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伝統のブラックボックスを開ける

回路を考える

今も元気でいてくれる祖母の誕生日のために、贈り物の花束を買いに出かけた。チェーン展開する花キューピットの加盟店だけでなく、小さくて個性のあるオルタナティブな花屋の選択肢が存在することは、都市における暮らしの豊かさを支えていると、あらためて感じる。植物をセンス良く扱い、個性的にスタイリングしてくれる小さな花屋が、京都にはいくつか存在するのだ。

花屋に限らず、パン屋、豆腐屋、コーヒー豆専門店、簾屋などといった、独立した様々な小商品生産者が都市の中で回路のネットワークを形成し、それを多くの人が共有することで経済が回り、全国展開のショッピングモールや画一的なチェーン店では提供もすることのできない多様性が維持されている。こうした都市の回路群を「共有財=コモンズ」として開かれた形でシェアすることによって、個性豊かな小生産者に仕事とお金が循環していく一方で、ぼくたちの暮らしには、こまやかな潤いがもたらされている。

有名なシェフや料理研究家が、料理のレシピを無料で公開することがある。レシピとは言うまでもなく調理法のことであり、料理の回路だ。レシピ=回路が公開・共有されることで、みんなの料理の技術は向上し、より良い暮らしへと社会は歩を進める。建築の分野においても、『新建築』といったアカデミズムの雑誌では、建築の写真だけでなく、図面や仕様、施工業者リストを掲載し、建築の回路をある程度公開している。織田信長による安土城築城の際には、敵に手の内をばらさないために、回路は絶対に非公開だったはずだ。そうしたことを鑑みると、雑誌で建築の回路を公開するという現代の習慣は、知識を知的共有財産として公共化することを前提とした近代科学の態度を踏まえているのだな、と納得がいく。

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『岡崎つる家』

以前、ぼくがお昼ご飯をいただいた料亭『岡崎つる家』(https://note.com/naohisa_hosoo/n/n7710e1ec4a18)では、庭の手入れは美しく行き届き、技の込められた懐石料理だけでなく、料理を運ぶ仲居さんの接客の作法、屋内の設え一つひとつに到るまで洗練されていた。全ての細部が「岡崎つる家」でご飯をいただくという一つの上質な出来事を作り上げており、綜合芸術としてのおもてなしを客に提供することによって、料亭はお金を得ている。国家は税金を介して国民の富を再分配するが、ここではプライベートな再分配が行われており、客がつる家で会食し、お金を落とすことで、料亭に出入りしている小生産者(豆腐屋や味噌屋、農家、庭師、数寄屋大工など)に仕事とお金が循環し、彼らの居場所が維持される。

勿論、料亭で使われている豆腐や野菜といった食材を、どこの生産者から仕入れ、どのように料理しているか知ることはできず、料亭の回路はブラックボックスにされているが、そもそも「店」や「家」という呼称は、その内部の回路が隠蔽されていることを表しており、ブラックボックスを開けることは、料亭の知的財産を犯すことに繋がる。元々はバラバラに散在していた、相異なる生産者と関係をつくり、それらを絶妙に結びつけ合うことによって「綜合芸術としてのおもてなし」を生産する回路を編み出したことは、料亭の創意工夫と努力によるデザイン行為だからだ。

目に見えない回路を設計するデザイナーの仕事は分かりにくい一方で、生産の回路は一度作られると、だれでもそれを使うことができ、タダ乗りが可能だ。特許や著作権は回路を守る鍵のようなもので、デザイナーの権利、居場所確保のために、ある程度までは必要だろう。そうでないと、回路を考えるデザイナーの仕事に対する正当な報酬が略奪されてしまう。だがその半面、回路のブラックボックス化は資本主義における過剰な利潤の温床となりうる。ファッションブランドは絶対に、自分達の使っている工場や生産ラインをひた隠しにするし、難病の特効薬を発明した医薬品会社は、その特許権が切れる時が来るまで、薬のつくり方=回路を公開しようとはしない。

ハッキングとは、他のコンピューターシステムへ不正に侵入したり、それを乗っ取ったりする「いかがわしい行為」であると普通は考えられている。だが、コンピューターについて高いスキルを持つ技術者が、既存のハードウェアやソフトウェアを解析し、それらの回路を組み替えることで、プログラムを改変するという「クリエイティブな行為」としての意味も、同時に併せ持つ。アップルを創業したスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの二人は、こうした二つの意味においてハッカーだった。彼等による最初のプロジェクトが、電話会社による既存の電話交換機の仕組みを乗っ取り、回路を組み替えることで、無料で不正に電話をかけることができる装置『ブルーボックス』の開発・販売だったことはよく知られている。『ブルーボックス』や初期のアップルコンピューターがそうであったように、既存の回路の組み替えは時として、爆発的な技術革新を生み出すが、独創的な回路のネットワークは金銭的な価値の源泉となるため、必ずブラックボックスによって隠され、蓋が閉じられる。 

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カルロ・スカルパのハッキング『カステルヴェッキオ美術館』

