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お金そして人生の投資、どう判断する?〜2つのスタートアップを比べて

私のサンフランシスコベイエリアでのキャリア中、経営チームの一員として「どっぷり」5年半働いたスタートアップがあります…いやありました。過去形な理由はこれから言及しますが、以下X社とします。

[X社での経験はご挨拶代わりの記事にリンクがあります。]

先日、そのX社での同僚、結局最初から最後まで唯一共に働いたデータサイエンスのヘッドだった友人が「自分がアドバイザーを務めるスタートアップの創業者CEOが組織作りの知見求めているので会ってみないか」と言うのでサンフランシスコの南の端っこにあるオフィスまで行ってきました。この会社、以下Y社とします。

X社とY社、どちらもベイエリアで設立され、専ら米国市場をターゲットとし、ヘルスケア業界にあって統計解析・機械学習的アプローチで導出したアルゴリズムで病気を診断する製品、と共通する要素は多い一方、少し掘り下げてみるとヘルスケア業界はもちろん「スタートアップの評価」というもう一段高い観点から(ついつい)比較評価してしまいました。

【お断り】X社は破綻した会社、しかも当事者だったので詳細も書けますが、Y社はまだ「これから」の会社をXでの知見こそ活用していても、外部から見ているだけです。その情報非対称性に加え、以下の比較はヘルスケア業界以外の方が読むことを念頭に、いささか単純化されていることをご了解ください。

スタートアップに投資すること、参画することを考えている方の一助になれば幸いです。

視点1:診断対象と臨床価値

X社製品:リスク因子はあっても無症状な患者に心筋梗塞等が5年以内に起きる「リスクを数値化」
Y社製品:対応が遅れれば短期間で悪化し、高確率で死亡する「疾患の発見」

Xの製品も、Yの製品も「現行の手段では多くの患者が見逃され、かなりの数が死に至るか高額で身体に高い負担がかかる治療が必要となる」疾患を見つけ出し、より安価で比較的楽な治療で発症(と高コスト)を回避する、というのが基本的な臨床価値でした。「テクノロジーがどんなに洗練されていても病気にかかっていることが分かっただけで何も打つ手がない、あるいは他の手段での再検査をしないと打つ手が決まらない診断テストの価値は極めて低い」という当業界における「アクショナビリティ(=打ち手がある)」の大原則があるのですが、その観点から言えばXもYもアクショナビリティはあって合格でした。

ただし、Xの場合「リスク因子あっても無症状な患者は特に治療せず経過観察する」とする全米心臓協会の臨床ガイドラインの存在が大前提でした。ちと乱暴なまとめ方ですが、X社が潰れた最大の理由はこのガイドラインが変更され「リスク因子があったら即予防的治療」になり製品の存在意義が乏しくなったのが原因です。Y社の場合は目下明快に「罹患している」を判定できる試験が無く補助的な情報の取れる血液検査と現場の医師の経験則で診断されている状況なのでX社のような外生的な理由で「製品の存在意義がなくなる」可能性は低いです。

視点2:性能実証・臨床試験・提供体制作りそして当局認可へのアプローチ

X社製品は対象疾患の5年以内の「発症可能性」を数値化するものでした。その性能を証明する臨床試験も本来なら採血検査した数多くの患者を5年にわたり経過観察することが必要でしたが、創業者のアプローチはその「正攻法」でかかる時間と資源を過去に採取して冷凍保存されていた血液サンプルと、その後その患者に何が起きたかを示す臨床データを数千件解析してアルゴリズムを導出する「裏技的」なものでした。

結果としては「従来手法で見逃していた患者を見つける」臨床価値の証明、学術論文の発表、当局の定める規定は満たす(=販売できる)ことができましたが、いざ公的・民間医療保険機関に「処方・支払対象」として認めてもらおうとすると「新たに採った血液でも同じ結果が出るか証明せよ」と「生の」の臨床試験とデータを求められてしまいました。要はお金の取れるものになるまでの時間が延びてしまったので、これも破綻の一要因でした。

さらに市場への提供体制も、認可にこれまた時間とコストのかかる「どこの医療現場でも市中検査機関でも実施できる検査」形式ではなく「X社の集中検査場に血液サンプルを送り、検査結果を医師に発行する」方式を選択していました。このアプローチは無論合法で、比較的簡便なため多くの診断企業が採択していたのですが政府の監督認可機関であるFDA(米国食品医薬品局)が「合法とはいえ、近年濫用気味では」と懸念を表明しており、通用しなくなるリスクが常に付き纏っていました。また「全国各地で採血したサンプルの冷蔵輸送」と言うロジスティクス上の課題もありいざ本格展開した場合でも採算が取れる規模にどれだけ早く達成できるのか、等懸念がありました。

