僕と拠り所〜俺たちの行方〜
僕と拠り所〜俺たちの行方〜
妖鬼白夜の後日、俺たちは病院のベッド、正確には護神会という茂庭の所属する団体の医務室で酸素吸入器をつけて荒く息を上げる二人の表情を見つめていた。
木こり「直人先輩と周健先輩…」
全身を包帯で覆われところどころには血が滲んでいる。周健の首元には縫い後がありどれだけ現場が悲惨だったかがわかる。俺たちがどれだけ運が良かったか…この時に初めてその言葉の意味を思い知らされた。
ミチオ「酷いよ…こんな…」
ミチオが何度も天命での治癒を試みたがその傷が癒えることはなかった。
千秋「天命も聞かないなんて…」
ガラガラと木製の引き戸が音を立てて開いた。
みつき「君たちが出会った1級とは桁外れね…しかし、無茶な戦い方なんかしてここまでボロボロになるなんて…」
タバコをふかしながら口を開く白衣を着た女性は入学早々お世話になった高校の保健室の先生。
私も護神会なのよと加えタバコで敬礼のような仕草をしながらこちらに近づいてきた。
木こり「もう何が何だか…」
あまりの情報の多さに酷く眩暈がする。
それをミチオが支えてくれて俺たちはソファに腰を下ろした。
千秋「今まではこんなことなかったのに…どうしてこんなことに…」
不思議そうな顔でこちらを見つめるみつきが口を開く。
みつき「あなた達も何も知らないのね…」
窓を少し開けてフーッと白く長い煙を吐くとまた部屋に誰かが入ってくる。
俺たちはその人の顔を見て絶句し、俺は気絶しそうになった。
解離「いやはや…ここでタバコを吸うのもどうかと思うがね…医療従事者としての心をわきまえたまえ…」
木こり「なんでお前が…」
解離「失礼だな…だからあれだけ拠り所に執着するなと念を押したはずだ…千秋…君にも…私がどれだけの苦労でどれだけの人間を救ったと思っている…無常…実に無常だ…挙げ句の果てに同じ力に惹かれ合ったもの達が揃いも揃って一箇所に固まるとは…カミツカミが動くのも当たり前のことだよ…天命を使った君たちのせいで私が近寄ることもできない…悪いが今回ばかりはこちらの権限で解除させてもらったよ…」
よろよろと、覇気のない痩せ細った解離の後ろには19体の幼い拠り所が少し恥ずかしそうに…そしてどこか羨ましそうにこちらを見つめている。
それと同時に千秋が腰が抜け地面に崩れ落ちる。
姫花「ここでの再会は彼ら、彼女らにとってはまだ早過ぎましてよ…解離」
解離「仕方のないことだ…彼らの診察が私にとって最優先なのだから…」
そういって聴診器を耳に当てようとした解離に千秋は殴りかかる。
千秋「あんたのせいで…あんたのせいで!」
驚くことにその動きを静止したのはミチオだった。
解離「ほぅ…」
ミチオ「千秋!落ち着いて…理由は僕たちが一番知っている…一番…でも辛さは…わかってあげられないかもしれないけど…きっと理由があるんだ…きっと…ねぇ解離…そういってくれよ…」
ギリギリと牙を鳴らしながら解離を見つめるミチオの顔もまた自我を抑えていることだけで精一杯なのにそれでも千秋を抑え込もうとするやり場のない感情に俺も怒りが込み上げてくる。
その時、聴診器を肩に戻すとしなだれた髪を書き上げて解離が口を開いた。
解離「無論…千鶴の力は知っているな…憑代の姿も」
千鶴「私は蛇だ…」
ボンっと千秋の後ろから姿を現し少し成長した姿を解離に見せた。
解離「なんと…脱皮してしまったか…あぁ…惜しい…あの小さな小さな輝く鱗が…」
千秋「変態野郎…」
チッと舌打ちをして解離が話を続けた。
解離「その脱皮こそが、永遠の治癒につながるのだよ…運天の消費こそが千鶴を消すことができると思っていた…しかし…脱皮した今はどうかな…」
その言葉にハッと千鶴が目をまんまるくさせて俺の方を向いた。
千鶴「運天の回数が戻ってる…」
