僕と拠り所13〜恋時雨 後編〜



ミチオ「そこにいるのは分かってる。出てこいよ。」

僕と千鶴は違和感で千秋の家を出る。

僕がここに来てから…いや…木こりが高校に入学したその日から抱いていた違和感…

ずっと、思っていたことがある。

なんでこうも拠り所と祠が一つの場所に集まったのか…本来はぶつかるはずのないレールが幾重にも交差している。ヒトガミなんてこうも簡単に作れるはずがないんだ…現に僕たちの存在だって…

千鶴「ミチオ!あれ!」

千鶴の指を刺す方を見上げると
暗闇でも目立つ大きな影が千秋の屋根を掴んでこちらに顔を出す。

ミチオ「ダ…ダイダラ……」

路地の方からはミシミシと何かがひしめき合いながらこちらに向かってくる。

ミチオ「嘘だ…こんなとこにこんなモノたちはいないはず…」

神である僕でさえ、目の前の異形共に足が竦む。

?「おやおや…低俗と王位のお出ましかい?」

何処からか声が聞こえるが、僕にはその姿を捉えることができない。おそらく、周囲一体に貼られている結界の外から話しかけているようだ。

ミチオ「こそこそと…僕たちをかぎまわりやがって…」

一体の怪異がヘドロのように僕の足に絡まりつく。
左手の爪の先を神体の姿に変えて払い千切る。

千鶴も白蛇に変わり目の前の怪異を貪り食う。

ズキンと、心に痛みが走った。

?「痛い?シシッ…痛いだろう。それは君たちと同じ元々は神だった…祠を見つけられず、忘れ去られ、人と神に恨みを持つ異形へと変化したモノたちさ…」

ミチオ「何がしたい…僕たちが何をしたって言うのさ…」

全身から体毛が突き出てくる。
いつもは少しばかり痛みがあるが、今日は全く感じることはなかった。

?「何がしたい?…穢多の分際の低級部族が…神と交わるとはなんたる屈辱。貴様も分かっているだろう…空狐」

ミチオ「チッ……」

?「この地が疼いている。お前たちのせいで…元々のルールとやらを理解した上で祠を決めて欲しいね。」

ミチオ「何が言いたい…」

?「あっ?聞こえなかったかな?神はもうお前たちに用はないってさ。」

気づくと
道路全体に蠢いているモノが溢れかえっている。

ミチオ「はっ…千鶴⁉︎」

見ると千鶴の体が大きくなりながらもその力は及ばず無数の怪異に取り囲まれている。

千鶴「力が戻った気がする…でも…数が多すぎて動けない。」

ミチオ「クソ…どうすれば…」


?「簡単なことだよ…君たちの飼い主が情交…そうすれば君たちはポッとなくなる。どうせあと数年の姿形成の道具なんだ。また乗り換えればいい。」

ミチオ「もちろん僕たちもそれを望んでる。現に今、木こりと千秋に仕掛けたところさ…でもね…失敗しちゃったみたい。」

ガチャリと玄関口が開いた。

それと同時に千鶴の体が人型に戻りこちらにかけてくる。

木こり「初めて〜の〜チュウ…君と…うぅ…具合悪い…」

ドアノブにぐったりと寄り掛かりながら木こりがそう言った。

木こり「急に酔っ払いみたいに身体が…ミチオ…一体何してくれてんだ…」

?「祠のお出まし…私に殺されにノコノコと出てきたか!」

木こり「う…なんだこれ…どうなってるんだ…ミチオ!」

ミチオ「だめだ…木こり…戻って!」

目の前で木こりが怪異に飲み込まれていく…
千秋の家の中にもどんどんとそれが流れ込んでいく。

木こり「ミチオ…天命…」

?「あぁ…何度もやっているさ…でも使えないんだ…シャハハハハハ!この結界の中では神の力もゴミ同然!」

木こり「何でこんなことに…」

?「バカはバカ同士同じ言葉を吐くもんだな…穢多が干渉していい場所じゃない…おい!デカブツ!建物ごとぶち壊せ!」

ゴワァァとダイダラが天高く大きな手を振り上げる。


ミチオ「そんなまさか…だめだ…」


木こり「千秋を千秋を守らなきゃ…」

俺がその怪異の群れから逃れようとすると、すでに千秋の家の内部全体にまで侵食していた。
肩を抉られたが、そのまま俺は二階へと向かう。
どうやら千秋の両親と弟の部屋への侵食はない…
これが、拠り所と祠に対してのみ有効な力だと気付いた。

