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【短編】等価交換


 その男は、他人の意見を聞こうとしなかった。
 自分の考えが素晴らしい。
 他の周りの人は誰であろうと、自分より劣っている。
 自分はとても賢く、相手の感情を揺さぶるような言葉を生み出すことができる。
 そう思っていた。


 そんな男には、最近ちょっとした楽しみがあった。

 自分よりも劣っていそうな人間を見つけては、意味なく暴言を吐くのだ。


 汗を流す労働者。
 カフェで勉強する学生。
 趣味で開いた書店の店主。



 男は暴言を吐く。

 時間の無駄だ。
 知識なんて役に立たない。
 たかが趣味じゃないか。

 暴言が鋭いナイフのように相手に突き刺さるのは快感でしかなかった。



 この日も男は、朝早くから街を練り歩き、標的はいないかと周囲をうかがっていた。すると、街の広場で演説者がトークライブをしているのを見かけた。

 演者の女性は言った。

「この世界は、等価交換で成り立っています。物々交換に始まり、貨幣、さらには科学で起こる事象も、すべてが等価交換です」

 男は足を止めて、遠目に女性の話を聞いていた。

「それだけではありません。目に見えないものにも、等価交換の力が働いています。無限だと思っているものでも、実は有限だということは、往々にしてありえるものです」

 男は遠巻きに「宗教だ!」と野次を投げて、その場を去った。


 昼過ぎになり、男は住んでいるアパートに戻って、ふぅと息を吐く。

 今日もすっきりした。やはり、相手に言葉が刺さる感覚はたまらない。短い言葉でも相手を揺さぶることができるなんて、もっと早く気づけばよかった。

 男は時計を見る。もう昼過ぎか。今日は朝早く起きたから、少し疲れたな。昼飯を食べたら、少し眠るか。男は作り置きした料理を電子レンジに入れ、じっくり1分間待ち、10分かけてご飯を食べて、2時間の昼寝をして、その後また4時間ほど外に出た。


 楽しい毎日だ。
 自分に向いている、正しい時間の使い方だと思った。


 こうして、男の時間は流れていく。



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 今回の見出し画像は、竹内健太(たけたけ)さんの写真を使用させていただきました!
 ありがとうございます!