雨音

 カーテンレールに、色とりどりのタオルを抱えたハンガーがぶら下がっている。暗い窓を叩く雨粒が、向かいのマンションの灯りを揺らす。

 マンションの前の通りから聞こえるのは、タイヤが水を弾く音。ふと、長距離トラックが走る姿を想像する。フロントガラスから見える景色、車内の匂い、ラジオの音。まるでドラマのワンシーン。石田ゆり子さんと井浦新さんが出演していた《コントレール〜罪と恋〜》というドラマを思い出す。

 文(石田さん)は夫を亡くしドライブインで店を切り盛りしている。そこでドライバーの暸司(井浦さん)と出会うのだけど、彼は文の夫を殺した人だったのだ。

 かつてエリート弁護士だった暸司は、目の前で無差別殺人が起こりそれを阻止しよう犯人と格闘した際、側にいた石田さんの夫を誤って刺してしまった。その時空に広がっていたひこうき雲が頭に焼き付いて離れず、それ以来ひこうき雲を見るとパニックに陥ってしまう。また、その時のショックで失語症にかかり、今は長距離ドライバーとして生きている。

 一方文が亡き夫と始めた店の名はコントレール、と言う名のドライブイン。英訳でひこうき雲という意味だ。彼女にとってひこうき雲は、突然すぎる夫の死によって、あっけなく消えてしまう幸せの象徴になってしまった。文は夫の死後生まれた一人息子を守り、必死に生活している。

 ふたりは誰も触れる事のできない深い傷を抱えている。その傷の癒されない匂いがふたりを惹きつけていく。淋しさを分かち合った先に見えた事実の残酷さ、罪と恋の狭間で悩めるヒロインが切なく美しい。石田ゆり子さんと井浦新さんのアンニュイさが素敵だった。


 雨の降る夜はふと記憶から溢れる映像に心を捉われてしまう。もう、ずっと忘れてしまっていた恋だとか切なさだとかが、澄んだ泉の様にこんこんと湧き出してくる。

 ベランダには、濡れたサンダルが転がっているだろう。そのサンダルを履きプランターのそばに行ったら、一輪残った薔薇の花びらも、冷たいコンクリートの上で、雨に打たれているのだろう。かつて甘い香りを纏い咲いていた薔薇は、記憶の奥にいつまでも生きていくのだろう、きっと。

 雨はどんどん勢いを増し、全てを洗い流すような、世界を包み込むような、まるで哀しみと喜びを内包するように降り続いている。雨音は心細さと切なさをメロディにして、静かな眠りへ誘い続ける。





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