解離「リセット…だよ…蛇や金蛇…脱皮を行う神には少し特殊な力があってな…運天の回数をリセット、私が知るに5回までは増やせる結果が出ている…となると」
解離は千鶴と千秋の両方を指差しため息混じりてこういった…
解離「脱皮をし続ければほぼほぼ王位と同じ存在だと言うことだ…」
ミチオ「そんなことが…」
解離がバンと直人先輩のベッドの手すりを殴り、怒鳴り声を上げた…
解離「だから私が忠告をしたんだ…神よりも人の命がどれだけ尊いか…お前らはわからないだろう…何度だってやり直せるじゃないか…神なんて…私の娘はもう…」
みつき「もうそこらへんにしておいたら?」
解離「だが…あの力によって私の幼い娘はもう…」
今まではわずかに開いていた窓から外に出ていたタバコの煙が部屋の中に入ってくる。
みつきは顔を顰めて上目遣いで解離を睨んだ。
みつき「こいつらも背負ってるもんがあんだろーが…それをてめーの意見だけ押し付けてんじゃねぇ…」
沈黙が辺りを奪う…
解離「すまなかった…」
みつき「その話は二度とすんなよ…」
解離「あぁ…あっ…バイタル…失礼…バイタル…」
動揺を隠せず慌てるためきながら直人と周健の呼吸や体の異常を調べる解離の手は酷く震えていた。
千秋「ごめん…ミチオ…もう離して…」
ミチオ「千秋…僕の方こそごめん…」
千秋「ううん…違うの…なんか色々考えちゃって…許せない…許せないけど……………………もう…なんとなく…いいかな……って」
木こり「千秋…」
解離「本当に…すまない…」
解離が一通りの診察を終わって土下座をした。
千秋「そんな…別にもう…」
その時、解離の頭が部屋の壁へと吹き飛ばされた。
ヒメノ「うーわキショ!なんであんたがここにいんだよ!」
周「見えなくなるぜぃ。見えなくなって…その時必死に俺はお前に捕まろうと…あれ?」
二人の拠り所が突然目の前に現れたと思った途端、二人は酸素吸入機に血を滲ませながら目を開く…
ピリリリンと直人の体に繋がれていたたくさんの管から繋がる測定器が音をたてる。
直人「ヒメノ!周健を頼む!…いや…回復が先だ…周…相手の背後に回れ!周!周!」
解離「落ち着きたまえ…もう終わったのだ…無事だ…みんなも無事だよ…」
直人「ハァ…ハァ…このままじゃ…木こりが…」
俺は咄嗟に直人のベッドに寄りかかり直人の目を見つめる。
木こり「俺は無事です…直人先輩…」
この言葉が届いていたであろうか…どこか上の方を見つめていた直人は徐々に視線を俺の方へと下ろしやがて、目が合った…
直人「木こり…?無事…だったか…」
周健「はっ…周…周はどこだ!」
直人「周健!しっかり…もう終わったみたいだ…」
周健「直人!あれ…ここは…」
その2人の表情に声をあげて涙を流しながら姫花が床に崩れ落ちる
姫花「皆んな…無事だったんだ…良かった…本当に良かった…」
俺たちは姫花の姿を見てその場で立ち尽くすことしかできなかった。
直人「そうか…姫花が…皆んな…無傷で済んだんだな…本当に良かった…」
直人が安堵で胸を撫で下ろしていると、そこに茂庭が空いているドアからこちらに顔を出した。
茂庭「直人があれだけ強がるから…姫花の方に応援に行ったらさ…まさか直人と周健が無事じゃないんだもん…でもお疲れ!」
そういって赤いラベルの炭酸飲料を2人に投げる。
解離「まだまだ回復には乏しいがね…いってみれば空元気ってやつだそ…」
壁にめり込む隙をなんとか拠り所に保護してもらった解離が右頬を腫らし、それを手で押さえながら、今回の件について2人に話をした。
直人「そうか…それで1級が…」
周健「それなら無理もない…ゲームの四天王みたいな奴らだもんな…こんなとこになっても生きてるのが不思議なくらいだよ…」
ヒメノ「2人とも頑張ったんだもん…本当に頑張ったんだから」
