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「HAJIME」米田 肇シェフ、2021年2月17日の答。 #何が正解なのかわからない(番外編)

―利他と希望―

2021年2月17日、この日発売された『Gault & Millau(ゴ・エ・ミヨ)2021』で「今年のシェフ賞」を受賞した「HAJIME(ハジメ)」(大阪)オーナーシェフ、米田肇さん。イノベーティブ、革新的な料理で日本のレストランシーンを引っ張っている米田シェフは、コロナ禍でも先頭に立っていた。

昨年3月、補償を求めて自ら発起人となった『飲食店倒産防止対策』署名運動は、最終的に18万5445筆を計上。日本を代表するシェフたちとともに働きかけて、のらりくらりの政治を動かし、雇用調整助成金の限度額引き上げや、家賃補助、労働者への休業支援などの補償が国会で決定された。

今、日本には第三波といわれる大波がきている。第一波では補償もなく、真っ暗闇をどう歩いたらいいかもわからない苦悩があったけれど、第三波では多くの店主が口を揃えて「心が折れそうだ」と語っている。

当然かもしれない。なぜなら昨年は、店を維持するだけで必死。弱りきった体力のまま、クリスマスに忘年会といった一年で最大の書き入れ時もあきらめた飲食店が、感染の「急所」とされているのだから。
2020年から2021年へ。問題が転換し、コロナ禍が新たな局面を迎えた今、米田シェフに訊いた。


2020年3月、署名活動のこと

『飲食店倒産防止対策』の署名活動に動いたのは、3月29日の夕方でした。
「東京は4月1日にロックダウンされるらしい」と情報が流れてきて、まず「補償もない今の状態では、相当な数のお店が倒産してしまう」と危機感を感じました。料理人って、料理は学んできたけれど、経営の勉強はしてこなかった人がほとんどだからです。

一方、フランスではアラン・デュカス(現在、世界3都市に3店舗の三つ星レストランを持つシェフ)が署名活動をして大統領に訴え、補償が叶ったと知りました。
だったら、僕が動こうって思ったのです。
僕はフェイスブックで不定期に(料理人としての考え方、経営の話、チーム作りの話などを)書いていて、若い料理人たちから1日20通あまりの相談がきます。料理界の大御所とも、駆け出しの若手とも、両方にコンタクトがとれる位置にいたので。

署名は、飲食業の内外からとにかく広く、多くの数を集めなければなりません。動けるのは僕しかいない!と勝手に思い込んで。31日には自民党本部へ陳情に行きましたが、わずか2日だけでも5万件の署名がありました。

当時は「現場の声は大変良くわかりました。頑張りたいと思います」と、どんな陳情にも使える型通りの返事しかもらえなくて、正直、これは駄目だと。農水省、文部科学省、参議院議員会館……回れるだけ回りましたが、世のひっ迫感との差がものすごくあって、政治の人たちはのんびりしているんですね。
目標は4月7日に開かれる国会で、第一次補正予算に組み込まれることですが、これじゃ間に合わない。


世論から動かしていく

で、どうするか。
世論が動けば政治も動くだろう、と考えました。
それで毎日、取材を受け続けたんです。ウェブの取材は1日3本。大阪から陳情のため上京した折にも、ニュース番組を午前中に受けて、午後は雑誌や新聞のインタビューに答えて、終電で帰る。
マスコミが話題にしてくれれば、世論が動き、署名も増やせます。

いや、僕だってこれまで署名活動なんて立ち上げたことはないし、本当にこれで政治が動くのか? と思いながら始めたんですよ。
でも、声を上げなければいつまで経っても届かない。日本の飲食業、食文化を守れない。じゃあ、できるかどうかわからなくても、立ち上がるしかないですよね。
世の中を動かすには、トップダウンとボトムアップが肝要。それが政治家からのトップダウン、世論や署名からのボトムアップです。

ご存知の通り、雇用調整助成金も家賃支援も5月に正式に発表され、6月12日の国会で決定されましたが、署名活動のスタートが遅れていたらもっと遅れていた可能性があります。


最終目的地は、多様性が認められる社会

政治を司る人たちは、現場を知りません。ですから非常時はもちろん、平時であっても「声を届ける」「知ってもらう」ための動きは必要です。
それはどんな業種でも同じこと。
このコロナ禍、困っているのは飲食業だけじゃありません。僕らだって、飲食業さえ良ければいいなんてまったく思わない。逆に最終目的地は、すべての業界が良くなる、多様性が認められる社会だと思っています。一極集中は完全に間違った政治です。

でも、だから飲食業は黙っていろとか、補償があるならガタガタ言うなというのは変な構図ですよね。政治が間違っていると思うなら、声を上げる。ほかの業界でもそうしたほうがいい。

日本国憲法を見ても、自粛と補償はセットでなければならないのです。
まず、第22条第1項では営業権(営業の自由)が保障されています。たとえばロックダウンなど、政府の行動により店が倒産した場合は、営業権の侵害。

重要なのは第29条、財産権の保障です。国民は自分の財産を自由に使うことができ、国はそれを奪ったり、制限をしてはいけません。
この3項には、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」とあります。政府が公益実現のために損失を強制した場合、受忍限度を超えた特別の犠牲を受けた者に対しては、損失補償をしなければいけないということ。
憲法が、政府に対して「補償しなさい」と示しているのです。