バンと扉を開けると、千秋が怪異に飲み込まれる寸前だった。

木こり「千秋!何で…こんな…千秋…」

蠢くドロドロとした物をかき分けて進んでいくが、
目の前に彼女の姿があるのに手を伸ばしても届かない…

いつからか…自分は何でもできると勘違いをしていた。

本当は誰からも相手にされないひとりぼっちの存在だと忘れていた。

好きになった人も、俺を助けようとしている親友も、全部、俺の力じゃ何も変えられないんだなと
気づいた。

俺は怪異の蠢きに呑み込まれた。

ダイダラの一撃を僕は体全体で受け止め、かろうじて家の損傷には至らなかったが、全身が千切れるほどの痛みに襲われる。


?「どうだい…何もできずに消えていく様は…」

なんとか状態を起こし神体へと姿を変えて結界に突撃する。

ミチオ「クソ…クソ…クソ…」


耳元で…いや…僕の頭を掴みながら男が喋りかけてきた。

?「無駄だっつってんだろーが…」

勢いよく振られた頭は言うことを聞かず、地面へと叩きつけられる。

ミチオ「ガハッ…」

全身長いコートを着て口元を狐の口の形をした皮のマスクで隠す男が僕の腹の上に乗りこちらを見つめる。それは人間の体重とは思えないほど重く内臓が飛び出しそうになる。

ミチオ「ギヤァァァァ」

?「このくらい…いたくねーだろ…それとも何だ?穢多のせいで力が弱くなっちまったってか?」

今度は腹に一発の蹴りを入れられ、ぶつかった方とは逆の結界まで吹き飛ばされた。

空を飛ぶ中…2階の揺れるレースの隙間から千秋を助けようと必死にもがく木こりの姿が見える。

千鶴「ミチオ!手を!」

千鶴がこちらに手を伸ばし大きな僕の体を抱き抱える。
体制を反転し、千鶴が結界の壁にぶつかった。

ミチオ「千鶴…何で…」

千鶴「ケホ…主がわしらを助けてくれたのに…恩を返さないわけにはいかない…ケホ…」

掠れる声で囁くその姿は拠り所の力の弱さか一瞬でボロボロになっていた。

ミチオ「違う…助けられてるのは僕達の方だ…千鶴…もう無理はしないでくれ…」

パンパンと拍手をしながらコートの男がこちらに近づいてくる。

?「上位が王位を庇う…シャハハ!神に同情も愛もいらねーんだよ。」

倒れ込む僕たちの
頭を持ち上げ、無数のパンチを繰り出す。

よく見ると、一つ一つの指が、幾重の如来の指の形になっている。

ミチオ「神に…抗う…そんなつもりなんてなかったのに…僕はただ…木こりが好きなだけなんだ。」

その男が重い一撃を僕の顔に浴びせる。

?「だーかーらー…情も愛もいらねぇっつーのに」

そうか…僕はこの世から消え去ればよかったんだ…
あの時、あいつの姿を見て少し安堵した。
やっと見つかったって…
騙して食べようとした。殺そうともした。
そんな僕が何であいつのこと、あんなに…こんなに…好きになってしまったんだろう。

