【後編】『Love Brings Love』(ラブ・ブリングス・ラブ):アルベール・エルバスにオマージュを捧げる、パリ・ガリエラ美術館にて開催の特別展レポート
【前編】に引き続き、パリ・ガリエラ美術館で開催されたアルベール・エルバスのトリビュート展『Love Brings Love』(ラブ・ブリングス・ラブ)の展示作品を紹介していきたい。
参考:
1. A to Z:LからZまで
1-1. L
次の部屋に移ると、大きくアルベール・エルバスの顔がプリントされたドレスが目に飛び込んできた。
こちらはランバン(LANVIN)の作品である。
(Bruno Sialelli, LANVIN)
現在、ブルーノ・シアレッリがデザイナーを務めるランバンは、アルベール・エルバスが手がけた2008年春のランバンのコレクションより、パラシュートガウンをベースにしたドレスを提供した。
ドレスの背面にはアルベールのポートレートがプリントされている。
またこのガウンのオリジナルは別室に展示されているので次の章で紹介する。
ブルーノ・シアレッリは、アルベールとの思い出を次のように語った
「2008年、ファッションを学ぶためにパリにやってきました。
至る所で目にしたランバンの夏のコレクションは、私に衝撃を与えました
帆船のような黄色、緑、赤の3色のドレスは、素晴らしい女性たちをランウェイから幽玄の世界へと導いていました。」
シアレッリは、ランバンに初めて訪れた時に、この三着のアーカイブを見せて欲しいとアルベールに頼んだとのことである。
次のLは、ニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesouière)のルイ・ヴィトンである。
(Louis Vuitton, Nicolas Ghesquière)
ショッキングピンクのバブルドレス、このカラーはアルベールを象徴する色でもある。
ふんわりした水色のドレスはロエベのもの。
(LOEWE, Jonathan Anderson)
カジュアルに見えて優雅、プレタポルテとオートクチュールの融合を意図したドレスとのことである。
1-2. M
続いて Mといえば、ジョン・ガリアーノのメゾン・マルジェラ(Maison Margiela)。
(Maison Margiela, John Galliano)
1-3. O
こちらの緑のドレスは、2021年11月に急逝したヴァージル・アブローが手がけたオフ・ホワイトのドレスである。
(Off-White, Virgil Abloh)
2021年10月にAZファクトリーでこちらのルックが公開されてからわずか一ヶ月後に亡くなったヴァージル・アブロー。
世間には自身の病気のことを公表していなかったというヴァージル・アブロー。
病と向き合いつつ、ヴァージルはどのような思いを込めてこのドレスを仕上げたのであろうか。
2021年という年は、アルベールとヴァージル、二人の天才が忽然と消えてしまった年であったということを改めて思い知らされた。
参考:ヴァージル・アブロー著、平岩壮悟訳『ダイアローグ』アダチプレス、2022年。
1-4. R
続いてRはリック オウエンス(Rick Owens)から。
ロマンチックなニュートラルピンクのドレス、滑らかなシルクがふんだんに使われている。
そしてこれらのユニークなドレスは、ラルフローレン(右)とロージー・アスリーヌ(左)のもの。
(Rosie Assoulin(左)、Ralph Lauren(右))
ランバンで働いた後、2014年に自身のブランドを立ち上げたロージー・アスリーヌ。
彼女のドレスは一際独創的、胸の部分はアルベールの四角い眼鏡、スカートはシャツとジャケットのモチーフでちょうどお腹の前に赤い蝶ネクタイが来るようになっている。
1986年にアメリカ人デザイナーとして初めてパリに路面店を開いたラルフ・ローレン。
まさにパリのアメリカ人といったラルフ・ローレンも他のデザイナーと同じくアルベール・エルバスの温かい人柄について語っている。
胸元にプリントされたベアはアルベールのように丸く、優しげである。
黒のベロアのドレスはラフ・シモンズのもの。
(Raf Simons)
胸元にはアルベールの顔写真や彼の言葉がプリントされた缶バッチのような飾りがぐるりと付けられている。
1-5. S
Sのつくデザイナーの作品に移ろう。
こちらのピンクのドレスは、1986年、アイルランド生まれの若きデザイナー、シモーネ・ロシャ(Simone Roccha)のものである。
シモーネ・ロシャは、自分のような若いデザイナーにも温かい言葉をかけ、心配りをしてくれたというアルベールの思い出を語る。
(Simone Roccha(左)、Saint Laurent, Anthony Vaccarello(右))
