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茶臼山の LP BANK ブラザー

仕事や仲間が好きであっても
一日の後半は、独りで
違う世界に行きたい。

それが当時の私には
音楽だった。
今はオムニバスが売られているけど、
私は自分で作っていた

レンタルがあったから
できたこと。

すでにCDも出ていたが
私はLPが好きだった。

仕事が終わると

天王寺駅の跨線橋を越え
歩いて15分ほど、

茶臼山(ちゃうすやま)にある
レンタルレコード屋に通った。

小さなビルの2階、
狭くて急な階段を上がり、
扉を開けると

LPレコードがビッシリと並ぶ。
レコードクリーナーの匂い、
流れている曲を聴きながら、
あらゆるLPを思う存分見る。

一度に3枚から5枚。
料金は確か2泊3日で
1枚3百円程度だったか…

通い始めた頃は、
洋楽ポップス中心で
期限の日に返し、
また何かを借りて帰る。 

2日か3日後に返しに行き
また借りて・・
チェーンレンタル。

当然わたしの顔は店に覚えられた。

決まった時間に来て
必ず借りて帰る無愛想な若い女。

洒落っけがない、なんだ、この服は。
曲の好みが・・・ふむふむ、
こういうのが好きなタイプか。
彼氏、いてへんな。

彼らは曲を聴くプロ。
聴く曲の好みで、
人間の想像がつくこともあるだろう。

思えば、裸の心を
見られていたのかもしれない。

店にはいつも二人兄弟がいた。
兄は30才前後、口ひげ、くせ毛。

弟は大学生か20代前半、私と同年代。
美しい肌質。

兄はピンカラ兄弟という演歌歌手の
ボーカルに似ていた。
弟の方は、俳優の佐藤健(たける)と
ミュージカル俳優、山崎育三郎を混ぜた、
二重瞼の大きな瞳、甘いマスク。
茶色がかったサラサラ髪。

まったく!まったくもって、
兄と弟は見事に似ていない。

だがしかし、私はある時、
アニキ、これさ、って
佐藤健と育三郎の混ざり男子が、
ピンカラ顔の年上に言ったのを聞いた。

以来、二人を兄弟と思って見ていた。
このような容姿の違いに、
どんな事情があるのかは知らない。

ある夜、兄さんが
レコードを見る私に、
話しかけてきた。
他に客はいなかった。

最近、ジャズ
よう聴いてはりますねえ

その頃、私はサックスに凝っていた。
音楽を追求するあまり、
病んでいくミュージシャンの音に
陶酔していた。

ひとりで毎夜、それ、だと、
こっちも病みガチになっていただろう。

「こないだなんか、すごいの聴いてましたやん」
「ああ、あれ、よかったです」
「あれがええ言うのは、かなりきてますよ」
「そうですか」

“きてる”・・の意味を
聞き返せない私だ。

兄さんは、わたしに必ず
話しかけてくれるようになった。

仕事場にも、どこにもいない
そこだけの私が現れていた。

ある日だった。

こんなん、
聴いてみませんか。
…気にいる思うんやけど

兄さんは、LPを取り出して
ジャケットを私に渡し、

ターンテーブルの上で、
黒く光るLP盤に
そっと針を降ろした。

プチッと、微かな針の音がして
私も、なにかが外れる。

数秒、
真空になる。 

ダイヤモンドの針が息づきだす。

そして

・・・やられた。

どこを見るともない、
下向きの目を
ようやく上げると

だろ、って、兄さんが
ニヤリと笑った。

ピンカラの口ひげが
ジャズマンに変わった。

それから少しの間、

兄さんは何も言わず、
レコードを見ている。

私は、喉の奥が
うめきそうになっているのを
じっと堪えながら聴いている。

きたやろ、と、
兄さんが思ってるのがわかる。

うん、と私。

まだ、コレもあるよ、
と、追いうちをかけてくる。

その数枚で私は…
ミュージックテープを創る。
オリジナルの音の空間がまた出来る。

どうでした? が、
どうやった? に、かわっていた。

そうやって私は、
チェーンレンタルをした。

ある日、店に
弟がひとりだった。
兄さんが来るかと待ったけど、
いつまで立っても現れない。

俳優顔の弟には
視聴させてほしいと言えず、
適当なものを2枚借りた。

数日後に返しに行っても
兄さんの姿は見えない。
その次に行った時も。

私は、ようやくたずねてみた。

「いつもの方、最近いらっしゃらないですね」
「ああ、ちょっと今、いてないんですよ」
「そうですか」

それ以上は聞けなかった。
弟さんが兄さんみたいなタイプだったら、
聞けたのかもしれない。でも、

かっこよすぎた。

見た目の若さに似合わず、
洋画の吹き替え声優みたいな
低い、男らしい声をしていた。

結局、兄さんに再び会うことなく、
私は大阪を離れた。

200を越えるカセットを作って、
半分以上は劣化して処分したが、
幾つかはまだ、聴くことができる。

ラジオでエアチェックしたもの、
パーソナリティの語りが入ったもの。
ジェットストリームの
城達也さんの声も残っている。

音から広がる空間は
感性をリアルに甦らせる
時をパッケージする。

そこには、
私をしびれさせた兄さんもいる。
近寄れなかった弟もいる。

LPは消え、今は、
CDすら消えつつあり、
音楽はデータになった。

そうであっても、
聴きながら胸に蘇るのは、

20世紀末、
夕焼けに染まる茶臼山の歩道
LP BANKの赤い看板と
LP5枚を抱えた感触。

確かな実感は、ずっと消えない・・・。


こちらがLP時代、兄さんにおすすめされた一曲。イントロでやられた私を、兄さんは満足そうに見ていた。


オーケストラ好きの私は、現在こちらを聴くことも。ジャズピアニスト・大林武司氏が加わるホセ・ジェームスバージョン。


こちらはハープのイントロで惹かれ、間奏のサックスで殺られる。ギャングの親玉みたいな男性の歌。どこまでしつこいんだ、私って女は。たぶん後悔して後で消すと思う。でもサックスがね…

今回も私のコアな趣味記事でした。本当に長いものを。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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