目の前に、木こりとの記憶が蘇った。

ゲームをしたり、買い物に行ったり、一緒に寝たり。


一粒の涙が僕の頬を伝う。

フーフーと熱いカレーを小さな口で一生懸命冷やして僕の口に運んで…それを一緒に頬張ってくれた。

あの時…木こりは全然食べていなかった。
美味しいと言った僕の顔を見て、とても幸せそうな顔をして僕が食べた後のスプーンについたルーを頬張って…

僕はただ…その笑顔を守りたくて…

守りたくて………




遠くの方でバシャッっと音がする。

?「松中〜ファイ、オ!ファイ、オ!ファイ、オ〜」

結界にヒビが入っていくのを血が入った目を擦りながら見つめる。

?「これは一体…」

小走りで息を整えながら1人の少年がこちらにかけてくる。

?「神為〜結界に〜突撃しました〜。自主的に夜練してたら〜千秋先輩ち〜…」


僕の身体がブルブルと震えボロボロと涙が溢れる。

足立「なんだ〜ミチオと〜千鶴が死んだのか〜この結界俺には効果倍増だー」

ミチオ「ごめん…足立くん…僕…ごめん…」

足立「なーんだ…まだ死んでなかったのか〜、なら…安心しました!」

この結界に入った足立の体からは金色のもやがでている。

足立「神の力には神以上の浄瑠璃を…」

パンと強く手を叩くと、あたりの怪異に花が咲き始める。
それらはどんどんと小さくなり、浄化されていく。

?「貴様…何やってんだ?…真言に背いて神と敵対するか…」

足立「あー神?俺…継ぐ気ないからw」

パンパンと2拍打つと結界が粉々に砕け散り、あたりの怪異が破裂する。

?「これほどまでの力…笑わせるな…陰と陽を極めるか。」

足立「あー生まれた時から使えたみたいなんで極めるとか、ちょっとわかんないっす!」

足立が量掌を三角にしそのまま目を瞑る。

?「まさか…言葉なしで…如何…ダイダラ!」


ぐわんと、地面が揺れ大きな拳が足立めがけて飛んでいく。

ミチオ「足立くん!逃げて!」

拳が足立を貫く瞬間に足立は大きな光に包まれる。

足立「ダイダラにはデカブツを…」

あたり一体を光で包み、まるで昼間のような明るさになる。

また、涙が溢れた…

タケル「やっと出番だよー…お兄ちゃん!大丈夫?」

大きな竜の体に乗りこちらに笑顔で手を振っているのはカケルとタケルの姿だった。

カケル「この闇に違和感を感じてね…足立くんを起こしたんだ…まさかこんなことになってるとは…もう少し早く来れればよかったのに…」

ミチオ「ウウウ…ウウ」

ダイダラの腕に大きな龍がぐるぐると巻きつき
その形を消し炭に変える。

一台の真っ赤なスポーツカーがうなりを上げてこちらに向かってくる。

スーツ姿の男が降りてきて助手席のドアを開ける。

姫花「こっちも同じ…姫子!人為結界を…これでは多くの人の目に触れてしまいますわ。」

姫子「かしこまりました。姫花様」

ヒールブーツにコルセットを閉めたフリフリとした姿でこちらに向かってくる。

ミチオ「先輩…」

姫花「泣くのはまだ早くてよ…直人と周健も同じ目に遭っているわ…まぁ2人のことだからあちらは任せてても安心でしょう。問題なのはこちらですわ…向こうよりもはるかに数が多い…木こりと千秋の息の根を完全に止めに来てますわ。」

