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「贈与」と名付けられて救われた自分の感覚【キナリ読書フェス】

「贈与」という単語から連想したのは、経済的な話とか相続云々の話とかで、あまり縁のない世界かなとか思ってしまった。

今回、本著がキナリ読書フェスの課題図書にならなかったら、手に取ることはなかったかもしれない。

だから、キナリ読書フェスとこの本を課題図書に指定した岸田奈美さんにはすごく感謝している。
この本が、私がぼんやりと抱えていた自分の感覚の違和感を解消し、救ってくれたからだ。

「恩返しよりも恩送り」という言葉に出会ったのはいつ頃だろうか?
それはすごくしっくりくる言葉だった。
自分がもらった恩をどうするかよりも、自分が渡した恩をどうすればいいかの迷いが薄れたからだ。

それでも引っかかっていたのが、もらった恩を送るだけでいいのかという感覚。
もらった分は返した方がいいのか。

さらには、特別支援学校での仕事で職員として、また我が家で親として過ごしながら、目の前の子にかけた愛情を返されたくない、むしろ贈ってほしいというのは偽善やウソなんじゃないかというモヤモヤした感覚。
嫌でも返礼をもらう方がいいのか?

そんな感覚がおかしくない、そのままでいいと思わせてくれたのが、本著で示された「贈与」であった。

ギブ・アンド・テイクでもウィン=ウィンでもなく、贈与。

教育者の端くれとして、親として、ギフトを贈り続ける存在でいられるなら、それは素敵なこと。

そして将来恩を返したいと言ってきた教え子や我が子に、この贈与の話をしっかり伝えたい。

その感覚をもってもう一回、いや何回でも再読して、さらに考察を深めたい。

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