前近代的な伝統文化が色濃く残る場所においては、建築家の仕事はハッキングと類似している。

ぼくの住んでいる京都では、寺社や花街、茶道・華道の家元、老舗の旦那衆などといった存在が、伝統的な建築文化を支えている。数寄屋や茶室、町家、寺社の建築や修繕を通して、大工や左官屋、表具師、畳屋、庭師など出入りの職人達の技術が今も受け継がれ、仕事とお金が循環している。職人技術には、それぞれの取り扱う素材の特徴や癖を踏まえながら上手に扱い、順を追って物を作り上げていくための作法=生産回路が存在する。たとえば、木を取り扱う大工には大工の回路が、土壁を塗る左官屋には左官屋の回路が存在し、そうした様々な職人達の生産回路が多彩に織りなされることによって、建築はつくられる。

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床柱の扱いから壁の仕上げ、細やかな納まりの作法まで、伝統的な日本建築の世界では、しきたりとしての様式や型が重んじられるため、各々の職人達は昔ながらの仕事を反復、再生産することによって、自らの技術を継続することができるが、その建築の様式には鍵が掛けられており、新たな改変は許されていない。つまり、伝統建築の世界はブラックボックスとなっており、その閉じられた蓋の中で、職人達の生産回路が昔ながらの配列で収納されている。だが、伝統的な領域だけでなく現代的な領域においても、新たな活躍の場を見い出すことのできる職人技術は少なくない。こうした技術は普遍的な能力を持っているために、現代の文脈に持ち込まれて、まったく異なる技術の回路と結びつけられるとき、新しい制作の地平を開く原動力となる。その一例として、20世紀のイタリアを代表する建築家であったカルロ・スカルパについて触れておきたい。

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『カステルヴェッキオ美術館』

イタリアは古色蒼然とした伝統で満ちているにもかかわらず、昔ながらの職人技術を逆手に取った、優れて現代的なデザインを時に輩出する。スカルパが主な拠点としていた古都ヴェネチアには、漆喰に大理石の粉を入れて塗る「マルモリーノ」という左官仕上げや造船の歴史からも培われた木工、金属の鋳造や鍛治、ヴェネチアンガラスなどといった、多彩な職人達による伝統技術が存在していた。こうした古い伝統の流れを汲む彼らとともに、スカルパは新しいデザインの可能性を追求していった。

『ロミオとジュリエット』の舞台としても有名な、ヴェネチアの西に位置するヴェローナという街に、『カステルヴェッキオ美術館』という建築がある。元々は中世に建てられた古城だったが、ナポレオン率いるフランス軍やその後のオーストリア支配の下で兵舎へと転用・改修されるなどの変遷を経て、1957年、スカルパの手へと委ねられた。

この美術館を中庭から眺めると、中世の面影を引き継いだ既存のアーチとザラザラした外壁に対して、スレンダーな鉄と平滑なガラスによる新しい開口面を、すこし奥まった位置に挿入し、組み合わせることによって、暖かみとひんやりとした感じが均衡する、独特の新しい佇まいが引き出されているのが見てとれる。

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人の流れを迎え入れ、送り出すための動線の回路や空気や熱、水や電気を建築の内へと取り入れながら循環させ、外へと排出するためのインフラの回路など、建築には様々な回路が収納されている。リノベーションとは、既存の建築に収められた回路を組み替えることで建築のプログラムを改変する行為でもあるが、既存のハードウェアやソフトウェアの回路を組み替えることで、コンピューターのプログラムを改変するハッキングの営みとも重なる。

中庭に対面した建物の一階には、ナポレオン時代に作られた七つの部屋が連続して存在する。スカルパによる改修が行われるまでは、それらの部屋の連なりを中断するかのように、建物の真ん中に玄関が置かれていたのだが、彼はそれを建物の端部へと移設し、七つの部屋を連続して貫通する新しいアプローチを作り出すべく、動線の回路を組み替えている。

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連続する七つの部屋

新しいアプローチに沿って繰り返される、アーチ型をした開口部の両脇には、大昔に荘園の境界石として使われていたという厚石を立てかけることで、古の石による不思議な存在感が召喚されている一方で、ベージュ色の大理石板を床の縁取りとして用いることによって、本来は安価な新建材であるはずの黒いコンクリートの床面から、上品な表情が引き出されている。

『カステルヴェッキオ美術館』において、ガラスや鉄、コンクリートといった新建材だけでなく、漆喰や木、石といった伝統的な材料や技術がふんだんに用いられているが、常識的な組み合わせ=従来の生産回路を踏襲するのではなく、一つひとつの物のつくり方を問い直し、さらに異なる物づくりの回路と接続させることによって、独創的なデザインの価値が生み出されている。このように、カルロ・スカルパによるハッキングを介して、伝統的な職人技術が新たな活躍の場を見い出し、新しい制作の地平を開く原動力となっていることが分かるのではないだろうか。

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新しい回路を設計すること

個性豊かな小商品生産者が都市の中で回路のネットワークを形成し、それを多くの人のあいだでシェアすることで支えていると、ぼくは冒頭に書いた。同様に、職人技術の多様性を「共有財=コモンズ」として捉え、昔ながらの仕事だけでなく、オルタナティブな選択肢としての新しい仕事とも共有することで、仕事とお金を循環させ、支えていくことができるのではないだろうか。ここでの建築家の役割とは新しい仕事を作ることだ。そのためには、伝統というブラックボックスの蓋を開けて、既存の生産回路を外部の異なる回路と結合させることで組み替え、かつてない新しい価値を爆発的に生み出す回路のネットワークを、ハッカーのように設計しなければならない。

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