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小説:コトリの薬草珈琲店 8-3

「薬草を学ぶ方法は大きく4つほどあるんですけど、それぞれ簡単にお伝えしますね。」30歳を超えたくらいの女性二人に対して、本日も佳奈のトークは絶好調である。
「うん、よろしくお願いします。」好奇心の強そうな女性二人も聞く体制に入っている。

「一つは、漢方とか中医学とかを学ぶという方法です。千年以上、体質や体調に合わせて処方されてきたものなので、それなりに信頼できる考え方だと言えます。たくさんの薬草が登場するので、薬草について理解が深まります」
「例えばどんな薬草が学べるんですか?」ひとりが質問する。
「ご質問ありがとうございます。例えばドクダミは魚腥草という名で毒だしの生薬として習いますし、ヨモギも艾葉という名で止血の生薬として習ったりします。100以上の薬草を習ったような気がします」
「100以上。すごい・・」
「二つ目は、皆さんご存じのアロマですね。若干、日本の薬草には弱いのですが、植物の持つ精油成分の活用については非常に詳しく学べます。たとえば菊科のカミツレ、西洋ではジャーマンカモミールとも言いますが、その精油にはアズレンという青い製油が含まれていて、鎮静とか抗アレルギーにも良いとされています。そのあたりを医療に近づけるとメディカルハーブと言ったりもします。でも、中医学の世界ではカモミールに近い中薬素材として菊花があるのですが、菊花は頭に上った熱気を下に降ろす作用があるとされています。これも広い意味で鎮静ですよね」
「すごい、違うお勉強の領域なのに共通点があるんですね」
「そうなんですよ。で、三つ目はおばあちゃんの知恵を学ぶというもの。怪我をしたらヨモギを使ったり、ビワの葉を使ったりと地域によって対処方法は色々あるようです。でも、この方法は時間もかかるし、迷信のようなものも含まれている可能性もあってリスクがあるかもしれません」
「なるほどね~。・・・これまでので3つ、でしたっけ?」
「はい。四つ目は野草に詳しい方に学ぶ、というものです。フィールドワークをしながら、そこに生えている薬草を観察して、少し採取しながら料理をしたり、薬草があった場合はその効能を聞いたりしながら楽しむ方法です」
「楽しそう。ハイキング気分で参加できそうですね」
「ですね。ただ、フィールドワークは絶対に先生に教えてもらいながらやってほしい、ということをお伝えしたいです。ヨモギなどは分かりやすいんですけど、ゲンノショウコという下痢にも便秘にも効く薬草は、葉っぱだけでは見分けがつきづらくて、たまに猛毒のトリカブトと間違える人もいるようんなんです」
「トリカブトって、殺人事件で使われるやつでしたっけ?」
「はい。ドラマなどで取り上げられているアレです。花を見たら分かるんですけどね。花の咲かない季節は要注意です。なので、気軽に野草を使うのは少し控えていただいたほうがいいと思います。また、それらはほとんどが、誰かの土地の薬草でもありますしね」
「いやいや、なるほどね~。すごく遠い道のりだけど、道筋が見えた気がします。・・・佳奈さん、さっき交換したSNSのほうにまた連絡してもいいですか?」
「ありがとうございます。是非、よろしくお願いします!」
 二人を見送った佳奈は、充実した笑顔を琴音に向ける。琴音は佳奈に親指を立ててGoodのサインを伝えた。話を聞いていた二人は化粧品メーカーに勤めているということで、薬草にも興味があったのだろう。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 二日間を全力で走り抜けた二人はイベントが終了するとすぐに荷物のパッキングを行い、奈良や岐阜の仲間に別れを告げた後、JR中央線で東京駅に向かい、京都方面の新幹線に乗り込んだ。

 急いで買ったお弁当を開けて、二人並んで食べる。時間がなかったのでお弁当の厳選はできず、佳奈は崎陽軒のシウマイ弁当、琴音は品川貝づくし弁当をパッと購入していた。食べながら、佳奈が東京出張の感想を語る。
「コトリさん、今回、東京に連れて行ってもらってすごく勉強になりました」
「そうだね。佳奈ちゃんと東京の薬膳レストランで食事もできたし」
「あ!そうですよ~。今度からは自分だけ楽しむのはナシですからね」
「すみませんでした笑」
「でも、その時もお話したんですけど、薬草のことを広めることって、知的富裕層の方とお話しすることがポイントになるって改めて思いました。あのような人たちが薬草関連の商品を理解して、買って使ってくれて、そして、他の人にも伝えてくれるんじゃないかって」
「そうかも。確かに」
「だから、東京で仕事をするのもいいなぁって思うんですけど、奈良のほうが薬草にも近いし、お母さんやお父さんとも暮らせるし、空気も美味しいし。迷うんですよね~」
「やりたいことが見えてきたみたいだね、佳奈ちゃん。良かったよかった。でも、それだったら薬草珈琲だけでなく、着る薬草、つまり染物など、他の領域にもいずれは手を広げていくべきなのかもね」
「おお、いいですね!さすがコトリさん。内からも外からも身体に良いことを自然にできる生活。・・・そういう意味では薬草風呂も使えるし、化粧品だってそう。セレクトショップなどもいいかもしれませんね。夢が広がるなぁ」