シモーネ・ロシャのドレスの隣にあるスーツは、サンローランのクリエイティブディレクターであるアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vacarello)の作品。
アルベールのトレードマークの蝶ネクタイと四角い眼鏡は忘れずに、少々肩が広めのマスキュリンなスーツでありながらも、全体的なラインは流れるようにしなやかでシンプルかつセクシーなスーツである。
こちらのゴールドのドレスはステラ・マッカートニーのもの。
(Stella Mccartney)
こちらはスキャパレリらしい、まごうことなきスキャパレリのドレスである。
(Schiaparelli, Daniel Roseberry)
学生時代にアルベールの影響を受けたというスキャパレリのクリエイティブディレクターのダニエル・ローズベリー。
このドレスは、アルベールの黒の使い方や弾けんばかりの創造性にオマージュを捧げたものとのことである。
こちらは本展に参加した日本人デザイナーの一人、阿部千登勢のサカイのドレス。
(Sacai, 阿部千登勢)
sacaiのブランドコンセプトは、「日常の上に成り立つデザイン」というもの。
コットンやサテンでできたドレスはコロンと可愛らしい形かつカーキーの落ち着いた色でまとめられながらも、幾重にも重ねられたフリルはエレガントである。
1-6. T
続いてTのつくデザイナーの作品紹介に入ろう。
こちらは本展のメインビジュアルにも使われている南アフリカ・ヨハネスブルグを拠点にするブランドテベ・マググ(THEBE MAGUGU)のドレスである。
ほとんどのデザイナーがアルベール・エルバスのランバン(Lanvin)時代に注目し作品を作った中、マググだけはアルベールのギ・ラロッシュ(Guy Laroche)時代の作品を参照したとのこと。
因みにテベ・マググは、2019年に当時26歳で「LVMH Prize for Young Fashion Designers」(LVMHプライズ)のグランプリを受賞した才能あふれる若きデザイナーである。
(THEBE MAGUGU)
参考:「第6回LVMHプライズ、南アフリカ出身の26歳が手掛ける「テベ・マググ(THEBE MAGUGU)」に栄冠」『Fashion Snap』(2019年09月04日付記事)
続いてはトム・ブラウンのドレス。
(Thom Browne)
日本から作品を提供したデザイナーの一人、トモ コイズミ。
1988年生まれのトモ コイズミ。
ラッフルで構成される贅沢なトモ コイズミのドレスは、2021年の東京オリンピックの開会式でミーシャが着用し話題になったことも記憶に新しい。
1-7. V
続いてVのつくデザイナー。
Vと言ったらドナテッラのヴェルサーチェ(Versace)であろう。
(Versace, Donatella Versace)
精力的に活動を続けるドナテッラ・ヴェルサーチ、創始者の兄ジャンニ・ヴェルサーチ亡き後もこのブランドを支え、牽引してきた。
アルベールのエレガントな要素は継承しつつも、ビッグショルダーにミニスカート、それはドナテッラのように生命力溢れ、美しい女性のためのドレスでもある。
1980-1990年代のような好景気はしばらくは期待できないとしても(しばらくなら良いが)、いつだってドナテッラの服を着る女性は胸を張って立っているのである。
参考:
続いてグラム・ヴァサリア(Guram Gvasalia)のヴェトモン(Vetements)。
「愛が愛をもたらす」と言うアルベールのポリシーに敬意を表したこちらの細身のスーツには、ハートが溢れているのである。
(左 Vetements, Guram Gvasalia)
こちらの白くてふわふわのドレスは、ヴィヴィアン・ウエストウッドのもの。
(Vivienne Westwood, Vivienne Westwood & Andreas Kronthaler)
女性を美しく見せることに心血を注いでいたアルベールにオマージュを評して作られたドレスは、アルベールが愛した花とフリルで彩られている。
Vのつくデザイナーはなんだか他より多いように感じるが、Vの最後は、ヴァレンティノである。
(Valentino, Pierpaolo Piccioli)
1-8. W
続いて2015年にイギリスにてブランドをスタートしたばかりのウェールズボナー(Wales Bonner)のスーツ。
(Wales Bonner, Grace Qales Bonner)
アフリカとヨーロッパを融合したテイストを特徴とするウェールズ・ボナー。
アルベールのテーラリングの技術の素晴らしさに着想を得て作られたと言うパンツスーツである。
1-9. Y
こちらはグレン・マルタン(Glenn Martens)が手がけたY/ Projectのドレスである。