周「俺の錯乱と幻術がなかったら直人も王位取られてたかもな。本当に危なかったぜぃ…」
直人「それに関してはマジで助かったわ…」
2人の会話の内容がまるで頭に入ってこない…多分俺たちよりももっともっと強い奴を相手にしていたことは確かだと悟った。
その時、俺の背後に気配を感じた。振り返るとそこには見覚えのある…いや…ついこの間の出来事のような拠り所が立っていた。
順一「まぁ、皆無事で良かっただろう…今回ばかりはと思ったが…どうやら俺の祠は鈍感でな…助けに行けなかった…本当にすまない…」
ミチオ「君は…」
俺は無言で涙が出る。心の中に溜まっていたものが一気に溢れ出した。
順「木こり…木こり…大事だったかい?順一が急に現れて私の手を引くものだから…まさか…このような事態になっているとは…」
ぜいぜいと膝をおさえながら扉の入り口、茂庭のすぐ横から中学時代の恩師が顔を出す。
喉からその名前を呼ぼうと思ってもひしゃぐれてしまう
木こり「じゅ…ん………先生……」
順「拠り所がこんなにたくさん…私の時とはまるで違う…拠り所とその祠の学校のようなものじゃないか…」
みつき「順…あんたにも世話になったよ…あれからも護神会が目をつけていたのだが…まさかその歳になっても拠り所と共にしているとは、びっくりだよ…」
順はその言葉に耳もかざす千秋の方へ駆け寄る。
順「まさか千秋も…あの研修の時は本当にすまない…気づいてやれることができればもっと次前に手を打つことはできただろうに…君は私と同じ蛇の拠り所のようだね…名は?…とにかく無事で良かった…」
千秋がこの人も拠り所を慕えていたのと指を刺しながら俺の顔を見てジェスチャーした。
俺はうんうんと涙を流しながら頷いた。
ミチオ「こんなに多くの拠り所が集まるだなんて…やっぱり縁だね。木こり、千秋も本当に無事で良かった。」
咄嗟に順先生が俺に首につけていた目のマークのようなネックレスをほどき、俺に差し出す。
順一「順…それは…」
順「いいんだ…教え子たちが大変な思いをしたが…俺たちはそれを気づいてやれなかった…次に何かあったらそれを握るといい…順一が助けに向かうはずだ…私も歳を重ねてしまった…でもその足できっと君たちの元へ駆けつける。」
茂庭「皆んな本当に無事で良かったよ。」
直人「そうだな…本当に…世話が焼ける後輩だな」
周健「はっ、俺のこの傷は治るのかい?直らないのかい?」
茂庭がピッと指先を周健に向けると傷口が何事もなかったかのように治っていく。
周健「いやマジで…これでモテ期こないかと思った!この傷のせいで!茂庭パイセン〜あざっす!」
するとその傷口がまた傷を現し縫い糸が顕になる。
茂庭「僕ができるのは隠すことくらいさ…その傷は癒えることがないかもね…まぁ、ぬっぺ坊を横に置いてもいいならそうするがね…」
ゴクリと唾を呑んだ周健が頷くと周健の横には脂肪の塊のような大きな人型のそれが現れて辺が吐き気がするほどの悪臭に包まれ皆んなが咽せ返る。
みつき「ちょっとやめてよ茂庭」
茂庭「自力で冥界から戻ってきたんだ…傷を治すならこれが一番かと…」
そのきょとんとした表情がどこかミチオに似ていると思うのは俺だけだろうかとと口と鼻を手で押さえながら咽せる。
茂庭「はいはいわかったわかった…少し惜しいけどぬっぺ坊の皮膚を薬剤と混ぜて軟膏にしてまた渡すね」
と平気な顔で言う。
直人「はっ…はー…あれは狭い部屋で出すもんじゃない…」
茂庭「そうかな〜、そうすれば治りは一番早いんだけど…」
そこで解離が立ち上がる。
解離「私は慣れてるからいいがね…一般人には耐え難いのだろう。」
ハンカチで口元を抑える解離の姿を見て医師の尊厳というものを知った。
俺は天井を見上げ涙を流して声高く笑い、また涙が込み上げてくる。
