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【短編】スニーキング・ペンギン


 ここはアニマル町。

 動物の動物による、動物のための社会を回すために、動物たちが毎日の生活を営んでいる。

 そんなアニマル町の平和を守るために活躍する、警察官が集まる場所がある。それが『アニマル警察署』…… 今日も、アニマル町の平和を守るため、警察官たちは日夜活動を続けていた。




 4月のある日。


 アニマル警察署の調査隊に、一匹のニシキヘビが入隊した。

 彼の名は『ニシ沢』。太い胴体に、こわもての顔。元ギャングで、目元の切り傷は国際指名手配犯のマングースと戦った古傷ではないか、とうわさされている。まさに歴戦の強者といった風貌だった。

 その見た目と同様に、態度も大きい。新人にも関わらず、先輩の隊員に対しても恐れを知らず、独断行動が目立った。新人教育を受け持っていた、ニホンザルの『サル本』さんが、あまりの恐ろしさに精神を病み、3週間の自宅療養を余儀なくされたほどだ。

 調査隊の間では、「あんなに社会性に富んだサル本さんがやられてしまうなんて」と、他の職員さえもニシ沢を恐れてしまっていた。
 自分の強さに自信があり、強さを信じて疑わないニシ沢。調査隊でも幅を利かせようと、しゅるしゅると長い舌で舌なめずりをする日々だった。


 ニシ沢が入隊してしばらくが経ったある日。
 ニシ沢は調査隊隊長のライオン、通称『ダンディ隊長』に呼び止められた。筋骨隆々な身体を、ぱつぱつのスーツが包んでいる。赤いたてがみを撫でるしぐさからは、王者の風格が漂っていた。

「ニシ沢よ。今日からお前には、調査隊としての実地活動に加わってもらう」
「本当か!? ……あぁ、いや。本当でありますか」

 ニシ沢は自分よりも強そうに見えるモノにはとても気を遣った。

「あぁ。これから、お前の上司になる男のところに連れていく」

 ダンディ隊長はニシ沢をつれて、署の敷地内にある駐車場へと案内した。
 5台のパトカーが止まっていて、そのうちの1台に、一羽のペンギンが座っていた。ダンディ隊長が窓をノックして、気が付いたペンギンが外に出てくる。スーツのしわを直し、青い翼で敬礼をした。

「お疲れ様であります、隊長」
「あぁ。すまない、ペン助。パトカーの改造中だったか」
「はい。ですが、つい先ほど、5台すべて終わったところであります」
「そうか。ところで、先日、お前に部下をつけると話したな。こいつがそうだ」

 そう言って、ダンディ課長は後ろを振り向く。

 ニシ沢に気づいたペン助は、「ほーほー」と小さくうなずいた。

「ニシ沢くん、ですね」
「あぁ、知っていたか」
「もちろん、有名ですから」

 ペン助はスーツのほこりを念入りに払う。とてもきれい好きなようだ。


(こんな屈強な上司を前にして、よく悠長にほこりを払えるな)
 ニシ沢はしゅるしゅると舌を動かす。
(この鈍間そうなペンギンが上司なら、すぐにでも下克上できそうだ)


 その日から、ペン助とニシ沢はともに行動するようになった。
 ニシ沢がにらんでいた通り、ペン助の行動は実にゆっくりとしたものだった。

 駄菓子屋に侵入した泥棒を捕まえるときも、図書館の壁に落書きをしていたアーティストを捕らえるときも、子どもを誘拐しようとしていた男を追うときも。ペン助はニシ沢の後手に回っていた。

 ニシ沢は意気揚々とペン助ににじり寄った。うねうねと。
「ちょっと先輩ぃ。とろいっすよ! さっきの覆面の男、逃がしちゃったじゃないっすか」

 ペン助は腕組して、ぶつぶつと何かをつぶやいている。ニシ沢には聞こえていない。誘拐されかけた子犬が、ニシ沢の鱗を撫でながらお礼を言った。

「ヘビのお兄ちゃん、ありがとう」

 子犬に振り向いていい気になろうとしたニシ沢だが、突然、ただよってきた悪臭に、思わず尻尾で鼻を覆った。

「おい、お前ひでぇ臭いじゃねぇか! その手で俺に触るな」
「え、えぇぇ? ぼく、そんなに臭うかな?」

 がみがみと怒鳴られた上に、ニシ沢にぎろりと睨まれた子犬は涙目だ。周囲にひとだかり……動物だかりができている。子犬の親が駆けつけて、素早くニシ沢のもとを離れていく。

