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【今日の本】『滑走路』と『JR上野駅公園口』

いらっしゃいませ。

先週は、あまり本をご紹介できなくて、すみません。

今日は、貴方のために 2冊 用意しておきましたよ。

どうしても紙の本が欲しくて、2件本屋をまわったのですが、

どちらも売り切れ。。。 悔しいですが、電子書籍で。

アマゾンでも、電子書籍版はすぐ手に入るのですが、紙の書籍は売り切れている模様。古本だと手に入りやすいようです。

 では、ごゆっくり 立ち読みしていってくださいね。


1 歌集 『滑走路』 萩原慎一郎 (角川文庫)

 2017年にハードカバーが出版され、2020年に文庫版が出版されています。テレビでも取り上げられたこともあり、今年11月20日より、映画が公開されています。

この映画の脚本を小説にした本も出版されています。

こちらは、ハードカバーで手に入ります。(小説『滑走路』となっていますので、購入の際はご注意を)


 萩原慎一郎さんの短歌は、「弱さ」や「繊細さ」や「優しさ」で出来ています。中高一貫の名門校に入学した彼は、中学の部活動で壮絶ないじめに遭います。その心の傷は、彼を苦しめ続け、その命を奪ってしまうのです。

 苦しみ続けた中学高校時代を終える頃、萩原さんは短歌に出会います。彼の心のうちを、31文字で昇華する。類い稀な観察眼と、繊細すぎる感性で自分の生をありのまま歌で表現するようになるのです。

 彼は、高校卒業後も学び続けることを選び、早稲田大学を卒業します。心の不調を抱えながらも、仕事をし、恋をし、一人の若者として己の内を表現し続けました。世の中で働く「弱い立場の人間」としての現実を、その中の一人として31文字で描き続けたのです。

 短歌の世界では、将来を嘱望される若手の一人として知られるようになっていきました。彼の第一歌集が、遺作になってしまうなんて。私はこの人の歌をもっと読みたかった。世の中を支えているのは、大多数の不安定な雇用にある人々であり、エッセンシャルワーカーの人たちなのだと思います。

 「自己責任」と「効率主義」そして「コロナ禍」

 いくつもの重荷を背負いながら、懸命にまっすぐに生きようとしている若い人たちに、ぜひ読んでもらいたいです。

 [箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる]

 又吉直樹さんによる解説も、心揺さぶられる内容です。ぜひ、最後の最後までじっくり読んでください。


2 『JR上野駅公園口』 柳美里 河出文庫


 若い頃に、柳美里さんの本は何冊か読みましたが、よく理解できなかったことを憶えています。しばらく執筆から離れていたそうですが、2000年第に入り『グッドバイ・ママ」『まちあわせ』に続いて出版された作品です。

 今年の全米図書館賞翻訳部門で36年ぶりの日本人受賞作となったこの作品ですが、遅ればせながらようやく読むことが出来ました。

〜〜 以下 ネタバレ 〜〜〜

1933年生まれの福島県南相馬出身の一人の男性が主人公です。

 「山手線で、人身事故があり、電車が停止した。その男性は身元不明、住所も名まえも分からない。上野のホームレス男性と思われる。この事故により山手線は◯◯分間不通になり、◯万人が足止めされた。」

 このような事故は日常茶飯事であり、私たちは気にも留めなくなってしまいました。でも、この作品を読んでしまうと、この男性にも「人生」があり「家族」があり、上野のコヤに住む「理由」があったはず、と思わずにはいられないのです。

 12歳の頃から出稼ぎに行き、「故郷の家族」のため、故郷からずっと離れた場所で働き続ける男性。人生の節目で重なり合う存在。歯を食いしばって働き、育て上げた息子の突然の死。顔を見ること無く成長した息子は、死体となって親の元へ戻ってきたのです。そこから男性の「喪失体験」は続きます。どこかに根をおろすことは許されず、時代の波に流され働き続ける日々。ようやくそこから解放され、故郷でおだやかな生活を始めた矢先、苦労をかけてきた妻を亡くします。隣で寝ていながら、助けてやれなかった公開と懺悔の念で、彼はまた上野に戻ってくるのです。

 「どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることができなかった。人生の苦しみにも、悲しみにも・・・喜びにも・・・」

 「死のう」と決意してやってきた上野。そこで見た「市井の人々」の生活と、「山狩り」の現実。コヤに住む人々は、最初からそこにいたわけではないのです。それぞれの「人生」があり、それぞれの事情から、「名前」や「生活」を捨ててきた人々として描かれています。

 物語終盤、最期の「山狩り」の後に、主人公の男性は悟ります。

 その時が来た、と。

 山手線の黄色い線の内側に立ち、線路に吸い込まれたとき、

 彼は、故郷に残してきた最愛の孫娘の最期を見るのです。

 3月11日、黒い波に呑まれた孫娘と愛犬の姿。

 最後の白いページは、文字を超えた「何か」を表現しているように私には思えたのです。

〜*〜*〜*〜*〜

 ノンフィクションでありながら、読み進めるうちにフィクションであるような錯覚に陥る作品です。淡々とした語り口、多くを説明しない文章に「違和感」を感じる読者の方もいるかもしれません。また、主人公の境遇やテーマについても、様々なご意見や、感じ方があると思います。

 でも、内容紹介にある

「居場所をなくしたすべての人たち」へ贈る、魂の物語

 という文章が表すように、今読んでおくべき一冊なのではないでしょうか。

 アメリカでなぜこの作品が評価されたのか。社会の「分断」と「差別」が深刻化したアメリカで、なぜこの作品が必要とされたのか。

 対岸の火事として人ごととして捉えるのではなく、日本社会の明と暗を映し出したこの作品から学び、考えることも今の私たちに必要なのではないでしょうか。

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

さて、今日はお気に召した本はございましたか?

また、お立ち寄りくださいませ。

すてきな本をご用意して、お待ちしております

 

 


 

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