?「シャハ!何人束でこようと…所詮雑魚の集まり…少々厄介な奴もいるが…この程度なら楽勝…」

姫花「ミチオ!今のうちに自分の祠を守りなさい。」

ミチオ「わかった…」

僕が重い体を起こし駆け出そうとすると、足の裾を掴まれる。

千鶴「わしも…行く…」

体力も意識も限界だろう千鶴が今出せる精一杯の力で地面から起きあがろうとする。

僕はそのまま千鶴を抱き上げる。

姫花「何してるの?あなたは王位…天命で千鶴を直しなさい…もう神為結界もない…時間もないの!ぼさっとしてないで早く動きなさいよ!うぐ…⁉︎」

?「あーだりぃ」

姫子「姫花様!」

ぐんと、いつのまにか男が姫花の首を掴みあげ舌を出しながらニヤニヤと笑っていた。

ミチオ「姫花先輩‼︎」

?「人為だかなんだか知らねーが…ヒトガミ一匹連れてきたくらいでギャーギャーうるせーんだよ」

足立やタケルはさっきよりも数が増して迫り来る怪異の対応にこちらに構う暇がない…

僕の目の前が地獄に変わっていく。

僕は黙って千鶴の胸に手を当て傷を癒す。

ミチオ「そんな…これじゃもう…持たない…」

ダイダラも片指では数えられない程闇から現れてこちらに向かってくる。

一度結界が壊れたためこの騒動で外に出た野次馬の数十人の人たちが怪異に取り囲まれ、押さえつけられ悲鳴を上げている。

?「その悶え苦しむ顔…い〜ねぇ〜」

ミチオ「チッ」

姫花「だから…早く祠を助けに行けと…何度言ったらわかる…姫子…姫子‼︎」

姫子「は…はい…」

姫花「お前も早く…力を」

姫子「ですが…あれは…」

姫花「早く!」

姫子が親指と人差し指を合わせ目を瞑ると、その姿が消えた。
姫花に靄がかかり鋭い閃光が僕の目を覆う。

姫花「人神一体…マウラ」

今まで首を掴まれていた手を払いのける。

姫花「結界のせいで…1分が限界…それでも…」

?「命を捨てるか?ガキにしちゃいい根性だな。」

姫花「命を捨てる?そうさせたのはあなたでしょう。」

そう言って男を蹴り飛ばすと、無数の怪異の中へと吹き飛ばした。

その狂気に満ちた眼差しがこちらに向いてウインクをしたので僕は軽く頷きながら木こりの元に向かった。

千鶴が家の中に入った怪異を喰らいながらそこに開いた空洞を通り進む。

千秋の両親や弟も怪異に埋め尽くされ、意識がない。

僕は天命を使ってその怪異を振り払った。

千鶴「千秋!千秋!」

ミチオ「ダメだ…この部屋だけ天命が効かない…」

ミシミシとドアが外れ蠢いている怪異を払い除けながら進むと、壁の隅に少しだけ空間が見える。

そこには千秋がぐったりと倒れている。

僕はそのまま千秋を引き摺り出した。

その時、最悪の光景が目に入った。

千秋を引き摺り出した時に怪異の塊の中には木こりの顔があった。

壁に両手を押し付けながら、口や目から怪異がドロドロと流れ落ち叫ぶかのように口を開いたまま固まっている。

怪異「オ…オマエハ…オソカッタ…シシシ…」


ミチオ「そんな…ダメだ…ダメだ…」

千秋「ミチオ…木こりを…」

千秋が意識を取り戻して、僕に何度もそういうが僕はその木こりの顔を見つめたまま固まることしかできなかった。



足立「あーもうやばい…力が出ない…」

カケル、タケル「数が多すぎる…こいつは一体…何を考えてるんだ?」

コートの男が、倒れ込む姫花の腹に蹴りを入れる。
姫花「グハ…」

姫子「もう…力が…」

全員が絶望した。


木こり「…き」

木こり「…あき」

木こり「ち……あき…ちあ…き…ちあき…」

ミチオ「………」

彼が生きているということにこれほどまでに驚いたことがあるだろうか…
何度も彼女の名前を呼びながら、口からヘドロのようなものを出す。

僕は怪異の中に両手を入れ、そのまま飲み込まれた。

木こりの体に触れたのがわかる。

とても冷たい…

グキグキと動く血肉を払いながら、僕はその体にしがみつく。
頭が真っ白になった。

ミチオ「もう大丈夫…」