 そのやりとりを、ペン助だけが冷静に見つめていた。



 3日後。
 この日もニシ沢は、ペン助よりも多くの実績を上げた。このまま成果を上げ続ければ、鈍間な上司より上の立場に立てられそうだ。

 鼻高々な様子のニシ沢だが、ひとつ気がかりなことがあった。先日子犬に捕まれた鱗から異臭が漂っているのだ。確かに、ペン助よりも活躍することができたが、異臭のせいで、やたら民間の動物たちから距離を置かれた。調査隊内でも、ここ3日間は居心地が悪かった。

「今日はドクターフィッシュ・銭湯に行くか」

 警察署から出て、街の明かりから少しずつ遠ざかり、夕日と街灯だけに照らされた住宅地を通る。しゅるしゅる、しゅるしゅると、ニシ沢の足音だけが聞こえている。

 ふと、交差点前に紫色の軽自動車が止まっているのが見えた。

(あんなところに停めるなんて、教習所からやり直してこい)

 軽く憤慨しつつ、その車の脇を通ろうとした。

 そのとき。

 突然、がちゃんと軽自動車の後部ドアが開いた。何事かと振り向く間もなく、ニシ沢の視界が暗くなる。麻袋をかぶせられたのだ。

「な、なんだ!?」

 その声は麻袋のなかでくぐもって、周囲に響くことはない。

 あっという間に車の中に担ぎ込まれたニシ沢。
 車が発進する音がして、すぐに麻袋から顔だけ出された。
 ニシ沢は後部席の真ん中に座らされ、左右に屈強なマングースが待機している。

 運転席に目を向けると、運転席に座る何モノかが見えた。

 全身を覆う真っ黒な体毛に、背中には二股に分かれた白い毛並みがラインを作っている。ルームミラー越しに、その顔が見える。ネズミのように狡猾そうな口と鼻。そして、黒々と輝く瞳。スカンクだ。紅色のスーツを着たスカンクが、運転席に座っていた。

「よぉ、お目覚めかい。ニシキヘビさんよ」
「お、お前は、誰だ」
「誰だとはご挨拶だねぇ。俺さまを知らないのかい? まぁ、それもそうか。お前、アニマル警察署の新人だろう?」
「な、なぜそれをっ」
「見てりゃわかるさ。動物は見かけによらないっていうが、お前さんは真逆だな。身の振り方も、周囲への警戒心の薄さも、全部が甘ちゃんだ。遠目からでも、お前が新米だっていうのが、良く分かったぜ」

 そのおかげで捕まえやすかったぜぇ、とスカンクは笑う。
 ニシ沢は驚愕と焦りで、細長い舌をちろちろと動かし続けた。麻袋に入れられて、身動きが取れない。両隣をマングースに挟まれ、逃げようにも逃げれない。

「お前を追い続けるにも、限界があるからな。そこで、子犬の手に俺の体臭を塗り付けておいて、お前さんにマーキングしてもらったんだ。子犬なら、それもお礼を言うためなら、誰も身体に触られるのを警戒しないからな。新人のお前のことだ。なんの疑問も持たず触られて、気になった臭いを落とすためにドクターフィッシュ・銭湯に向かうに決まってる。後はそこで張っておけば、網にかかるって寸法さ」

「な、なぜ俺を狙うんだ?」
「それも知らねぇのか。最近、裏社会じゃ『ヘビの皮』が高く売れるんだ。それもニシキヘビとなりゃなおさら。三味線にしてよし、着物にしてよし、文句がねぇ。皮をはいだ後は、身体を酒につければ命酒にもなる。お残しはなしだ」

