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『みんなの日本語』で教えるなら(3)

(3)ではドリルなどパターン・プラクティスについて、私のイメージを書いてみようと思います。

私は、ドリルはレンガを積むことだと思っています。よくある働くモチベーションの例えに使われる寓話のあれです(※詳しくは下記参照)。レンガを積んでいる職人の心持が「ひたすらレンガを積んでいるだけ」と思ってやっているのと、「自分は教会を作っているのだ」と思ってやっているのでは、全然違う。本当に気の持ち方で同じレンガを積むという仕事なのに、達成感がまるで違うし、もちろん仕上がりにも差が出ると思います。

授業でのドリルも、パクパク口を動かしているだけの人と、これ言いにくいな、きれいな発音でなめらかに言いたいな、と思ってやっている人とでは全然違います。もちろん、学習者の自覚が何より必要なことですが、教師が「ただの入れ替え練習なんて、意味ないし、つまらないし、批判してる人もいるのにやらなくちゃならないなんて、かんべんしてくれ」と思いながらやっているのと、「なめらかに話すには必要なこと。好感度の高い日本語で話せるようになってほしいから練習させているんだ」と思ってやっているかどうかは全然違うと思います。後者なら、教師自身の中に目標がありますから、「活用練習のついでに発音も直そう」とか「切って、着て、聞いて、の意味の違いが瞬時に聞き取れているか試そう」とか工夫が入ります。(ただただ口をパクパクさせておけば、そのうちしゃべれるようになるという教祖様の宗教みたいに機械的にやらせているのは論外)単純な作業なので、緩急のつけ方も大事で、全員に一様に言わせるのではなく、回数を変えてみたり、難度を変えてみたり。学生は「自分には難しい課題をくれるな」とか「普段は下手な〇〇さんがきれいに言えてよかった!」とか、案外わかっているものです。そういう、ちょっと心が動く要素をいれることがドリル練習を飽きさせない工夫だと思います。

時々、アナウンサーのように美しい日本語で話す中国人の学習者がいます。そういう人は、絶対に中国で話し方の訓練を受けてきています。日本で勉強させた中国人学生のほうが流暢さにかけるなんて恥ずかしいと思ったことがあります。ですから、「きれいになめらかに話す」は立派な目標。まあ、学生にはそう思わせておいて、実は、その実、代入練習で文法強化している、なんて時もあります。

もちろん、ドリルだけを延々やらせても、コミュニケーション能力はつきませんから、短時間でさっと終わらせることが大事です。15分続けてやるのではなく、5分を3回やるイメージです。筋トレのようなものでしょうか。それと、できるようになってからも時間をおいて、何回かすること。学生は「え~、もうそれできるし」と言うかもしれませんが、そこからもう一度することで定着度があがります。そして、「ほんとにできる?」という態度でやらせて、上手にできたら「ほんとだ、すごいね!」とほめて、学生のどや顔をみるところまでがセット。

とにかく、学習者も教師も「美しい教会」をイメージできるかどうかがポイント。学習者のレベルによって「世界遺産級の教会」を描かせてもいいし、「氏神様のような教会」でもいい。ただただ、レンガを積み上げて、高いレンガの棟ができた、なんてことにならないようにすれば、ドリルもまったくの無駄ではないと思います。

まとめ

・ドリルは筋トレ。集中的に、短く、回数を重ねる。

・ドリルは、美しい教会を建てているレンガ積み。なめらかで、よどみなく、美しく話しているかっこいい姿をイメージさせて。

(※1)3人のレンガ職人(出典未詳)

中世のとあるヨーロッパの町を旅人が歩いていました。
見ると、汗を流しながら、重たいレンガを運んでは積み、運んでは積みを繰り返しているレンガ職人がいます。
そこで旅人は「何をしているのですか」と尋ねました。
すると、そのレンガ職人は「そんなこと見ればわかるだろう。親方の命令で“レンガ”を積んでいるんだよ。朝から晩までこうして重たいレンガを積んでるなんてやってらんねえよ。」と不満そうに答えました。
角をまがってしばらく行くと、またレンガを運んでは積んでいる職人に出会いました。旅人は「何をしているのですか」と尋ねました。
すると、そのレンガ職人は「レンガを積んで“壁”を作っているんだ。こうやってレンガを積むと金(カネ)がもらえる。この仕事は大変だけど、仕事があってありがたいよ。」と満足そうに答えました。
旅人は再び歩き始め、角をまがってしばらく行くと、またレンガを運んでは積んでいる職人に出会いました。旅人は「何をしているのですか」と尋ねました。
すると、そのレンガ職人は「レンガを積んで、“教会”を造っているんだ。町のみんなが集まって祈りをささげることができる美しい教会だよ。」と誇らしげに答えました。

さて、10年後。

1人目は、10年前と同じように文句を言いながらレンガを積んでいました。
2人目は、レンガ積より高い給料をもらえるけれど、危ない屋根の上で作業をしていました。
3人目は、この教会の施工の全体を任されるようになり、のちに出来上がった大聖堂には彼の名前が付けられたということです。

*このnote内リンク*

『みんなの日本語』で教えるなら(1)言いたい気持ちでいう

『みんなの日本語』で教えるなら(2)授業の流れ

『みんなの日本語』で教えるなら(3)ドリル

『みんなの日本語』で教えるなら(4)インタビューシート

『みんなの日本語』で教えるなら(5)絵の描き方