木こり「遅いよ…」

ミチオ「ごめん…いつもは待たせたことないんだけどね…」

互いに高原の上にゆっくりと流れる雲を見ながら口を開く。

木こり「いいんだ…来てくれるって信じてたから…」

ミチオが俺に体をピッタリくっつけて手を繋いでくる。

木こり「なんだよ…気持ち悪りぃ」

ミチオ「ごめん…」

ミチオ「僕には嘘と弱点があるんだ…」

木こり「知ってる…」

ミチオ「え?」

木こり「天命……俺には効かないんだろ…」

一筋の風が頬を伝う。

ミチオ「直接的にはね…」

木こり「なんとなくだけど…知ってた。」

ミチオ「なんだよそれ…」

木こり「いいんだ…そのままで…何も話す必要はない。」

ミチオ「うん…」

木こり「姫乃先輩は直人先輩に使えるんだな?」

ミチオ「うん…」

木こり「そうか!」

ミチオの顔を見ると目を逸らしながら赤くなっている。

木こり「安心しなよ。これからもずっと一緒なんだから」

ミチオ「心配なわけじゃないさ…」

ただ…僕からも好きって伝えたかった。
なぜか言葉に詰まってしまう。
僕はただ木こりの手を握り返すことしかできない。

木こり「ミチオのこと大好きだもん。」

ミチオ「……僕も…僕も…」

いつも背中を押されるのは僕の方だ…
単純に友達以上、家族以上の好きという言葉が見つからなかった。
その言葉がないから僕はずっと探していた…

今僕が、返す言葉は…

ミチオ「僕も愛しているよ。」

泣きじゃくりながら、どんな顔で伝えていたであろうか…

木こり「ありがとう。ミチオ…もう暖まった!」

ミチオ「行こう」

木こりと合わせる唇に彼の涙も伝ってくる。
これまで以上に一緒にいたいという気持ちが流れてくる。

いつか…その日が来たとしても…僕はずっと。




千秋「ミチオ…木こり!」

何度も何度も千鶴と怪異を引き剥がしていると、
ミチオの金色の髪の毛が見える。

千鶴「いた!引っ張る!」

千鶴がそれを掴もうとすると、怪異が一斉に溶け出した。

千秋「何これ…」

その隙間からは金色の翼を生やした大きな一匹の狐が木こりを抱き寄せている。

千秋「ミチオ…」


木こり「うー苦しい…なぁ千秋…」

木こりがトントンと唇に指をついた。

木こり「チューしようぜ…」

千秋「バカ…」

ミチオ「えっ?僕とチューしようよ!」

千秋「バカ…」

木こり「もう安心だな…」

木こりが立ち上がりわんわん泣き喚くうなだれた千秋の頭を撫でる。

木こり、ミチオ「ちょっとあいつ、ぶっ殺してくる。」

そういうと2人が窓から外へと飛び出した。



?「あーだりぃ…もう終わりかよ…シャハ!楽勝、楽勝〜」

ミチオ「まだ終わっちゃいないさ…」

木こり「千秋とのエッチな時間返せ…」


?「あぁ?まだ生きてたのか…なんだぁ…んじゃもっと楽しませろよ!」

パンとコートの男が手を合わせると、地面から無数の黒い手が2人を潰す。

?「シャハハ!かっこわりぃ〜2人まとめて地獄に落ちな…」


無数の手の中から光が辺りを照らし、幾重にも重なる手は灰となる。

?「何?貴様に祠への天命は使えないはず…」

ミチオ「ああ…そうとも…」

木こり「可逆で充分だ‼︎」

?「何⁉︎」

木こり「どうやら力の加減って奴らしい。お前の呪力だかなんだか知らないが、それを上回ればいい…そしてその力を取り込めばいい…」

?「バカな…ありえねぇ…穢多にその力は…」

木こり「ミチオ…殺せ…」

?「⁈早い⁈」

ガブリと男の腹を噛み、ゴシャット骨が砕ける音がする。

ミチオ「君には分からないさ。」

しかしその瞬間…ガシッとミチオは後ろにいたものに頭を掴まれる。

?「は〜…うわー俺の骨が…痛い…痛い…なんていうとでも思ったか…」

怪異の体を乗っ取り現れた男がミチオの頬を舐める。

ミチオ「⁈」

?「死ぬのはお前の方だ…」


俺の目には恐怖に怯えるというよりも、驚いて身動きが取れないミチオが映る。

?「輪廻…」

木こり「ミチオ逃げ…」