 あまりの事態に、ニシ沢は背筋を震わせた。

「国際犯罪者、スカンクの『スカー』とは俺のことだ。よーく覚えておきな。ま、お前さんはもうすぐ、この世からいなくなるんだけどな」

 ニシ沢はなすすべなく、車に揺られるしかなかった。
 スカーの操縦する車は、検問にも、事故にも遭うことなく、アニマル町を南へと進んでいった。



 車が停止し、呆然としていたニシ沢が我に返った。
 2匹のマングースに担がれて、ニシ沢は車を下ろされる。あたりはすっかり暗いが、つんとした潮風が鼻をつき、ここが港だと分かる。コンテナがいくつも並んでいるが、あちこちがさびている。どうやら、港としての機能を失って、何年も経過しているようだった。


 遅れてスカーが車から降り、真っすぐ港の縁に沿って歩く。彼の進む方に、小さなボートが浮いていた。ニシ沢はなんとなく、あのボートに乗せられるんだなと察した。

 観念。無念。警察署内でトップに上り詰めることも、下に見ていたペン助を越えることすらできぬまま、一生を終えるのか。そう思うと、涙が出てきた。ニシ沢はすっかり力をなくし、マングースに担がれるまま、だらりと首を落とした。

「よし、お前ら、乗り込むぞ。あとはこいつをボートに乗せて、この街からとんずらすればいいだけ……」


 かっ!!


 突如、スカーたちの周囲を光が包んだ。あまりの光に、スカーと2匹のマングースが目を覆う。その場にどさりと落とされたニシ沢は、涙でにじんだ眼を細めて、光の方を見た。

 光のなかに、見慣れたシルエットを見つけた。ずんぐりとした体形。白いお腹に、青色の体毛。どうみてもペンギンのそれだった。

 きーーーーん。スピーカーのスイッチを入れたときのような金属音。「ほー、ほー」と、マイク越しに誰かが声の調子を整えている。それもまた、聞き覚えのある声だった。

「あー。やぁやぁ。犯罪者諸君におれましては、本日も悪事に勤しまれていることと思います。ご機嫌いかが?」

「な、なめてんのか!」スカーが目を覆いつつ怒鳴る。

「あー、そうですね。ここ数日は、某新米隊員になめられていましたが、そろそろ先輩風を吹かせておこうと思いましてね。おーい、ニシ沢くん。まだ皮は残ってるかい? お酒の漬けものにはなってないかい?」

 ニシ沢はあんぐりと開いた口をふさげなかった。
 シルエットの動物は、何を隠そう、あのペン助だった。いまもスーツのしわが気になるのか、しきりに裾を引っ張っている。

「ちっ」とスカーが舌打ちをする。「どうしてここが分かった?」

 ペン助は冷静な口調で告げる。
「そりゃもちろん、臭いを追ったんですよ。うちの隊には、『臭い』のスペシャリストがいるんでね。簡単に跡を追うことができました」

 ペン助の背後で、「わおん」と犬の鳴き声がした。調査隊の一員だ。

「さて、犯罪者のみなさん。投降しましょう。あなたがたは、すでに包囲されています。逃げ道はありません」

 ニシ沢にも分かるくらい、スカーはぎりっと歯を鳴らした。

「くそ! こうなりゃ、逃げるが勝ちだ! お前ら!」
 そう言って、スカーと2匹のマングースはボートに乗り込んだ。

「逃がすな! 確保ぉぉぉ!」
 ペン助はおっとりした見た目に似合わぬ号令を発し、控えていた調査隊員たちが車に乗り込む。5台のパトカーはサイレンを鳴らしつつ、海の方へと直進していく。

「まさか、海に突っ込むのか!?」

 ニシ沢は思わず目を疑った。5台のパトカーは港の縁から飛び出し、1台、また1台と海へと身を投げる。しかし、そのまま沈みつづけることはなく、エンジン音とは違う「ぶーん」という音が聞こえてきた。次第にパトカーが浮いていき、なんと、タイヤまで浮き上がったではないか。よく見ると、タイヤは90度横に倒れて、きゅるきゅると水面で回転している。パトカーが、水面でホバリングしているのだ。


