見出し画像

逃避。

家から2時間ほど車を走らせたところに、ほどほどの大きさの漁港がある。港の両端に沖に向かって延びる長い防波堤が2本と、港内を区切る短めの防波堤が1本あり、それぞれに抱えられるようにして、大小のさまざまな漁船が係留されている。漁がある日は朝早いまだ暗いうちから、船団となって広大な海の沖を目指し港を出ていく。僕の好きな港の一つで、そこに釣りに出かけることが多かった。

波がない真夜中の海面は、まるで鏡の様に静かだ。時折り魚が跳ねて波紋を広げるほかは、水音さえ聞こえない。そんな日は、海を見ただけで釣れない予感がする。釣竿を手に防波堤を歩いていくと、釣りをする人は自分の他には誰もいない。僕はため息をつき、いつもの場所に腰を落ち着けて、いつものように竿を振る。何度竿を振っても魚の当たりはない。生産性のない釣りに深い疲労を感じながら、魚を釣ることよりも竿を振ることを楽しもうと、僕は静かにキャストを繰り返す。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?