Y社はこの点まず対象疾患が「すぐ判明しないと命に関わる」類のもので臨床試験を上述の「正攻法」で行っても費やす時間が短くて済み、保険会社を納得させる臨床価値データも同時に取れる上、検査提供方式も装置と消耗品を医療現場に販売する形を想定していました。無論、臨床試験の成否、検査装置とキットの製造等の不確実性が解消されるわけではないですが計画上のアプローチとしては「比較的短期間で臨床試験の結果が出て、認可・販売への道筋がスッキリしており、ビジネスモデルも明快」なのでX社と比べれば懸念要素は少ないと言って良いでしょう。

視点3:医師・医療機関、そして保険機関への「売りやすさ」

一般的に生命科学・ヘルスケア分野の起業家の多くは「製品開発」すなわち「技術開発ー臨床試験ー当局認可」の過程と必要な資源で頭が一杯になり、「医療行為を行う人に使ってもらう」「保険会社に支払い対象として認めてもらう」過程を過小評価しがちだと思います。この3過程、多少並列処理はできるにせよ「会社が成功に至るに必要な総労力・資源」の等しく1/3づつを費やすと覚悟すべきです。

どんなに優れた新技術由来の製品でも、効果が証明できて当局に認可されただけでは医者がすぐ採用して処方してくれるわけではありません。ましてや既存の診断・治療の流れにすんなりと嵌まらず、者に従来と違う行為(例:違う検査機関への採血サンプル送付)を求めるとなると売り込みに要する時間と労力は大きくなります。

医師や医療機関はまた「FDAが認可したから」新薬や診断技術を採用するのではなく「学会や医師会が認め推奨した」上で初めて売り込みに耳を傾け、そしてさあ患者に処方、となると「その患者の入っている医療保険が処方を認めている」ことが必要になってきます。

特に多くの起業家が過小評価しがちなのが「保険に認められる」ことであって、これには前述の臨床価値に加え「保険システムとしてどれだけ予防・治療の成果を向上しつつ支出を抑制できるか」について議論が必要となってきます。その議論をどう組み立てるか、についてはここで語り切れるものではありませんが「開発」以上にこれら「使ってもらう」「支払ってもらう」ことに必要な資金と時間があまりにも大きいことが多くの創薬・診断スタートアップが「製品開発」の途上で販売インフラを有する大手製薬会社に買収されたり、ベンチャーキャピタルが辛抱できなくなって「仕方なく」上場する理由です。

XとYの比較に話を戻せば、X社製品は「発症リスク」がアウトプットであり、既存の臨床プロセスに新たなテストを「ねじ込む」必要があり、また心臓疾患というなまじ患者も多く、心臓専門医のみならず内科医も扱う領域だけに全国多数の医師に営業販売するコストがかかりました。加えて保険機関に対しても「この一見高価な診断を行うことにより、ずっと高額の医薬品や手術を回避することができる」経済性をデータを添えて示すことが必要でした。結果長期戦となり、その間前述のガイドライン変更があったのが会社としては命取りでした。

Y社製品は対象疾患の患者数は比較的少ないものの、魅力的な売上・利益が十分成立する規模であり、既存の診断治療プロセス中に「排除すべき競合」もなく、取り扱う医師・医療機関も絞られているため「売るための労力と資源」は臨床効果が証明できればXに比べればかなり小さくなると見て良いでしょう。対保険会社でも「これあったら発症している患者を素早く確実に判定でき、多くの人が死なずに済みます」と明快な議論ができるので交渉もスムーズに進むと思われます。あくまでも現時点で見た「可能性」ですが。

視点4:技術開発・製品化の視点

X社もY社も「血液サンプル」を分析して「アルゴリズム」が診断結果を出す、という製品ですが、共通点はそこまでです。

X社製品はサンプル中の特定タンパク質7種類をそれぞれに反応する試薬を使って光学反応で量的に測定した結果をインプットとし、多変量解析を応用した統計的手法により「5年以内の発症リスク」をスコアとしてアウトプットするものでした。タンパク質検出装置は市販のものでしたが、検出に必要な試薬はカスタム開発の必要がありました。

一方、Y社製品は対象疾患が血液中のある物質に引き起こす構造的変化を機械学習で導出されたアルゴリズムに従い「こう変化していれば病気進行しており、即治療が必要」と判定するものです。こちらはサンプルをかける装置は自社開発でしたが、消耗品は市販品で済みます。