「私が改造したのです」
 いつの間にか、ニシ沢の傍までペン助が来ていた。ペン助の助けあって、ニシ沢はやっと麻袋から解放された。

 へなへなとその場にへたり込む。

 ニシ沢は恥じた。まさか下に見ていたペン助が、これほどまで部下を従える人材だとは知らなかった。恥ずかしさと、皮を剥がされかけた恐怖で、ニシ沢はぽろぽろと涙をこぼす。

「す、すいませんでした……」
「かまいません。そもそも、私は怒るのが苦手です」

 ペン助はバツが悪そうに後ろ髪をかく。

「ニシ沢くんはまだ若い。いくらでも失敗すれば良いのです。失敗して分かることもありますよ。こう見えて、私も昔はやんちゃをして……」

 そこまで言ってペン助は、ニシ沢が自分に深々と頭を下げるのを見て、やれやれと首を振った。

「ふふふ。ひとは……あぁ、いや。動物は見かけによりませんね」



 それから1週間後。
 アニマル警察署、調査隊の事務室にて。
 事務仕事に追われる仲間の間を割って、ペン助がダンディ隊長の前に立った。席についてたてがみを整えていたダンディ隊長が顔を上げる。

「結局、スカーには逃げられたそうだな」
「えぇ。ですが、とりまきのマングースは捕らえました。彼らから有益な情報が得られるのではないかと」
「そうだな」

 ダンディ隊長はぬるめのミルクを口にし、ちらりとペン助の席の隣に目をやった。事件があって1週間。ペン助の隣の席に、ニシ沢の姿はなかった。

「帰ってくるかね、ニシ沢は」
 ペン助が後ろ手に腕を組む。
「どうでしょうね。私も、確たることは言えません」
「まぁ、入隊して早々から幅を利かせようとしていたしな。その上、国際指名手配犯に捕らえられるなんて失態を犯したんだ。今回の事件は、薬としてはちょっと効きすぎたか」
「そうかもしれませんね」
「戻ってきたとして、隊内でもやりづらいかもしれんな」

 ニシ沢は事件後の1週間、調査隊を休んでいた。念のため、救出した直後にアニマル病院に検査入院したが、身体に別状はなく、翌日には退院できた。しかし、ニシ沢自身が休暇を願い出たのだ。隊員の想像通り、ほぼ精神的な面からくるものだろう。

 ニシ沢のいない隊内は、とても穏やかだった。問題児を扱いきれていなかった多くの隊員がほっと胸をなでおろしている。教育課には、ニホンザルのサル本も戻ってきている。ニシ沢がしばらくいないと聞いて、ひどく喜んでいた様子だった。

「あぁいう、表面だけ強そうなやつほど、メンタルをやられて立ち直れないものだ。ペン助のもとで働けば、少しはマシな奴になるかとも思ったが……また新しい隊員を募集するしかないかな」

 ダンディ課長がぼやく。
 しかし、ペン助はと言うと、なにやらくすくすと口元を覆っていた。
 何がおかしいのか、とダンディ課長が問おうとした。
 そのとき。


「うきゃぁぁぁぁ」


 と廊下で叫び声が響いた。
 事務室が一瞬の静寂に包まれ、すぐにざわざわとざわつく。

「いまの、サル本さん?」
「どうしたのかな」
「バナナの皮に引っ掛かったとか」

 そんなざわめきの中、事務室の扉が開く。

「おはようございます!」
 元気に入ってきたのは、なんと、ニシキヘビのニシ沢だった。太い胴体や目元の傷は相変わらず凄みを放っている。けれど、ペン助には、彼の周囲の空気が、少しばかり柔らかくなっていることに気が付いた。

 ニシ沢は自分の席に着き、隣人を探してきょろきょろと周囲を窺う。そして、ペン助を見つけると、ぺこりと綺麗にお辞儀をした。

 ペン助はダンディ課長に向きなおる。

「動物は、見かけによらないものですね」

 ダンディ課長はバツが悪そうに後ろ髪をかき、にかっと白い歯を見せた。


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【あとがき】

 ひとを見かけで判断しない。
 ファーストインプレッションは大事だけど、相手を見下していい理由にはならない。

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【次】 等価交換




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