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【日記】不安を相手にしない

何かを成し遂げようとすると、常に不安がまとわりつきます。
それは未来に対するネガティブな感情です。
物事を慎重に進めるにはある程度必要なのですが、この不安に飲み込まれると、今すべきことを忘れてしまうことがあります。

今回は、不安を相手にしない方法を考えてみたいと思います。

不安の性質

基本的に不安と恐怖は同じ性質です。
恐怖体験は過去のものですが、その体験を元として不安は起こります。
体験のない不安はあり得ないですね。
「〇〇になったらどうしよう、、、。」
〇〇が過去の経験や他者の失敗談です。

恐怖体験がないので不安がない人がいます。
それが「知らぬが仏」です。

知らないから怖くないのです。
「若気の至り」も、ものによってはそうでしょう。

恐怖は二度と起こって欲しくないですから記憶に残ります。
そして不安という感情で、起こって欲しくないことをやらないように仕向けるのです。
このシステムは生存戦略的にはとても良くできています。
しかし、敏感な人にとっては、身動きが取れなくなるシステムでもあります。

何をするにも不安になってしまい行動に移せなくなります。

忘れる

恐怖を忘れることはできるのでしょうか?
完全にというのは難しいでしょう。
思い出せばすぐ思い出せるのが恐怖体験でもあります。

忘れられなくても思い出さなければいいということになります
思い出すときというのは、正直暇なときですね。
あとはそれに関連する出来事が起こったときです。

そうなると、方法はふたつです。
①恐怖体験に関連しない環境で、②今という状況に集中することです。
そうすると、関連がないですし思い出してる暇もありません。

環境的に全く関係のない環境というのが難しければ、②の今に集中するしかありません。
今に集中するには、今起こっていることに意識を向ける方法ですから、マインドフルネスになります。

マインドフルネスという用語は最近のものですから、ヨガでも座禅でもウォーキングでも同じですね。

過去は過去、今は今

ロジカルに過去の経験した時の自分と今の自分は違うという考え方も有効です。
失敗や恐怖を体験した時の自分と、今の自分は違うので、同じことが起こっても決して同じ結果にはならないというロジックです。
であればその恐怖体験を恐怖として捉える必要もないですね。

例えば小学生の頃に高校生にいじめられて怖かったとします。
でも今が大人であれば、今高校生と向かい合っても小学の自分ではないわけですから、それはそもそも今の感情などに影響を及ぼすこと自体が不自然ということになります。

ただしこれはロジックであって、感情としては恐怖という感情に紐ついているので、これをロジックで解くのはかなりのロジカル思考でないと難しいでしょう。
この思考は科学的な客観的な視点を伴うので、思考自体が客観性を重視したものでないと難しいと思います。

この客観性は、科学的思考ともいえますが、科学好きでなければこれもヨガや武道などのように自分を客観視する練習をしていない人には困難かもしれません。
主観的な思考ではロジカルなものは効力を発揮できません。

ヨガ

不安を相手にしない方法を見てきますと、どいう方法であれヨガは効果的だという感じがします。
意図的にヨガに誘導しているわけではないのですが、今に集中して自分を客観視し、そして安全で快適な環境で実践されるヨガは不安を相手にしないとても適した方法だと思います。

僕はノンストレスヨガというものを提唱していますが、不安というとても厄介な代物と上手にやり取りする方法がヨガにはあると思います。

フィットネスとしてのヨガもいいですが、心に効く、不安を上手く手のひらで転がせるようになるヨガが多くの人に届くといいなと思います。

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