『「失敗」の経済政策史 川北隆雄著』 講談社現代新書

一 はじめに


 2014年6月18日初版なので、1990年代のバブル崩壊時、1997年の金融恐慌、2000年代の小泉改革の是非、2012年からのアベノミクス前半の金融緩和税策の是非について検討が加えられている。

 1997年に消費税率を3%から5%に上げ、特別減税廃止と公的医療保険料の引上げも含めて9兆円の増税を実施した。その結果どうなったか。

 景気が腰折れして金融不安が高まり、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券など大型破綻が続出するようになった。

 同じ轍を再び踏んだのが、2014年。消費税率を5%から8%に上げ、金融緩和でデフレ脱却をめざしていた経済に水を差すことになる。

 日本の経済成長はずっと消費税増税による足枷をつけながら低迷をつづけてきた。しかし、財務省にはその自覚はないようだ。むしろわれわれが財政再建に取り組んだおかげで日本は財政破綻に陥らずに済んでいると思っている節がある。それゆえ、ひたすら財政再建を主張し続けて歳出抑制、国債償還を繰り返している。

 その結果、経済が低迷して税収不足になる。もっとも経済が低迷し税収不足になる責任は財務省にはないと思っているようだ。なぜなら、財務省が直責任を負っているのは国家財政の収支に関する部分だけだからだ。入りと出のバランスが取れていればいい、単年度予算案で国債発行をできるだけ抑制すれば勝ちという価値観なのだろう。そこには日本経済への責任などみじんも感じられない。

二 日本経済に対する財務省の責任


 そして、教育や社会保障などの必要な予算に配分できないのは、あきらかに日本経済の成長の阻害要因になっている。増税しても債務の償還に充てひたすら財政再建しかしないというのは、経済成長の抑制につながるとは考えないのだろうか。

 2000年代の経済政策について、このような記述がある。

一国の経済規模としての所得は増えたのに、ミクロベースの国民の所得は全世帯平均でも民間サラリーマン平均でも、減っているのである。一方、上場企業の決算で見ると、〇三年度から〇七年度まで五年連続、経常損益ベースで増益を達成している。  つまり、国と企業は富んだのに、国民、労働者は貧しくなった。最長景気の恩恵は企業部門に偏り、国民、労働者が好況の実感を得られなかったといわれるのは、単なる「感じ」ではなく、統計の数値の上でも証明できるわけだ。まさに、小泉改革批判論者のいう「富国貧民」(国は富み、国民は貧しく)、評論家・佐高信のいう「社富員貧」(会社は富み、社員は貧しく)の状況である。これは主に、企業が、増えた利益を労働者に回さず、社内に内部留保として貯め込んだ結果とみられる。

川北隆雄. 「失敗」の経済政策史 (講談社現代新書)

  2000年代は小泉純一郎が登場して、さまざまな構造改革に取り組んだ時期である。確かに、消費税増税は封印されたが、新自由主義的政策を掲げる小泉内閣は、小さな政府を標榜し、財政支出を抑制した。その結果、経済格差が拡大したのである。

 10年たった今でも経済格差の縮小は実現できず、適切な分配は掛け声だけでおわりそうである。状況はほとんど変わっていない。内部留保の批判を受けて、企業が慌てて賃上げを実施しているのが2024年現在である。

 いったい、それまで何をやっていたのか。

 日銀は金融緩和策を維持し続け、日米の金利差は円安を生んだ。円安は輸出系企業には有利に働き、しかも消費税還付という実質的な補助金を受けることができるので、輸出系大企業の業績を大幅に改善させる。
 一方で、円安による輸入物価の高騰は原材料を海外に頼る中小企業や消費者にとってはマイナスの影響を受けることになる。
 為替対策は本来、財政政策で補うべきなのに、政府は有効な手段を打つことができず、経済格差は拡大する。
 経済格差の拡大は社会不安や治安の悪化を招くことになる。

三 賃上げが先か経済成長が先か

 1 政府は財政出動をしなくても、民間企業の賃上げで消費を回復できると本気で考えているようである。
 2 しかし、税金や社会保険料で国民所得の公的負担が50%近くになろうとしている今、賃上げしても可処分所得の増加にはつながらない。おそらく期待しているほどの消費の拡大にはつながらないだろう。

 3 さらに、社会保障制度の持続可能性に再び疑問符が付くような、65歳給付延長案の議論が浮上している。これでは、老後の不安がたかまりさらに消費の抑制、貯蓄に資金が回ることになるだろう。

 4 かりに、貯蓄した資金を銀行が適切に企業への融資を開拓して設備投資に回れば、経済成長への貢献にはつながるのかもしれない。しかし、金融業界に資金開拓のノウハウがあるようには思えない。日銀のマイナス金利の時代さえ日銀当座預金を積み立てるような金融業界に、資金開拓の手法が蓄積されているとは到底思えない。

 5 結果的に賃金を上げても、持続的な消費の拡大にはつながらず、よって企業に設備投資も行われず、経済成長にはつながらないことが目に見えてる。なぜこんな浅はかな政策を立案実行するのだろう。不思議で仕方がない。

四 景気低迷、経済成長低迷の原因

 1 まず、金融機関がなぜ資金開拓できないかといえば、民間企業に設備投資する需要がないからだ。企業に借りてって言っても借りてくれないのである。もっとも貸してほしいという企業には貸さないのが金融機関なのだが。

 2 なぜ企業は資金を借りないのか?
 それは消費が伸びていないからである。消費が伸びていないところに、生産性向上のために設備資金を投資しても設備やサービスは売れないからである。かりに設備投資により質的な供給力が向上して、コストが削減され価格が低下しても、購買力が低下している以上、投下資本を回収できない。まともな企業家なら回収できない以上資本を投資しない。したがって金融機関からも資金を借りない。

 3 では、なぜ消費が低迷しているのか?
 考えられるのは、①消費者の可処分所得の低下、②老後の不安による貯蓄性向、③消費税の増加、④実質賃金の低下(物価の伸び率に名目賃金の伸び率が追い付いていない)
 要するに、消費者には使えるお金が限られているのだ。必要不可欠のところから優先的に使われているに過ぎない。

 4 消費者の可処分所得を増加させるには減税が良く、消費を拡大させるのなら消費税減税がもっとも有効だろう。
 しかし、財務省は絶対に同意しない。政治家は同意させるさせることもできない。消費税減税は財政再建からもっとも遠のくからだ。財政の信認が得られず国債の市中消化が未達に終わることに極度の恐れを感じている財務省は、政治家のスキャンダルをマスメディアに暴露してでも抵抗する。

 こうして経済政策の失敗は延々と繰り返されるのだ。

 5 経済低迷の原因は少子高齢化だという主張は根強い。
 しかし、少子高齢化はもうずいぶん前から予想されてきたことであるし有効な手段を打つこともできたはずだ。しかし、財政再建しか頭にない財務省によって適切な予算配分は妨害され、市中のカネは政府債務の返済で現金償還され毎年必ず減少していっているから、いつまでたっても景気が浮揚することはない。

五 まとめ

 本来なら、経済政策を担当する内閣府が経済成長に責任をもって主導すべきなのだが、財務省からの出向者で牛耳られているだけでなく、経済財政諮問会議でさえ財務省の意向に沿った形でしか答申を出さないから、経済成長よりも財政再建に重きを置いた政策しか出てこないことになる。財政再建こそが経済成長につながるという非ケインズ効果をことさら持ち出すに至っては何をかいわんやである。

 現在の日本経済に低迷は偶然の結果ではなく、必然の結果なのである。

 そりゃそうなるよっていう必然の結果なのである。



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