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旅館建物室礼美術館河鹿園(東京都青梅市・御嶽駅)

御嶽駅から徒歩1分の好立地にありながら、ほとんど知られていないという、知る人ぞ知る建物みたいなスポットになっているのが河鹿園。現在は旅館建物室礼美術館という名前がついている。

かつては旅館だった建物を現在は美術館として内装を含めて一般公開している。国登録有形文化財の貴重な建物でもあるにも関わらず、旅館としてのイメージが強いからなのか一般の人にとっては立ち寄るというケースが考えつかないからかもしれない。実際に昼くらいに訪れた際も見学者は1名のみというほぼ独占状態。御岳渓谷に建つ旅館で迷路みたいな階段通路を巡りながら全部で5棟、部屋数にして15部屋以上を見学できる上、そのほぼ全ての部屋に大家による日本画の展示がガラスなしのゼロ距離でみられるという、レアすぎて鼻血が出るレベルの美術館。ちょっとここまでのクオリティの美術館は今までになかった。

外観は旅館なので見逃しがち

目黒に雅叙園があれば御岳には河鹿園があると言っても過言ではないくらいの場所かもしれない。雅叙園ももちろん素晴らしい場所だけれど見学者が多いのでじっくりと作品と向き合うのは難しいものの、河鹿園は見学者が少ないのでそれこそ差し向かいで部屋や作品と向き合えるという。都心の目黒と都心から2時間の御岳という場所柄の一長一短はあるけれど、御岳に来るならぜひ訪れておきたい場所。

最初に入るのは山魚楼。階段を登った2階にあるのが紅葉の間で、さっそく川合玉堂(扁額)、円山応挙(絵)、松尾芭蕉(自画賛)といった教科書に出てくるレベルの人物の作品がでてきて度肝を抜かれる。前知識なしで変わった美術館があるな、くらいの認識で訪れただけに衝撃が大きい。

各部屋に美術品が展示されている

1階の月の間は休憩室となっている。こちらは喫茶室としてドリンクなども提供されている。御岳渓谷を眺めながら一服するのもまた爽快だったりする。

窓の外は御岳渓谷

次に入るのは渓梅庵。石の敷き詰められた廊下を下ると最初にまず百合の間として洋室と和室がある。和室の方には柳沢淇園の日本画がある。欄干から眺める多摩川がとても美しい。対岸の玉堂美術館でゆったりと休む人たちを眺めながらこちらもゆったりと納涼に耽る。

見える場所すべてが展示室 これはほんの一部

さらに階段を下りると3つの部屋が並んでいる。藤の間には今尾景年、椿の間には与謝蕪村伊藤若冲、桔梗の間には速水御舟鏑木清方と来た。一つ一つの作品に園主の説明書きが添えられていて、作品の背景などもあるのでわかりやすい。全ての部屋にいえるのが絵の前に添えられている生け花の美しさ。部屋の雰囲気を生かしつつ主張しすぎず、まさに侘び寂びを体現しているようである。絵や部屋の設えもさることながらこういった生け花にも注目したいところ。

どんどん奥へ向かう

元の通路へと戻りさらに廊下を奥へ行くと二股に分かれている。右手を進むとまだ奥の棟がある。さすがもともと旅館だと驚きながら階段を下りるとそこは次の棟である枕流亭。こちらにも3つの部屋がある。山吹の間では酒井抱一の日本画と野々村仁清の焼き物がある。さらに扁額は朝倉文夫によるもの。なんですかこの重鎮だらけの部屋は。というか今までの人物いずれもが教科書に載るレベル。美術品だけでも換算したら幾らになるというのか。

美術品の総進撃

隣り合わせになっているつつじの間とあじさいの間は、いずれかで高浜虚子が句会を行ったことがあるという。つつじの間には堂本印象の画、あじさいの間には松山瑞雲和尚と吉井勇の書が飾られている。

川むかいには玉堂美術館

再び階段を上り、先ほど分かれていた二股の廊下を今度は左へ。こちらが最深部の大浴場となっている。もちろん今は使われていないので堂々と男湯も女湯も見学できる。一旦ここで外履きに履き替えて屋外へ。稲荷の社や裏道へと出ることができる。歩きたくなる径。チロチロと流れる湧水の様もまた風流だったりする。

廃墟っぽさもまた良い

ここまでで既に充分に満喫しているにも関わらず、さらに最後の棟が控えている。射山荘という名前の棟はこれまでの建物よりも大きくてまさに集大成ともいえる造り。2階建にも関わらずボリューム感が半端ない。1階の大広間裏の通路では我楽多市が開催されている。使われなくなった旅館の椅子や座布団など大きめのものが手軽な値段で購入できるので興味がある人はぜひ。

各所に配されるさりげない生花

大広間はまず愛新覚羅溥儒という溥儀の従兄弟である書画家の扁額から始まる。そして圧巻の書の数々がお目見えする。大広間を全て使ってずらっと並んだ書画の数々。高村光太郎斎藤茂吉与謝野晶子北原白秋小林一茶河東碧梧桐中里介山吉川英治加藤楸邨といった面々。さらに芸能人のサインもある。名前を知っているだけでも古川緑波、三國連太郎、三船敏郎、八千草薫、美空ひばりといった往年のスターがロケや宿泊で訪れている。

大広間を埋め尽くす怒涛の書

圧倒的な情報量に頭の整理がつかないまま2階へ上がると、こちらでは6部屋が開放されている。だいぶ老朽化が進んでいるらしく慎重に観る必要があり見学できる時期も限られて行くかもしれない。松の間では上村松園、菊の間では富岡鉄斎、梅の間には渡辺省亭、萩の間と花の間にも名前は確認できなかったもののそれぞれ書画が飾られている。さつきの間でも我楽多市が行われており、食器など細かい物を安価で購入できる。その他にも画集や音楽、本など園主が若い頃に収集していたものの古本市もされている。

2階の廊下 右手の各部屋が展示室 左手は古本市

もともと接客の生業をしていたのもあって園主の案内も非常に快く、必要最低限の説明のあとは自由に見学というスタンスな上、何か気になることがあればしっかりと答えてくださるという丁寧さで程よい距離感。面白いのが各場所にある連絡手段に黒電話が使われていて、気になったことは電話でも聞けるという旅館っぽさがあるところ。黒電話というのがまた良い。トイレは和式とウォシュレット式を完備している。とにかく今年に訪れた中で格段にすばらしい施設。

黒電話が生きており事務所と繋がる


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