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蝉の声が苦手だ。
水の膜に包まれて深い海に落ちていくような気持ちになる。
それはきっと、あの夏の日々が蘇るから。

高校生の頃、吹奏楽部だった。
今では全く楽器にも触れていないが、あの頃は年に一度しかないコンクールに向けて全力だった。

クラスのみんなが楽しげな夏休みの予定を立てる中、私たち吹奏楽部は白目を剥きながら早朝から夜まで練習に励んでいた。
暑い夏、ダラダラと滴る汗、怖い顧問。
肉体的にも精神的にも毎日限界を感じていた。
大人になった今でも目を閉じれば仲間の顔やメトロノームの音がすぐに記憶の底から浮かんでくる。
今思うと、あんなに忘れられない日々はこの先に二度と訪れないし、文字通り絵に描いたような青春だった。でも、当時の私にとっては部活は苦痛で困難だった。
何人もの部員が辞めていった。私も辞めたかった。辞めれなかった。
最後の夏、コンクールは惨敗だった。

蝉の声が聞こえると思い出す。
あの頃の泣けなかった私、鳴けなかった私。

今は社会人となり、青春なんてまるで無かったような顔で毎日を過ごしている。
毎年、蝉の声を聞いたときにだけ蘇る私のあの夏。
今年も梅雨が明ける。私の夏がやってくる。

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