している。Markeyらによると単位重量あたりの生菌数は日本株は49.4×10×6乗、ロシア株は3.4×10×6乗であり、日本株が優位である。


 BCGは現在、第4世代までがあると考えられ(図)、最も初期の第1世代に日本株、ロシア株が含まれる。M. bovis から初期BCGになるまでにRD1(Region of Different-1)領域が欠失している。また第1世代から第3世代BCG(BCG-デンマーク・グラクソ株 など)になるまでにRD2領域が欠失している。RD2領域は11個のOpen Reading Frameがある12.7 kbのDNAセグメントで、複数のRD2コード遺伝子(Rv1980c, Rv1989c, Rv1978, Rv1981c, Rv1985c など)を持つ。
 これらの遺伝子は ESAT-6, CFP-10, CFP-21, MPT-64 蛋白などをコードしており、これらの蛋白の刺激により多様な免疫応答が起こることが知られている。例えば、Rv1980cにコードされる MPT-64蛋白の刺激により活性化されたT細胞は Th1型サイトカインである IFN-γを分泌するが、Th2型サイトカインである IL-4は分泌しない。CFP-21とMPT-64の融合蛋白はツベルクリン反応陽性マウスの IFN-γの分泌を増加させる。また、RD2抗原蛋白の組み合わせにより種々の炎症性サイトカインが実際の感染症レベルと同程度に放出されることが報告されている。
 

 日本の感染治癒者の IgG抗体の陽性率の低さや比較的早期の消失という事実から推察すると、BCG日本株・ロシア株の接種国で死亡者数が少ない理由として、SARS-CoV-2に対してのBCGによる特異的な自然免疫や細胞性免疫の増強が関与している可能性がある。
 BLASTP解析により、SARS-CoV-2のエンベロープ蛋白とM. bovis 由来のツベルクリン様蛋白の12個のアミノ酸配列の間に高い相同性があることが報告され、免疫組織化学法でも確認されている。免疫反応の機序として、例えば、エンベロープ抗原蛋白の侵入による刺激がBCG既接種者にとって結核菌の侵入と認知され、まず特異的自然免疫が賦活され、特に刺激を受けたT細胞からの IFN-γを含むTh1型サイトカインの放出の時期が早くなり、またその量も増加し、その結果、細胞性免疫の賦活が起こりマクロファージや細胞障害性T細胞などを活性化して感染症の重症化の防止やウイルスの消失に繋がる免疫応答が起こるとの一つの仮説が立てられる。
 一方、BCG-デンマーク株では乳児への接種においてこれらの免疫応答のレベルが日本株より低いことが報告されており、この免疫反応の初期の部分に第1世代BCGのRD2蛋白が関与している可能性が高い。
 

 これらの事実により欧州旧西側諸国で多く使用されていたRD2領域の欠失したBCG-デンマーク・グラクソ株では、これらの免疫応答の低下や欠失によりCOVID-19感染症に対しての免疫効果が低下しており、RD2領域を保持している BCG日本株では、結核菌感染と同様な初期の免疫応答が生じ感染の重症化を防いでいると考えられる。                   

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            (写真は志賀潔博士)

               結論

 総人口28億人を超えるビックデーターによる検証では、BCG日本株・ロシア株を接種している国でCOVID-19感染症による対100万人死亡者数が他国と比較して減少していた。またBCG日本株接種国は、対100万人死亡者数が接種のない国の20分の1以下であった。日本単独では日本株・ロシア株の接種のない国の50分の1以下であった。
 その理由として第1世代BCGのRD2領域にコードされている抗原蛋白による免疫応答の強化および生菌数の量が関与していると考えられる。このことは結核菌にも SARS-CoV-2 にも感染しうる動物を用いた実験により検証可能である。 

(本稿は査読を経て近代出版「臨床と微生物・2020年11月号」に掲載されたものである。一部、修正・加筆をした。参考文献は省略した。)


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