 佳奈は窓の外の暗闇に目を向け、これからの夢についてひとり考えているようだった。ただ、やがて、佳奈の気配がフッと和らいだ。奈良では体験できないしゃべり尽くしの二日間、疲れたのだろう。佳奈は眠りについていた。琴音はそんな佳奈の横顔を見ながら、小さく「おつかれさま」と声をかけた。

 母を亡くして以来、人を失うことに敏感になっていることを琴音も自覚している。いずれ薬草珈琲店を卒業するだろう佳奈を、自分は笑顔で送り出すことができるだろうか。琴音は自問する。時間はいつも、残酷だと思う。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 現在、琴音は新幹線の座席に座りながら、ひとり、起きている。そして、その右手には母の残した黒い勾玉を握っている。・・・実は最近、琴音が気づいたことがあった。それは、例の不思議な夢、つまり奈良の燈花会のように無数の灯りに照らされた夜道を走っているような夢を見た朝は、決まって必ず黒い勾玉を手に握っていたのだ。

 疲れたときに見る夢だとこれまでは思っていたのだけど、疲れて着替えもできずに(勾玉を外さずに)ベッドで寝てしまった時に見る夢だったんじゃないかと琴音は考えた。

 右のE席の方を向くと、佳奈が穏やかな顔で眠りに落ちている。ちょっと実験してみよう、と琴音は思った。新幹線で一瞬の深い眠りに落ちるとき、あの夢を見ることになるのかどうかを。寝ようと意識して一瞬の深い眠りに落ちることができるようなシチュエーションはなかなかない。

 首から勾玉を外し、新幹線の床に落とさないよう手首に紐を少し巻き付ける。そして、右手に黒い勾玉を握って目を閉じる。勾玉に刻まれた傷が手のひらの触覚として感じられる。心地よく新幹線に揺られると、やがて琴音にもまどろみが訪れてきた。そして、少しだけ残された琴音の意識が「夢が・・・来る・・・」と感じ取った。

 ー数人の誰かが、燈花会のようなたくさんの灯の中を走っている。
 ー目に入る視界の中心は、まだ小さな女の子のようだ。
 ーその前には男の子が二人、走っているように見える。
 -みんな、その手に何かを握っているように見える。
 ーカゴメ、という言葉が聞こえたような気がする。
 ーやはり、なぜ彼らが走っているのかは分からない。
 -でも、悲しい衝動が彼らを突き動かしていることだけは伝わってくる。

 夢の中でその風景を反芻する琴音の耳に、何か声が聞こえたような気がした。
 <・・・アト、スコシダナ>

 謎がさらに深まる。この風景や登場人物も心当たりがない上に、さらにそれとは別の声も聞こえてきてしまった。・・・ただ、ひとつだけ明らかになったことがある。夢と勾玉の間には、おそらく何か関係があるのだろう。

 自分が手に握っているものが植物だったなら、その声が聞こえるのは琴音にとって自然なことだ。でも、右手に包まれているものは勾玉・・・石だ。自分は植物だけでなく、石の声までも理解できるようになったのだろうか、と思ってしまう。

 まどろみながらそんな思索に浸っている琴音の耳に、やがて、現実世界の声が飛び込んできた。
「・・・琴音さん、もうすぐ京都ですよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 琴音は帰宅途中で川原君に連絡をとった。後輩の福田君にコンタクトをとってもらいたかったからだ。この勾玉には”何か”ある。文化財に詳しい知り合いも福田君にはいるだろう。そんな福田君のツテでこの勾玉を詳しく調べてもらいたいと思ったのだ。

 数日後、琴音は、ランチに来てくれた福田君に勾玉を託した。勾玉の由来を確かめて欲しい、という名目で依頼。いつも通りの、ワイシャツ姿にメガネをかけた福田君は、知り合いに見てもらいますねと快く引き受けてくれた。

 どんな答えが返ってくるのだろう。それは全く分からないのだけど、琴音には、そこに自分にとって大切な何かが隠されているような予感だけあった。

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