僕がnoteを書き始めた理由。

こんばんは。仕事終わりに眠ってしまい、深夜にぼちぼち活動している本日です。
長文になるので、結論から先にお伝えすると創作・表現活動をこのnoteを使って数年ぶりに再開しました。

みなさん大変な時期だと思います。
僕も今や社会インフラとなっている業界に身を置くようになり、在宅ワークなどが不可能な職種なので、不特定多数の方に接する恐怖とこんな時でも必要とされる喜びを持って暮らしています。

僕は過去に音楽活動をやっていて、そしてなかなかな学生時代を過ごしていた自信があります。

今僕は香川県で生活をし始めて3年半になります。昨年地元に帰省した際に母親と晩御飯を食べた時のこと。
以前地元のスーパーで僕が当時お世話になった方に、

『直也のお母さんですよね?少し教えて欲しいことがあります。』

と話かけられたそうです。

母は僕と違い自分からガンガン話すような性格ではないですが、母親ももちろん知っている方だったので、快く快諾しお話を伺うと、その方の身近な方のお子様が不登校をされているとのこと。
(子供がいない独身の僕が言うのも変ですが)子育てに正解はないと思いますが、その親御さんはお子さんにどういう対応をすればいいのか、不登校児の母親の先輩としてのアドバイスを求められ、こう言ったそうです。

『別に行きたくないなら行かせなくていいんじゃないですかね?本人だって本当は学校に行きたくないわけではないと思うし。ただ今はそれができる環境・タイミングじゃないだけだと思う。』

グレの刺身とビールで出来上がっている状態で聞いた話なので、一語一句合っている自信はないですが、大体こんなニュアンスだったはずです。

この話を聞いて感じたことは、不登校をしていた自分を否定していたつもりは全くなかったけれど、どこか忘れたい過去でした。
ただその経験でなにかできることがあるかもなと思いました。
振り返れば『学校に行かないという』選択をしたのが、人生の決断を初めて自分でした時だと思います。
そりゃあ僕だって、中学3年間で経験したかったこともあるし、そこで培えなかった勉強やコミュニケーション力などが惜しくなることもあります。
ただ今こうして香川で、そして帰省した時に地元高知で、充実した時間を過ごせるのは、過去の不登校をしていた自分があったからだと感じています。

長々と書きましたが、これからはnoteで、
『不登校だった僕』
『散文詩』
『雑感や日々のこと』
の3点を中心に発信していきます。

媒体などは変える可能性があるし、仕事やプライベートでやりたいこともあるので、あくまで自由気ままな更新頻度にはなるとは思いますが、ライフワークとして取り組んでいきたいと思っています。

今日時点でこの記事を除き、10本の記事を公開しています。
読んで頂けると幸いです。
よろしくお願いします!

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