また17条、国家賠償法の2条1項には、公務員の不法行為により賠償を受けた時は、法律の定めるところにより、国、または公共団体にその賠償を求めることができるとある。
もし政治家が間違った行動をして損害受けた場合は、国民は請求していいわけです。
(※憲法の解釈にはさまざまな意見があります)


第三波、一律1日6万円で助かる店は27%

世界基準で見ても、自粛と補償はセットです。
しかも海外では、第三波になってからさらに補償が強化されています。
イギリスはこれまで通り月に最大42万円の補助に加えて、一時金として最大126万円を支給。
フランスは売上が70%減の店に対して、2019年度の売上の20%を給付(店の規模や売上の減少幅に応じて、最大2500万円)。
ドイツは、前年同月の売上の最大75%を支給、さらに固定費の最大90%を支援しています。
もちろん従業員の給与は、各国とも補償されています。

一方、日本は協力金として、一律1日6万円です。
月に180万円。この数字は、売上が257万円まで、家賃が25万円くらいまでの店ならカバーできますが、それは日本の飲食店全体の27%でしかありません。
つまり73%の飲食店は、内部留保で補うしかありません。

大企業は多くの従業員を雇用しているので、社会的にも大きな意味を持っています。しかし50坪の店の場合、坪単価が2万円なら、家賃は月に100万。最低でも14倍の売上がないと営業は厳しいですから、1400万円が損益分岐点となります。
第一波から9カ月。冬の感染拡大は十分に予測できたのだから、店の規模に応じた補償の仕組みがなぜできなかったのか。せめて今からでも、仕組み作りは可能だと思います。


自分たち国民から変わること

飲食店は、昨年からずっとギリギリ持ちこたえていたわけですから、閉店が増えてしまうのはあたりまえですよね。
政府のやり方は、卑怯だと思います。
先にも言った通り、これは飲食店だけの問題じゃないのに、飲食店ばかりがエビデンス(科学的根拠)もなくやり玉に上げられ、飲食店だけに中途半端な補償がついている。
飲食店の取引先(生産者など)への補償がようやく決まったものの、低すぎます(一時金として上限60万円)。

でも、このコロナ禍でわかったことは、問題は急に勃発したわけじゃない、ということです。実は潜在的にあった問題が、コロナを機に露呈しただけなんです。

一つは、飲食業界の脆弱性
「HAJIME」は2008年のオープン時、ランチコースが4000円でした。12年で10倍、今は4万円以上です。
それでも他業種に比べて、労働環境や経営バランスがいいとはいえません。日本では、大学生の子どもがいる家庭なら世帯年収で862万円が必要だそうです。12で割れば約72万円。うちに月72万円の給与をもらっているスタッフがいるかと言えば、いないのが現状です。

経営も働き方も、改善に改善を重ねて(単価を)10倍まで上げたのに解決しないのは、社内だけではなく、社外にも問題がある。
飲食業自体にどのような価値があるのか、社会構造の中で捉えていく必要がありますね。

もう一つは、これまで国民が政治に興味を持ってこなかったこと。
政治家だけが悪いわけじゃないんです。ヨーロッパの投票率と比べたら、日本は恥ずかしいくらい低い。
まずは、政治家を選ぶ自分たちから変わっていかなければいけません。今回の一番の重要点だと思います。
僕は今、政治、経済を全部勉強し直しています。次の時代、どんな社会にしていくべきかを考えるためにも。


飲食業は、人に元気を与える中心的な職業

これまでも僕らは社会をつくってきたけれど、はたして本当に、自分たちが幸せになるような方向性で社会をつくってきたのか? GDPがうんぬんでなく、一人ひとりが、どんな社会なら幸せなのか。

たとえば掃除は、ホウキと雑巾がけの時代から掃除機が普及して、今はロボット掃除機が済ませてくれる時代。すると、多くの人には時間が生まれるはずです。手に入れた時間で好きなことができるのに、なぜか現代は、多くの人が不幸な顔をしていますよね。うつ病も増えていると聞きます。

アメリカもそうですが、日本もずっと経済最優先できました。その結果はどうかといえば、貧富の格差、差別、分断の社会になっている。
こんなに経済が発展したというのに、どうして、幸せが実感できない世の中になっているのか。
じゃあ、幸せを感じながら生きていける社会にするは? もう一回、教育から何から考え直して、社会構造を変えていく時期なんじゃないかなと。

民主主義って、「利他主義」をベースに成り立っているんですね。
自分のためでなく、みんなのために考えるから社会が成り立ちます。でも今の社会はほかの人のことが考えられない、想像できない。マンションの隣の人が誰かわからない、おかしな〝ソーシャルディスタンス〟社会になっているからです。

でもね、そんな社会の中でも、飲食業は利他主義以外の何ものでもないわけです。
だって料理人は他人に料理を作って、他人に美味しく食べてもらうことしか考えていない人たちですから。
だったら飲食業こそ、人に元気を与える中心的な職業といえますし、そこに「希望」があると思うんです。
僕らは今、本当に大変な時期にいますが、誇りを持って頑張りましょう。


HAJIME(ハジメ)
大阪市西区江戸堀1-9-11 アイプラス江戸堀1F
TEL 06-6447-6688
http://www.hajime-artistes.com/

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