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侵略者の子供を育てた人たち、見殺しにした人たち

しばらく多忙になるので、ブログを書く暇がない。とりあえず、以前アメーバーに投稿した以下の記事をノートに再投稿することにした。

欧州のクリスマス休暇中に、90年代の日中共同制作NHKドラマ「大地の子」をDVDで観た。山崎豊子の小説作品をもとにした、日本人残留孤児問題という深刻なテーマを扱う硬派歴史ドラマだ。モンテカルロ国際テレビ祭最優秀作品賞ゴールデンニンフ賞も受賞している。

一番心に残るのは、主人公の日本人残留孤児、陸一心の「二人の父」の名演だ。実父・松本耕次を仲代達矢、義父・陸徳志を中国人俳優である朱旭が見事に演じている。どちらも、演技派のベテラン俳優であり、存在感が際立っている。仲代達矢は、欧米でも、80年代に黒澤明監督の「乱」で、圧倒的な演技で注目された。「乱」は、黒澤版の「リア王」(原作・シェークスピア)で、仲代は古典までこなせる演技派俳優だとつくづく実感した。(以下、欧米版トレーラーを貼っておく。「大地の子」のトレーラーは、残念ながら見つからなかった)。

この二人の名演技がなければ、このドラマは成り立たなかっただろう。そして、中国人と日本人の感情表現の違いまで見事に演じている。まず、中国の義父・陸徳志。こちらは、とても人情に厚い小学校教師である。まず、自分の感じることを正直に述べる。心に湧いてくることは、全て表現する。それが、人の気分を害することであってもだ。そして、彼が信じる「正しいこと」は、たとえそれが感情的には受け入れるのが難しいことであっても、口に出してきちんと表現する。この彼の正直で誠実な人格は、ドラマのはじめから終わりまで一貫している。

そして、日本の実父、松本耕次。こちらは、上記の陸徳志とは対照的だ。非常に日本的な忍耐の人である。自分だけ戦争で生き残ってしまい、それに対して「業」のようなものを感じ(それを背負ってしまい)、ひたすらストイックに生きる日本人男性だ。70年、80年代の日本の急成長時代を歴史的に反映しているのか、彼はまた仕事だけのために生きるビジネスマンでもある。時代的に見ると、あの急成長の時期というのは、何かしらの「病」にも見える。人々は、戦後に何か辛いものを抱えているにも関わらず、ただ病的に「仕事」に依存し、また自分の価値や存在の全てをその中に詰め込もうとしていたように思える。

彼は、中国の義父・陸徳志とは全く対照的で、何も発言し、表現することができない、またはしない人だった。もしかしたら「発言」ということに、一種の責任を感じすぎていた人だったのかもしれない。だから、容易に言葉をはかない。言葉は、彼にとって重かったのかもしれない。非常に日本人的で、こちらも共感できる。

私は、どちらも大変美しい人だと思った。ただ、表現方法が違うだけだ。

ちなみに、原作を書いた山崎豊子は、300人以上もの残留孤児を自ら訪ねて取材を行なったそうだ。人々の実話も、このドラマには混ざっていると思う。下に、厚生省から発信されている残留孤児インタビューのひとつを貼っておく。永野眞一という方のインタービューで、中国の義父の人格が、とてもこのドラマに出てくる義父に似ていると思った。もしかしたら、モデルになった人かもしれない、と思った。とても感動する実話だ。

それから、ひとつドイツに住んで気づいたことがある。なぜ、ドイツではほとんど「残留孤児」の話題がないのか、ということだ。ドイツでも、日本と同様のことが戦後直後に起こった。つまり、東プロイセンなど、戦時中にドイツ領地だった外国領地で、たくさんのドイツ人が戦後に難民となり、追放された。下に、このテーマを扱ったドイツ国営放送ドラマ、その名も「逃避行」(原題”Die Flucht”) の画像を貼っておく(後日、このドラマも、政治的に槍玉にあげられたが・・・)。


ドイツ人、戦後の東プロイセンからの引揚者たち (独国営テレビ・ドラマ「逃避行」より)

この国では、残留孤児のニュースはほとんど存在しない。なぜなら、ほとんどのドイツ人難民の子供たち、孤児たちは見捨てられ、皆殺しになったからだ。そのケースの一部、デンマーク発信のデータによると、戦後、現地の難民収容所に収容されていた7000人以上のドイツ人の子供達すべてが、戦後の混乱のなか病気や餓死などで死亡した。誰ひとり、その子達の面倒を見る人はいなかった。これは、氷山の一角だ。歴史的にいうと、デンマーク人にとっては、彼らは「悪のナチス」で侵略者であるドイツ人の子供達であった。この皆殺しの背景には、明らかに「復讐」の意図もあった、と記事ではくくられている。誰が、侵略者の子供の世話などするものか・・・。これは、壮絶で残酷な事実だが、理解できる。この異国で見捨てられた子供たちは、ファシズムと間違った侵略戦争の犠牲者だ。

この話を背景にして、中国残留日本人孤児たちのことを考えると、中国人の人情の厚さに驚かされる。全ての人たちではないが、かなりの数の中国の人々が、大陸で侵略戦争をした日本人の子供達の世話をし、成人になるまで育ててくれた。

もし、同じことが、今ここであったとしたら、私には、侵略者の子供を育てていく「器(うつわ)」があるだろうか? 正直にいうと、疑問だ。私には、まだ出来ないかもしれない。こう考えると、ますます、「大地の子」に描写されている中国人義父母は大変素晴らしく、本当に人情に厚い「大きな」ひとたちだったと思えてくる。

この歴史は、日本人としては知っておくべき事実だと心から思う。


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