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#6 入院仲間と靴下おさる

もし、私の話が誰かの記憶のどこかに少しでも残ったなら、私もいつかどこかで誰かの力になれるかも知れない、という思いで、病気のこと、回復の過程のこと、あの頃思ったことなど、少しずつ書くことにしました。もしご興味があればのぞいてみて下さい。そして私が今振り返って笑っちゃうことを、一緒に笑って頂けたら嬉しいです。

入院患者の中には色んな人がいる。

入院の理由をあまり話したがらない人もいるから、あまりお互い詮索しないのが暗黙のルールだが、カフェテリアの仲間たちは気軽にそれぞれなぜ入院しているのかを教えてくれた。

その中の一人は突然暴漢に襲われて、頭を殴られ、脳を傷つけられて体が麻痺したと言う。

ある日突然理由もなく殴られ、体の半分を麻痺させられて、身体的な苦痛だけでなく、精神的な苦痛も与えられ、生活に支障をきたされる。これから一生障害を抱えて生きなければならないかも知れないのだ。

もし目の前にその犯人がいたら、私は怒りのあまり殴りかかるかも知れない。

私が犯人をボコボコにしたところで何にもならないし、その前にオットに羽交い締めにされてあっけなく止められるのが関の山だ。

だけど、犯人がどんな罰を受けようと、彼の体を元には戻してくれない。

こんな理不尽なことがあっていいのか。

私より少し年上と思われる女性は、脳卒中で入院するのが今回4度目。しかも原因不明だと言う。私より麻痺がひどかった。3人の子供とご主人を置いて入院するのは辛いと言っていた。

そんな彼女は、ある日リハビリが思うようにいかず、イライラして悔し涙を流す私の横を車椅子で通ったとき、何も言わず私にタオルをぽんと投げてよこしてくれた。

だけどその後私たちは言葉を交わすことはなかった。彼女の症状が悪化したのか、何があったのかよく分からなかったが、彼女はそれから言葉があまり出てこなくなって、元気もなくなって、話さなくなってしまった。

脳卒中患者の中には、重い障害を一生抱えて生きなきゃいけないなら、何で自分は死ななかったんだと思う人が少なからずいると言う。

そんな人たちのことを思うと、胸が潰れそうになる。私は本当に本当に運が良くて、そんな風には思わなかったけど、何かがどこかで違えば、私も彼らと同じだったかも知れないのだ。

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だいたい午前中から午後一番にかけて理学療法、作業療法のセッションがあり、その合間は医師やソーシャルワーカー、セラピストなどと会ったり、音楽、アート、手芸、料理などさまざまな個人やグループでのセラピーセッションに自由に参加することができるので、意外と毎日忙しい。

自慢ではないが、私はもともと気が遠くなるほど裁縫が苦手だ。ミシンを使っても真っ直ぐ縫えた試しがない。

だけど、退院したら取れたボタンぐらい自分で付けられるようにならないと。

だから思い切って手芸をやることにした。そこで作ることになったのは、靴下で作るソックモンキーだった。

私のアイコンと上の写真のおさるがそれである。

右手が動いても、左手でしっかり押さえられないといかに難しいか、やってみるまで想像もつかなかった。

おまけにすぐアタマの中の小さいおじさんたちが疲れるから、集中力も長く続かない。

だから目の部分にするために、箱の中から同じボタンを二つ見つける根気が途中で切れて、いい加減に選んだ結果右目だけが大きいというちぐはぐなことになった。

うまく左手で押さえられないから、上手に間を詰めて縫えない。その結果、縫い目が大きくなってその間から詰めた綿が時々こんにちはする。

型紙通りにやったつもりなのに、どういう訳か、サンプルよりずっとおしりがぷりっとして、しっぽがやたらと長くなった。

でもそれもご愛嬌だ。完成させたことに意義がある。このおさるは今も我が家のマントルピースにちょこんと鎮座している。

料理のグループセッションにも参加した。付き添いの人も参加できたが、私は退院したら一人で料理できないと意味がないから、誰も誘わなかった。

その日はインターナショナルフードと銘打って、何か一組一品作ることになっていた。予め必要な材料を申告しておくと、ボランティアの人が買っておいてくれる。

他の人たちが何を作ったのかもうまったく忘れてしまったが、私はチキンの照り焼きを作ることにした。

包丁を使うときは少し緊張した。支えるとか手を添えるって、何にでも大事なんだな。

私はその時一緒に参加していたゲイカップルと友達になった。骨肉腫で片足を切断した彼を、もう片方が四六時中一緒にいて、献身的に支えてる20代のカップル。二人はとても仲が良い。

リハビリをしている方はちょっとシャイで寡黙なタイプだが、もう片方はお喋り好き。絵に描いたような見事なオネエさん言葉でまくし立てる。

ある日、一時帰宅するのにオットの迎えをロビーで待っていた私をつかまえて、オットを見た途端、

「えー!あんたの彼氏白人なの?アジア人なのかと思ってた。やるじゃない!」

と言って大騒ぎして私の腕をバンバン叩いた。勝手に想像しておいて、そんなに驚くことなのか?それにその先入観は一体どこから来たんだ?

それに白人とか何人とか言うその発言は色々とまずいんじゃなかろうか。私は別に気にならないけど。

そんなことはお構いなしでギャーギャー騒いでいる。私はうるさいうるさいと手を振って外に出る。ポカンとするオットに、彼らが何を騒いでいるか説明すると苦笑いした。

(#7へ続く)

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