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寝かせてくれない理容室

日本人の頭蓋骨の形を解説する理容室

※前回の記事から続いています。

どうしようもないツムジ頭の持ち主に、理容室店主は勿体ぶったあげく、ようやく救済策を提示した。

「まあしょうがないから、せめてこのへんから分けて、てっぺんは右側に流すようにしますよ。でもね、ここが5ミリ長くてもおかしいんだな、これが。たった5ミリなんだけど、まあたいがいのお客さんには言ってる意味が分からないけどね」

じゃあ言うな。

「それはね、日本人の頭蓋骨の形にも関連してるんです」

ウダウダと言いながら、手さばきだけは素早くカットしていくオヤジ。しかし、口だけはいっこうに止まらない。

「日本人の頭蓋骨の形は西洋人の洋ナシ型と違って、絶壁なんですよ。だからその頭蓋骨の形に合わせて、バランスのいい髪型の土台を作る必要があるだな、これが。あ、そうそう、私ね、みんなに言ってるんだけど日本でモヒカン刈りなんて言われてるでしょ?」
「はあ」
「世界中で言われてると勘違いしてる人が多いけど、あれは和製英語なんだよね。外国じゃあんな言い方しない!」
「何て言うんですか」

親父はうれしそうに食いついてきた。しまった、余計な質問するんじゃなかった。話がまた長くなる。

「スパイキーカットとか言うんじゃないのかな。ほら、ヘアースタイルがスパイクを逆立てたようなスタイルでしょ」

あとからウィキペディアで調べたら『この呼称はパンク・ロックと共にイギリス英語として輸入した語であり‥』って書いてあったけど、どうなのよ?

「はい、髪洗います!」
「く、苦しい!」

オヤジは話に力が入るあまり、水濡れ防止用に首の周りに巻くタオルを強くギュッと締めた。

「ハハハ、ごめんなさいね。このスパイキーカットも日本人の頭の形じゃ似合わないっつーの。やめなさいって言うんだけどみんなやろうとするんだよね」
「お客がやりたいって言うんでしょ」
「そういう時は話し合って、どうせこんな感じになってカッコ悪いよって話をして、それで話がこじれたら帰ってもらう。怒って帰った客は何人もいるよ」

そりゃそうだろう。でも、金で自分の信念を曲げないというのは共感できるな。

うるさい、眠れない、妙な口グセの連発

顔を下にして頭を突っ込む、昔ながらのシャンプー台に頭を入れながら、ふと思った。ライターとして何百人も取材をしてきたが、こういう人間はたびたび見てきた。

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持論を曲げず、信念を貫くがゆえにまわりからなかなか理解してもらえない。その結果、敵も作るし、友達も少ない。

だから、たまに自分の話をちゃんと聞いてくれる人がいるととてもうれしくなり、饒舌になる。

淋しそうに見えるが、本人のプライドがそれを認めないのだ。

オヤジの話は髪を洗う間も止まらない。

「理容の世界もほんとのプロが少なくなって、どうしようもないですよ。若い人はみんな美容学校を出てくるんだけど、なんといっても、現場の経験がすべてですよ。でもね、現場で基礎をろくに学ばないで、すぐカットしたがるからね。それも流行の髪型だけやろうとするんだから、ダメですよ」
「おうどぷか(そうですか)……」

うつぶせになって頭をシャンプー台に突っ込んでいるので、もぐもぐ言い返すだけだ。

ハリウッド映画でロサンゼルスの暴力刑事が、街のチンピラの頭をトイレの便器に突っ込み、「お前の飼い主はだれだ?!」と拷問しているあの感じだ。

ヒゲを剃っているあいだも話は止まらない。しかも、今度は顔を近づけて耳元でしゃべっているので、音量がアップしている。

理容室でいちばん寝たい瞬間。なのに、うるさい。眠れない。もううっとおしいから、勝手にしゃべらせておけ。

「最近の若い人はすぐにテレビタレントの髪型の真似するけど、タレントはふだんあんなアタマして歩いてないっつーの!みんな、プライベートは帽子かぶって髪型隠してるでしょ?なぜか、わかる?あんなアタマ、ふだんできないの!ふだんは一般人とたいして変わらないっつーの!それを真に受けるなっつーの!」

話に夢中になると「だっつーの!」を連発するクセがあるらしい。

のちにこの親父は東京生まれの東京育ちと聞いたが、そういえばまったく同じ境遇のある男も「だっつーの!」を連発していた。地域で言えば、どちらも東京23区の西部。もしかして、昔ながらの東京の方言?なのか。

「それにしても、ここらへんの女性は……」

言いかけて、問題があるのか、ちょっと声をひそめるオヤジ。あとで判明したのだが、奥さんが友達を呼んでいて近くの部屋にいたのである。

「もう50なのに、20代のようなカッコしてる人がいるでしょ?うしろから見ると、おっ!が、前から見ると、ウエッ!ムリするなっつーの!それにほら、今、へんな短いパンツ、流行ってるでしょ?膝下くらいまでのやつ。あれね、日本女性が履いたら、ひどい短足に見えるんですよ。体の比率が違うんだから!お前らは身長が180センチのスーパーモデルかっつーの!」

いいじゃないか、他人のことなんて。好きでやってるんだろ。業界批判からボヤキ、ファッション評論まで幅広く噛みつくなあ。

「私はね、やっぱりお客さんにくつろいでもらうために、クリームひとつにもいろいろ気を使ってるんですよ。カミソリだって自分で研いでるし。ほかよりこういうところは気を使ってると思いますよ。まあ、私の店は私がしゃべってばかりいるから、お客さんは寝られませんけどね、ハハハ!」

仕上がりはオヤジが力説するだけあって、意外にも上々だった。

腕もたつが、口もたつ。そして、腹も立つ。そんな理容室にまんまとはまっていくN氏であった。


                 完

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