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7.AIだからこそ


 「VTuber転生もの」の主人公には、絶対にバレてはいけない秘密がある。

 それは、「自分の正体」。
 すなわち「AIである」ということだ。

 前述の通り倫理的な問題などがあるため、高性能AIの存在は特級の社外秘だ。
 だから、主人公の正体を知るのは、開発陣やマネージャーといった一部の運営関係者だけである。
 しつこいようだが、この秘密は絶対にバレてはいけない。


 そんな人物を主人公に据えて、真面目にVTuberの「裏側もの」をえがけば、当然いくつもの問題が出てくるだろう。

 受けられる仕事が限られてしまうなどは、その対応の大部分を運営がやってくれるだろうから序の口だ。


 一番つらいのは、やはり交友関係をはじめとした「人間関係」ではないだろうか。

 大手のグループともなれば、グループ内のVTuberどうしで交流も盛んであろう。
 となれば、配信活動で仲良くなり、実際に会って遊んだりすることも珍しくはないはずだ。
 活動の中で、グループ外のVTuberやそれ以外の人とだって交友関係ができていくこともあるかもしれない。

 しかし、主人公はAIなので実際に会うことができないし、その本当の理由を明かすこともできない。
 せっかく仲良くなって遊びに誘って貰えても、誤魔化したり嘘をついて断るしかないのである。
 場合によっては、そういった振る舞いで関係が悪くなってしまうことだってあるだろう。

 それに、もし恋などをしても、その先の交際や結婚などは望めない。
 アイドル化しているVTuber以上に、公私双方で「恋愛=叶わないもの」なのである。

 そういった「人間関係」が一つの見所となるだろう。


 さらには、正体がバレてはいけないのは、転生後に知り合った人たちだけではない。
 かつて親しかった配信者や友人はもちろん、家族にさえ、自分がこんな形で生きているだなんて言えないのだ。

 知名度が上がるにつれ、生前の自分が転生前(中の人)説が囁かれたりもする。
 普通のVTuberであっても、そこには葛藤や罪悪感などが複雑な思いがあるだろうということは想像に難くない。
 そこに、一度死んでAIとしてよみがえったという背景が加われば、思いはより複雑化するのではないだろうか。

 また、以前から交流のあった配信者のトラブルを他人として見過ごすしかなかったり、正体を隠して別人として交流したり……。
 親から「こんなこと言うべきではないかもしれないけれど、声も喋り方も性格も趣味も、亡くした子供にそっくりで、どうしても貴方と重ねてしまう。今は貴方が生きる希望になっている」というようなファンレターが届いたりすれば、その苦悩は計り知れない。


 「VTuber転生もの」。
 それは、そんな風に無数の苦悩を抱えながらも、VTuberとして一人の人が活動を楽しみ成長していく物語なのである。


 また、主人公の命を奪った「急性心不全」は、健康だと思われていた若者などにも見られ、毎年多くの方が命を奪われている。
 そんな「急性心不全」についてもちゃんと調べて丁寧に扱えば、突然死とはいえ多少の啓発になるかもしれない。
 なんなら、作中でそういったお仕事を貰うというのもありかもしれない。

 また、そんな死に方をしたからこその。
 一度死んでいる主人公だからこその、「命」に対する思い入れも忘れてはならない要素だろう。

 例えばゲーム配信はもちろん、日常生活でさえ「死」という言葉は比喩として安易に使われる。
 そこに対する主人公の複雑な思いや振る舞いは、「命の大切さ」という裏テーマをにじみ出させることになるだろう。