その時どこか遠くの方からゴーンと音が鳴る。

大きな鐘のような音が…

次第に、地面が裂けその亀裂から、鬼や大きな一つ目の妖怪が現れる。

?「百鬼夜行……」

??「百鬼?笑わせるな…」

たくさんの妖怪たちが俺たちの周りを埋め尽くし、結界にヒビが入る。

??「従永結界…流」

俺たちに境界は見えないほど、まるでこの街を…この国を全て囲むほどの広大な蜘蛛の巣のようなものが空に現れる。

俺がみんなを見ると姫花先輩が泣きながら地面を叩いている。

姫花「遅いよ…遅いよ…一葉…」

一葉…その名前にはどこか身に覚えがある。

??「姫花…お待たせ…よくここまで頑張ったね」

?「お前は…何者だ?」

??「僕かい?」

その人の顔はミチオの顔そのものだった。

木こり「あなたは…」

茂庭「茂庭一葉…君は歴史に名を残すような事変をしてしまったようだね…」

計り知れないほどの妖怪の軍勢を筆頭に彼は元の顔に姿を変えた。

茂庭「僕が歩けば花は咲き、孤独な怪異は恐れ慄く…さぁ…君の全てを僕にくれよ。」

パチンと指を鳴らし一瞬の静寂に身を包まれる。

ドロドロとした怪異たちが、分裂し元の形に戻っていく。

茂庭「ダイダラ〜…こんなとこにいちゃダメじゃないか〜、ほら、みんな戻してあげるからお帰り…」

ダイダラの肩から卵のようなものが落ちると、それが割れて中からビル2階ほどの大きな子供が出てくる。
その子を大事そうに抱えるとダイダラはどこか風の彼方えと消え去った。

?「何をしてくれる。妖魔使い…」

茂庭「妖魔使い?そんなたいそうなものじゃない…僕はただみんなと友達っていうだけさ。」

もう一度茂庭が指を鳴らすと一斉に怪異たちがコートの男に牙を向ける。

?「ありえねぇ…これじゃ命がいくつあっても…」

茂庭「僕は皆んなに恩を返しただけさ…昔の縁があってね…だから契約は結んでない。」

?「なんだよ…それ…」

鬼「一葉…食って良いのか…」

茂庭「あぁ…」

鬼「うまくはなさそうだな…」

茂庭「仲良く全員でお食べ…さぁ」

そう茂庭は微笑みながらコートの男に指さす。

?「やめろ…来るな…クソッ…」

コートの男が鬼の猛攻を2.3度跳ね除けたのちにすぐに囲まれた。
鬼たちは一斉に男に群がり身体や顔を引きちぎった。

断末魔の叫びを聞いた俺たちはその無惨さに顔が引き攣る。

鬼がこちらに向かってお辞儀をした後全ての怪異と共に消え去った。

茂庭「ふぅ…危なかった…」

ん?と茂庭が足元を確認すると、形代が半分にちぎれていた。

茂庭「逃げられたか…」

俺は千秋と千鶴の元へ向かい、足立と姫花の運転手が、姫花を倒れないように肩を貸しながら車へと向かう。

ミチオ「また…助けられなかった…」

そう言いながらボロボロになった姿で俺の後ろにぐったりと崩れ落ちる。

木こり「こんなことになるなんて…ミチオ…大丈夫…」

ミチオ「全部僕のせいだ…」

血が滲んだ頬から涙が溢れて声を出して泣き出した。

ミチオ「王位なのに…これじゃ…誰も守れない…」

木こり「ミチオ…」

チャコールのハルタのローファーを鳴らしながら茂庭がミチオの元に腰を下ろす。

茂庭「それは違うさ…直人たちも、かなり苦戦していたみたいだ…周健だって意識がはっきりしてないみたい…新入部員が入ってきてみんな気が緩んでいたけどまさか1級クラスが二人も来るとは…」

木こり「1級って…それじゃ…まだやつみたいなのが来るってことですか?」

俺は唐突にその言葉に返答した。
するとミチオと肩を寄せ背中合わせで座り込んだ茂庭は深くため息をつく。

茂庭「君たち王位がどれだけの力を持っているのか…それを誰もが欲しいと願うほどなのか…君はまだ知らないんだ…」

グシャッと空のタバコの箱を握りつぶし弧を描くように投げた。
すると、10台は裕に超える黒塗りのセダンが俺たちの前に止まった。
そこから出てきたのは細身のスーツ姿で全身が黒く白い手袋をつけた痩せ型の男たちだった。