アルゴリズムそのものに関してはXもYも「データの質」が確保されていれば統計解析・機械学習そしてアルゴリズム検証のきっちりとした手法に従い導出されるので「優劣」はつけられません。比べる意義があるのは検出技術とアウトプットです。

X社製品の場合「タンパク質」という正確な検出・測定には厳密なサンプル準備・処理と高価な試薬が必要となり、アウトプットも「リスクスコア」と診療上解釈の余地のあるものであったのに対し、Y社製品は検査装置に投資が必要なもののランニングコストは低く、アウトプットも「生死を分ける・急を要する」判断が付くものが出る、といった違いがあります。

視点5:「人と組織環境」の視点

以上製品の提供価値、技術開発そして市場投入へのアプローチに関する視点からX社とY社の比較を展開してきましたが、最後は少し毛色の違う「人と組織」の視点です。視点1~4が「投資家視点」だとすれば、ここでは「雇われるなどして一緒に働く者の視点」ということになります。

くどいようですが、またX社に対する評価は内からの回顧的なもの、Y社に対する評価は外部からの予見的なものであるので、ここでは「私が初めて両社に接した時点での印象」をベースにします。

まずもはや決まり文句と化している「投資家は人(創業チーム)に投資している」ですが、これには奥があって「あくまでも当初の事業機会と製品・サービスが魅力的なものだと納得した上で、創業者自身の資質、そして人材を集め・使いこなせる能力とポテンシャルが見出せるかを決め手として投資判断をしている」と解釈してください。

この「人材を集め・使いこなせる能力」ですが、私はこれは今後雇う人材に対し「どう言う人と働けるのか、一緒にどんな経験をしつつ成長できそうか、この会社で築いた実績と人脈が価値あるものになりそうか」すなわち「組織環境」を魅力あるものとし、言動一致で提示できるかどうか、だと考えています。そしてこれは大手企業や他の勢いあるスタートアップと優れた人材の獲得競争になった場合、金銭報酬や福利厚生以上、とは言わないまでも同じくらい重要な要素です。

これを念頭に置いた上でXとYを比較すれば「創業者の資質」については、いずれの会社も創業者はアメリカのトップスクールで教育を受け、研究業績を上げてきた人たちです。X社創業陣の方が経験年数も長く、学会そして業界での認知度は高いですが、昨今のイノベーション・起業の世界における「ディスラプション=既存秩序への挑戦者」を偏重する傾向からするとY社の方が「らしい」ので投資家的視点からの「創業者スペック」は同等と言っても良いでしょう。

一方の「組織環境」ですが、X社の創業陣はチームを組成する時に「とにかく各専門分野で実績と肩書を培ってきたスター人材」を重視し組織作りも「投資家に示したマイルストーン達成に向け役職と頭数、市場ベースの報酬に準じた人員予算計画」が中心であったのに対し、Y社は「経歴以上に学習力・応用力とチームへの適応性」を持った人を集め「ベストの働き方を探りながら機動的・弾力的に成長していく組織」を目指している印象を受けました。

以上「違い」を挙げてきましたがここでは比較的「客観的評価」のできた1-4の視点とは異なり「働く先」としての選択基準を挙げれば「人材市場の相場を基準に、リスク調整されたフェアな報酬」が手に入るのであれば「既に保有する専門スキルをとことん一流の人の下で磨きたい」人はX社、「自分の潜在能力を切磋琢磨的しつつ開拓してみたい、」人はY社、となるのでしょう。突き放すようですが、この項目に関してはどちらが正しい、正しくない、の議論ではなくもはや「人生に何を求めるか」「好み・趣味」の問題です。

おわりに

以上様々な視点から2つのスタートアップを比較してきました。業界や技術に共通することろが多くても、少し掘り下げればかなり違いのある2社であること、一方で単純に優劣の判定のつく比較でもないことが伝わったでしょうか。

強いて言うならばXは投資家的観点から言えば「大きな市場の変革に外生技術に依存しつつ高コストかけて臨む」会社であり、Yは「小さめの市場の飛躍的改善に狙いを絞り自社技術主体で臨む」会社であり、雇われる視点で言えばXは「これまでの経歴を賭ける会社」、Yは「ここからの経歴が築けるかもしれない会社」であると言えるでしょう。投資家としてどちらにリスクマネーを投じるか、プロフェッショナルとしてどちらにキャリアを投資するか。いずれも客観的評価だけでは済まない判断です。

最後になりますが、私はX社にX社的基準で雇われ、結果的にはY社が求めるであろう資質で生き延びました。ビジネス上の成果はともあれ「後悔しない体験」であったことは確かです。

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