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聖徳太子様のフシギ伝説 


物部氏が怨霊化してキツツキ攻撃を加えた!?


大阪の四天王寺に怨霊伝説がある!?

ということで、四天王寺に行ってきました。

大阪の四天王寺は聖徳太子様が建てた御寺です。
その昔、仏教が日本に伝来してから、仏教を受け入れる派と、排斥する派に分かれていました。

聖徳太子様は蘇我氏とともに、仏教を受け入れる派。
物部氏が、仏教を排斥する派でした。

最終的に、チーム蘇我氏・聖徳太子さまらが勝ち、日本で初の本格的な寺院が建立されました。

奈良・飛鳥の飛鳥寺。大阪の四天王寺がそれです。

四天王寺は古代の伽藍は焼けてしまいましたが、「日本初の本格寺院」の跡がその形に残っています。

塔・金堂・講堂が一列に並ぶというもので、法隆寺も最初はこのように並んでいたと言います。

さて、滅ぼされた物部氏ですが、その後その怨霊となり、キツツキの姿となって四天王寺を襲ってきたといいます。

そのキツツキをやっつけてくれったのが鷹で、この鷹の止まり木が四天王寺金堂に設置されているのと言うのです。


鷹の止まり木

不思議な話ですけど、たしかに金堂には鳥居の形をした「止まり木」みたいなのがあります。

そもそも鳥居とは「鳥が居る」から鳥居という説もあるくらいで、本当に鳥がとまるためのもの・・・物部氏がキツツキに姿を変えて・・・というのも本当かもしれません。

しかしなぜキツツキなんでしょう?

妖怪 寺つつき?


妖怪を描いた鳥山石燕の画集『今昔画図続百鬼』には「寺つつき」という妖怪が登場しています。

寺つつき(てらつつき)は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にある妖怪で、啄木鳥のような怪鳥。

四天王寺や法隆寺に現れ、嘴で寺中をつついて破壊しようとしていると言われる。

古来の神々を信仰していた物部守屋が、聖徳太子と蘇我馬子に討伐された後、寺つつきという怨霊になって、仏法に障りを成すため、太子の建立した寺を破壊しようとしているのだとされる。

鎌倉時代の軍事物語「源平盛衰記」によると、聖徳太子は鷹になって寺つつきに対抗したところ、寺つつきは二度と現れなくなったという。

寺つつきの正体は、アカゲラだと言われている。

ウィキペディア 寺つつき - Wikipedia 


上記によると、四天王寺を守ってくれた鷹は、聖徳太子様だというのです!

そもそもこの話は『源平盛衰記』に記載されているそうで、聖徳太子様という存在が、昔から各方面で大きな影響を与えていたということでしょう。

聖徳太子様にかかわるフシギな話はほかにもあり、『太平記』には、聖徳太子様が書いた予言書『未来記』なる書物があり、それを楠木正成が見せてもらいに四天王寺にでかけた話があります。

四天王寺さんは大阪のお仏壇とも言われ、歴史に関わった高貴な方から庶民まで、あらゆる人を受け止める場所でした。

寺つつきも、『未来記』も、聖徳太子様の人気が長年変わらずに続くことで、伝説が重ねられていったゆえの物語かなあと思います。


巻頭イラストはふうちゃんのものを拝借しました。ありがとうございました。

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