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違和感・嫌悪感≒自分の中にある理想の世界とのズレ

ふわふわ〜っと頭に浮かんでいることを書いてみる。
うまく表現できるか分からないけど。

かつて所属していたいくつかの場所のことを思い出してみた。
これは「主に仕事に関する所属」の話だ。
そこにいる時に感じていた雰囲気、周囲の様子、自分の中に浮かんでいたアレコレ。そして何より大事な当時感じていた違和感やしんどさ。

それと今の自分を比べてみた。

すると当時感じていた違和感がやはり間違いではなかったんだな〜という事が見えてきた。

例えば、かつて所属していた場所で正しいとされている文化や規則、暗黙の了解があったとする。そのコミュニティにやってきた自分は新参者なので、何もかもが初めてだ。当然、まずは馴染んでいく事を大事にしていたしできる限り中にいる人達と良好な関係の中で進んでいきたいと考えていた。

多くの場合、「初めての職、初めての現場、新人未経験」という形で入っていたので「そこにおける正しさとは何か?」を自分なりに高速で吸収しようとしていた。

そこにおける正しさ

「そこにおける正しさ」とはまさに言葉どおりの意味。

例えば…
・明文化されているルールや規則
・仕事の内容
・実際にやるべきタスクと完了の方法
・誰に何を伝えないといけないのか?
・誰にどんな事を聞けばいいのか?
・困った時の対処方法
・どんな時間の流れがあるのか?
・出勤や退勤時間は?
・実際の出勤退勤時間はどうなっている?
・どの人がどういう人なのか?(立場、権威、派閥、影響力)
・どんな背景でこの組織があるのか?
・現在どういう課題があるとこの組織では認識しているのか?
・どういう方向へ向かっていこうとしているのか?
・仕事に対するモチベーションはそれぞれどう違うのか?
暗黙の了解
禁忌事項

あげるとキリがないからここまでにしておく。
とにかくその組織にとっての文化や常識、人間関係などあらゆる事をを把握したいという事だった。

それを短く短くした言葉が「正しさ」だった。
「何を良し」として「何はいけない」となっているのか。こうした事を早く理解できている方が仕事をする上でも精神的にも楽に進んでいく事ができると思ったからだ。

理解を進めようとする一方

ただ単純にその場にとって従順になっていくというのは簡単そうでそうでもないらしい。少なくとも自分にとっては。

強烈な違和感や嫌悪感がせり上がってくる事が多い。
もちろん全てに対してではないが。その場における文化や慣習、あるいはやり方について感じる事が多い。

ただこの違和感や嫌悪感をそのまま放置しておくのは、自分の中であまりに痛い。時間が経ってどれだけ小さくなったとしても喉に刺さった小骨のような感じでずっと不快でときには痛みとなって表れ続けるのだ。

まずは知る事から始めないと…だから…

こう思って違和感や嫌悪感は押し殺す事が多い。

「この気持ちが出てくるのは”まだ馴染んでいないから””まだ関係性ができていないから””緊張しちゃっているから”」

と、自分の中で色々な理由を並べ立ててなんとか抑えよう、押し留めようとする。そしてその努力の結果、なんとか小骨ぐらいまでにはしていける。今思うとそれは麻痺してしまって自覚しにくくしていただけなのかもしれないけどね。

やりたいと思った事を進めると

そしてもう一つ。
何か仕事に関してやってみたいと思っている事を進めようとする時だ。
これまでの自分の場合、まずは「その場における正しさ」を理解する事に努めた。その上で自分がやってみたい事をまな板の上にあげて進めていこうとしていた。

こういう事をしようとしている人がいた時にどんな反応が起きるのか?

これは職場の環境によって大きく違いがある点だと思う。
意識にあがっているわけじゃないけど、これに取り組んで行けている時って「違和感や嫌悪感」の解消につながったり、小骨以下のレベルになっていく事にも繋がっている。

ただ「やりたい事をやってみる」という事自体が中々ハードル高く感じる事が多かった。

・右も左も分からない時に「やりたい事」を推し進められなかった。
・お叱りを受けた。
・普段の仕事に支障をきたしかねない圧を受ける可能性を感じた。

まあどんどん書いてても詮無きことなのでここまでとどめておきたい。とにかく結構ハードルが高かった。だけども押し通してやってみた事も結構あって。そこで得られたものは以降にすごく大きな影響を自分に及ぼした。

違和感や嫌悪感はなくなったわけではない

こうした「やりたい事をやってみる」事で違和感や嫌悪感は限りなく小さくなっていく。けれどなくなった訳ではない。

だから最終的には何らかの形で取り除くための大手術が必要になってくる。それは組織にある違和感や嫌悪感の元となるものを変える事だ。
ただこうなってくると個人の努力うんぬんでは中々なし得るのは難しい。

なぜならその組織が培ってきた歴史にメスを入れる事になるから。なんだかんだでそこに所属している人たちにとって多少の不満はあろうが、今のままでどうにかなっているのだ。

だからメスを入れる事が歓迎されるというのは経験上あまりない。
どちらかというと反発されたり怪訝な顔をされてしまう場合が多い。
もちろん、単純に自分自身の違和感や嫌悪感を消すためだけに動いている訳ではないが…そういう側面はたしかにあったと思う。

違和感や嫌悪感の1つの正体

ふと今の自分に戻ってみる。
するとこれらの今まであった違和感や嫌悪感の正体は何か見えてきた。
それは…

「自分の中にある世界を実現したい」

という思いだった。
これの裏返しが違和感や嫌悪感となって表れていた。この構造自体はもしかしたらどの人にも共通する事かもしれない。
つまり…

『違和感・嫌悪感≒自分の中にある理想の世界とのズレ』

と、いう事だ。
違和感や嫌悪感はそれぞれ違う。だから同じように「自分の中にある理想の世界」も人それぞれ違う。それに違和感や嫌悪感の感じる大きさも人それぞれ違う。

だから違和感や嫌悪感で共通点を見出して仲間をつくる…みたいな方向性は実はあまりうまくいかないのではないかも…というのが最近感じている事。余談だけど。

さて、今の自分はまがりなりにも「自分の理想の世界」に近づきつつある状態なんだと思う。

違和感や嫌悪感が強かったその渦中にいた時は、どう頑張ればそこから抜け出せるのか皆目検討がつかなかった。けれど今ならその方向をかつての自分に示す事ができる。

過去の自分へ

「違和感や嫌悪感という不快な気持ちは君にとってのサインなんだよ。そしてそれはほったらかしておいても決して消えない。小さくなったとしてもサインは灯り続ける。君の場合サインが大きいから気づくのは簡単だと思う。違和感や嫌悪感が大きすぎて、とにかくそれを避けたり戦おうとしたりする気持ちはよく分かる。傷つけてきた相手に対して強く対抗する気持ちもよく分かる。けどそれの本当の所は『自分の理想の世界とのズレ』から起きているんだ。たまたま君の前に表れた人や組織が、君にとって違和感や嫌悪感を思い出させるために出てきたんだ。だから『自分の理想の世界って何だろう?どうやったらそれが創れるかな?』って方向にシフトチェンジしていくと良い。今の僕もそうやって進んでいるよ」


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