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何もしない休日に『優しさ』を考えてみた

 カーテンを開けたら初夏を思わる晴れやかな空だ。昨日の激しい雨は大気や道路の澱みを洗い流して、新しい日常を提供してくれる。爽やかな朝のお供にハムエッグとスライスした新玉ねぎと茶葉を牛乳で煮出したミルクティーを頂く。休日に安定のYouTubeやTVerを見ながら、好きなものだけに囲まれる幸せ。手近なものだけでも、自分で選べる豊かな時間を満喫する。

 昨日は朝から土砂降りだった。職場まで歩いていく20分の間に、スカートの裾や長靴に守られているはずの肌も冷たく濡れていた。帰りは雲も通り過ぎて、近所の小川は水量も減り、淡いモスグリーン色を携え、たゆたゆと流れていた。それでも肌寒かった。私は考えた挙げ句、タートルネックの薄手のセーターにデニムのシャツを羽織った正解に小躍りした。オシャレよりも健康第一なのは生きていく為。自分の事は自分で守るのが信条だから。


 休日の今日、ドラマ【元彼の遺言状】の中のセリフを考えていた。主人公の剣持麗子に『優しい人が好きなんだ』と元彼、森川英治が言った言葉。言われた彼女は一般的に優しくはない。当時弁護士を目指していた麗子は弁護士をするからには儲かる企業系訴訟を扱いたいと言い、勝つためには何でもすると公言していた。例えば相手の弁護士のゴシップをちらつかせ、裁判を有利に持っていき和解させる。そんな利益の為にはあらゆる手を尽くす、剛腕弁護士になっていた。

 優しいの定義でもあるように『他人に対して思いやりがあり、情が細やかである』それと程遠い彼女の何が『優しい』のか?英治の言葉は麗子にも周りの人にも疑問符がついてくる。「この私のどこが?!」

 英治は血液の病気を持つ兄、森川富治の為に生を望まれた〈救世主ベビー〉であった。救世主ベビーとは「着床前診断」で体外受精卵の一部を採り、遺伝子を調べて移植できる型の受精卵を選び母体に戻し、妊娠させる。出産時のへその緒を使って、血液を作り出す細胞が取り出され兄や姉に移植する。しかし、その後も輸血や骨髄移植が必要な場合もあり、弟や妹の心理的肉体的苦痛は計り知れない。もちろんそれだけではないだろうが。

 英治は富治に救世主ベビーとして命を与えたかわりに、富治は親から引き継ぐはずの財閥の相続を放棄し、英治に与えた。富治はそれを『ポトラッチ』と言った。北アメリカの先住民族の風習では、部族間で贈り物をする場合、贈られた方は貰ったもの以上の物を返さなければいけない。与えられた者はそれ以上のものを持って相手に与える、それが『ポトラッチ』である。
 
 一見優しさから出来ているように見えるけど、違うらしい。贈り物はどんどん大きくなる。最終的にはどちらかが返せなくなる。お返しが出来なければルール違反。富を持って相手を支配する。与えることは、奪うこと。優しさもある種そうなのかもしれない。あなたの為を思ってやってますって、真綿で首を絞める行為かもしれない。

 病院での日常が頭をよぎる。ご高齢の患者さんが食べたくないって拒否されても、食事介助でどうにか食べさせないといけない。最終的には胃ろうになり(認知症の患者さんにおいてはご家族の希望で)食べられもせず動くこともままならない身体を纏い、いつ終わるかわからない死までの時間を永遠にベットの上で過ごさなくてはならない。しかも、コロナで面会も出来ない。無機質な病院の中で医療が人の人生を支配しているように感じるのだ。
 
 自分の利益のみを求めて生きる主人公の麗子も一歩間違えば、迷惑なだけの人物になるだろう。でも、救世主ベビーとして生きてきた英治からすると、眩しいくらい自由な生き方で、自分に対する要求も見返りもない姿は付き合っていて楽で、それこそ優しく映ったのかもしれない。

 しかし、そんな英治は殺されてこの世にはいない。自分を殺した犯人に財産を相続させる、そんな遺言状を残して。そこで、英治のミステリー倶楽部の先輩で、英治に別荘の管理人を任せられていた篠田敬太郎が、剣持麗子に自分を犯人に仕立ててくれという依頼をするのだ。成功報酬は150億円。そこから莫大な財産を巡って、父親、叔父、叔母、従兄弟夫婦などが絡まり合い、ついには第二の殺人が起こってしまう。
 
 【元彼の遺言状】のドラマは犯人を推考しながら観るだけじゃなくて、新しい視点を気づかせてくれる楽しみな物語だ。剣持麗子には綾瀬はるかさん。別荘の管理人で英治の先輩、篠田敬太郎は大泉洋さん。森川英治と富治には生田斗真さんが二役されている。原作の小説もドラマが終わってから読んでみよう。

 何より大好きな大泉洋さんが食事を作るシーンは必見だ。映画を見ているような重厚な映像に、美味しそうな料理は相性がいい。終盤に出た焦げたフレンチトーストの黄色と茶色の模様さえも、香ばしい匂いが漂ってきそうで食欲をそそる。

 さあ、今夜の夕食を買いに行こう。洗濯と軽い掃除しかしなかった休日。窓の外からピーッ、ピーヒャラピーヒャラと囀る小鳥の声が響いている。



 
 
 

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