スーツの男「こりゃ…ますますひどくなってやがる…一般市民負傷者ゼロ、事象目撃者648…みんなこの程度で済んで良かったよ。」

茂庭「阿形さん…お疲れっす…目撃者に関しては枕返しと獏が総出で対応中です。姫花は要救護…あ〜、神社の子と木こりと千秋はよくここまで頑張ってくれた…本当に感謝するよ。だからミチオ…お前が気にすることじゃないんだ…こういう状況だって慣れてるわけじゃないだろう…なるべくこうならないようにするのが僕の仕事なんだ…だから本当にすまない…」

茂庭がこちらにきて安堵させてやれと俺をみた。
俺はこくりと頷きミチオを抱きしめる。

木こり「ありがとう。」

ミチオ「僕は…」

千秋と千鶴も俺たちの背中をギュッと抱きしめる。

千鶴「主にはたくさん助けてもらってるわしこそ力になれなかった…」

千秋「みんな頑張ったんだもん…こうしていられるだけで幸せだよ。」

ミチオ「千秋…」

木こり「みんなもこういっているんだ…お前が皆んなを守ったんだよ。俺だって…あのままだったら死んでたし…」

さっきのことを思い出したのか、ブルブルと震え出し泣き始める。
ミチオ「木こりだけは…絶対に死なせない…僕が消えたとしても…絶対に…」

ミチオが一番気にかけていたことはこれかと強く抱きしめる。

姫花「あの…取り込み中失礼致しますわ…」

振り返ると完全ではないが傷が癒えて歩けるほどまで回復した姫花の姿があった。

姫花「ミチオ、こんな状況でも天命で私の傷を癒した。本当にありがとう。この恩はいつか必ず…」

姫子「私からも姫花様を救っていただき本当に感謝しております。」

木こり「ほら…ちゃんとやってるじゃん。もう泣くなって…」

何度も何度も顔をこすりながら拭う涙が止まることはなかった。

木こり「あっそうだ…千秋!」

千秋「何?……ッッ」

俺は千秋にキスをした。

千秋「ちょっと何?」

咄嗟のことに驚き目をまん丸くさせる彼女の顔もまた堪らなく可愛いと感じた。

木こり「千鶴の権限が全部俺に流れてきたからもしかしたらチューすれば戻るのかなと思って…」

千鶴「おーだから強くなったのか…というか素の強さに戻った…」

木こり「ミチオと千鶴が部屋から出て、その後千秋に千鶴の力をもらったから、ひょっとして何かあったんじゃないかと思って外に出たらこんなことに…」

千秋「だからって、今返すことないでしょ!こんなたくさんの人の前で…」

木こり「でも、なんか安心した…ねぇもう一回やろうよ」

千秋「気持ち悪い…」

千秋が俺の頬をビンタする。

アハハと声をあげてミチオが笑う。極度の緊張が解けやっと安堵した彼の表情を見て俺の心も安らぐ。

千鶴とミチオが声を出して笑いながらこちらにグッドポーズをしている。

足立「なんだ〜、やっとチューかよ〜…てっきりもうエッチしたかと…」

俺と千秋のバブルパンチが足立の顔面にヒットし
倒れ込んだ彼は鼻血を出しながら顔をあげグッドポーズをする。

足立「いくら治せるっていっても痛みはあるんだから…でもほんと…皆んな無事で良かったよ。」

そうこうしているうちに、亀裂が入った道路や家の破片が何事もなかったかのように茂庭の妖怪たちによって治されていく。
事を見てしまった人々が枕返しや獏によって次々と記憶が食べられていく。
その場に倒れ込んだ人達は次々とたくさんの小人のようなものに寝ていたであろう場所まで運ばれていった。

木こり「夢みたいな1日だった…」

良くも悪くもみんなの笑顔に囲まれて不安が解けため息をついた。

この事変は後にどこか俺たちの知らない組織で
「妖鬼白夜」と語られることになる。

ふと空を見上げると、無数に散りばめられた星の中でも日時は輝くものが目に止まった。

俺の心はちょっと切なくなり、ミチオと千秋を抱きしめた。

千秋「また…この変態野郎は…」

ミチオ「千秋には負けないぞー!」

皆んなが笑うなか、スーツの男たちの中からどこかで聞いたことのあるような笑い声がした。


「シャハ…」

振り返ってもその人々の中からあいつを見つけることは出来なかった。

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