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実家消滅

その日はとても晴れていて、日差しが強い日だった。目覚めも良くスッキリ起きた僕はタンパク質の粉を胃に流し込む。観葉植物にも水をあげた後iPhoneが鳴る。父親からだった。
僕の記憶が確かなら父親はほとんど連絡をしてこないわりには、連絡が来た時にはとんでもない事を言ってくる。そんな人だった。
腎臓を悪くしてる父から電話。嫌な予感が頭をよぎった。
『話があるから来い ハハハ』
と一言。ハハハと笑う言葉がやけに耳に残り、イライラして、一瞬理由を聞く言葉を発しなかった。どういうわけか 訳も分からずにとりあえず会ってみる事にした。
理由を聞く前にとりあえずコップに入ってた水を一気飲みほした。机の上にあったカバンと家の鍵を急いで手に取り車を走らせた。
恐らく動揺しているだろう僕とは対照的に父は冷静に椅子に腰掛けていた。呼び出した理由を問いかけると
『この家売って、鹿児島(父の実家)へ帰るから』
僕はこの言葉に目をパチクリさせた。
父は母が死んで以来、ずっと一人で家に住んでいたが、僕や兄弟には寂しさを見せない人だった。家族の前では常に笑顔でいて優しい人だった。数年前から腎臓を患い、透析を行いながら老後を過ごしていた。先の事を考え、故郷に帰る決断をしたようだ。
『わかった。鹿児島でも元気でね。今までありがとう。』そんなありふれた言葉しか出てこなかった。その瞬間、幼い頃からの記憶が蘇ってきた。家族での一家団らん、兄弟喧嘩、たくさんの思い出が溢れてきた。自分が生まれ育った場所はもう他人の家で帰るところではなくなった。人にとって自分が生まれた場所、育った場所は特別であると思う。そんな場所がなくなってしまった。
帰り道、秋風はおどろくほど冷たかった。


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