木こり「なんか…今までとは違う…確かに今までとは比べ物にならないほど辛いけど、こうやってまたみんなの顔が見れる…やっぱりミチオが言う縁って奴なのかな!僕…俺もそれを大切にしていこうかと思う。」
直人「木こり…」
周健「わーぉ…嬉しいね!」
周「いっちゃえ…木こりの過去話しちゃえよ!」
直人「あっ!そういや聞いてなかったな。」
ヒメノ「えー!木こり君の過去気になる!」
周健「だなだな!こんな事があった後なんだし俺たちに話してみろよ!」
木こり「え!いや…僕…あっ…俺はその…そんな辛い過去じゃなくて…別に…」
周「えーいいじゃん!いいじゃん!話してみろよー」
解離「先ほどまでの混乱はどこへいったのかね…」
みつき「さぁ…これも若さよ」
茂庭「木こりの過去か…確かに王位との契約までのこと気になるかも…」
木こり「えっと…ちょっと恥ずかしいけど…僕は小学生の時から…」
その時、俺の背後の窓ガラスが粉々に砕け声がした…
?「1人は死ぬかと思ったんだけどね…」
解離「伏せろ!!!」
ヒメノと周が咄嗟に祠の保護にあたる。
俺の目の前には数百もの閃光のように走る矢が瞬く間に見えやがて、気付かぬうちに無数のそれに撃ち抜かれる。
?「やれやれ…雑魚一匹すら始末できないとは…一級…」
みつき「お前は…」
無数の矢がみつきを襲う。
解離「永従結界に侵入…だと?」
同じように解離もそれらに襲われる。
茂庭「まさか…カミツカミの天位がお出ましとは…」
何匹もの魚の怪異が茂庭に放たれた矢を喰らい尽くす。
?「君…まだここに?あー…唯と尊が世話になったね〜」
茂庭「八咫…上…」
八咫「ははは…名前を覚えてくれていたんだね!」
千秋「木こり…しっかり…」
茂庭「行けない!今喋っては…」
八咫「バーーーン」
空を切る無数の矢が千秋を襲う。
茂庭「彼の力は言霊…それを司る神の術式…なんだ…」
バクバクとまるで餌を欲しがるような無数の怪異に囲まれた茂庭は頭を抱えた。
順「嘘だ…八咫はあの時に…」
順一「順!…彼の術は…くそっ」
同じく刃が順を目掛けて放たれるが、順一がその矢を腰に構えていた刀で切り落とす。
俺らのいる建物の側面が煙をあげてボロボロと崩れ落ちる。
ミチオ「もう絶対に誰も傷つけない!」
姫花「あれは…はっ」
茂庭「しー今喋っては行けない…」
茂庭が姫花を自分の怪異の中へと引き摺り込むと姫花の耳元で語りかけた。
茂庭「時間だ。」
木こり「あー…あーーーーーーーーーーーー」
その叫びと共に無数の矢が俺…俺たちを目掛けて飛んできたが、その速度はとても遅く、鋭い刃はまるでグミのようにぐにゃりと柔らかく感じる。
360度全ての視界が俺には見る事ができた。
鼓動が早くなり、みんなの表情が目を見開いているものもいれば強く瞼を閉じているものもいる。
身体全身に力を入れてもまだまだ力が湧き上がってくる感じがした。
建物から出る煙が風でなびき俺たちと八咫が見つめ合う。
八咫「クシシ!空狐かと思ったがとんだほら吹きやろうだ…」
順一「チィ…木こり…だい……はっ…」
はーーーと長い呼吸で俺とミチオが声を合わせ千秋や解離、みつきに向かった矢を全て捕らえて地面へ投げる。
木こり・ミチオ「人神一血……魔羅(マウラ)」
クククッと、口元を抑えた茂庭が静かに笑い出す。
茂庭「本当に驚かされるよ…君たちには…」
姫花「あれはヒトガミにしか使えないはずなのに…しかも一血なんて…私たちにも…」
怪異の中で茂庭がポケット戸に忍ばせたモノマネ怪異を姫花に見せて、ニコリと笑う。
八咫「クシシ…」
木こり・ミチオ「ガァーーーーゥゥゥアーー」
茂庭「妖狐だよ…全く…」
木こり・ミチオ「俺たち、僕たちの反撃の…」
「呪煙(のろし)だ」
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