同ブランドの創始者のヨハン・セルファティ(Yohan Serfaty)の後継者であるグレン・マルタンは、建築を学んだ後、アントワープ・ロイヤルアカデミー在籍中にデザイナーとしてパリにやってきた。
グレン・マルタンは、アルベールのキャンディピンクのカクテルドレスのドレープとシルエットに着想を得たとのこと。
首元やウエストに隠されたワイヤーによってドレスには動きが生まれ、しなやかかつボリュームがある仕上がりとなっている。
(Y/ Project, Glenn Martens)
1-10. AZ Factory
40以上ものデザイナーたちの作品の最後に展示されるのは、アルベール・エルバスが創設したブランドAZ ファクトリーの作品たちである。
(AZ Factory, Alber's Design Team)
AZ Factoryの創設発表から時をおかずして亡くなってしまったアルベール。
アルベール・エルバスという大きな支柱を失ってしまったとしても、彼のデザインチームはスピリットを受け続き、作品を作り続けている。
続いてまるで花火が打ち上がる夜空を纏っているかのようなセットアップ。
(AZ Factory, Alber's Design Team)
裾に縫い付けられたビーズで作られた人の肌の色や服の色は実にカラフル。
楽しげな夜のパレードといった感じの洋服である。
以上、これらが2021年10月のトリビュートショーを再現した展示である。
会場にはランウェイの映像がスクリーンに映し出されていたほか、ショーで使われた音楽が流れ、来場者はまるで当日のショーに参加しているような気分になれるという仕掛けが施されていた。
どのドレスのディスプレイや配置も素晴らしく、それぞれのドレスが一番美しく見える角度や高さが計算し尽くされているという印象を受けたのであった。
2. アルベールの精神を引き継ぐデザイナーたち
会場にはアルベール・エルバスへのトリビュート・ショーに参加したデザイナーたちのプロフィールが展示されていた。
ここでは簡単に彼らのプロフィールを見ていくことにとどめる。
3. アルベールの仕事
最後に、アルベール・エルバスの代表作と彼の年表が展示された部屋を紹介する。
アルベール・エルバスの代表作が展示された部屋の壁は、写真家スティーブン・マイゼル(Steven Meisel;1954-)が手がけた広告写真で飾られている。
夢やユーモア、ポップカルチャーや映画に言及したこれらのキャンペーン写真は、虚栄心、過度な贅沢、理想の美といった概念をユーモアを交えて表現している。
またアルベール・エルバスのドレスは、力強い色彩のものが多いほか、グログランやメタルジッパーで立体的な装飾が施されていることが分かる。
またこの部屋で一際目立っているのは、ふわっとしたシルエットの黄色のドレスである。
この黄色のドレスは、2007年10月に発表された2008年春ランバンのコレクションのものである。
オートクチュールのエレガンスをプレタポルテに持ち込んだというこの黄色のドレスは、アルベールの才能を象徴するマスターピースとなった。
当時、アルベールがランバンのウィンドウでそうしたように、ファンの風を下から当てる形でまるで帆船のように展示されているこのドレス。
スピンネーカーから着想を得たというこのドレスは、わずかな風でも膨らむ軽いシルクシャルミューズで作られているのである。
参考:「Lanvin Spring 2008 Ready-to-Wear」『Vogue Runway』(2007年10月7日付記事、Look 21参照)
そして最後の展示室では、アルベール・エルバスの年表とともに、過去のビデオやスケッチ、写真が紹介されていた。
【前編】の最初の方でアルベールの経歴について触れたが、最後にここでも写真や年表とともにアルベールの辿った道を簡単に振り返っておこう。
1961年、モロッコのカサブランカに生まれ、翌年、家族でイスラエルのテルアビブに移り住んだアルベール・エルバス。
アルベールは、幼い頃からカラフルなマーカーを使い、方眼紙に女性の洋服をスケッチしていた。
年代順に並べられたアルベールの写真と作品の写真、どの年代のアルベールも優しげに微笑み、自由に振る舞っているのが印象的である。
アルベールは、イスラエルのラマット・ガンにあるシェンカー・カレッジのファッション・デザイン科を卒業した。
卒業後、アルベールは、800ドルをポケットに入れ、ニューヨークに旅立った。
面接を受け続けていたアルベールであったが、共通の友人から紹介されたジェフリー・ビーンは、アルベールの能力を高く評価し、面接から10分も経たないうちにアルベールの採用を決めた。
それからアルベールは、ジェフリー・ビーンの右腕となり、彼のもとで精力的に働いた。
1997年にパリに招かれたアルベールは、ギ・ラロッシュのために最初のコレクションを発表、わずか4回のコレクションで、人気が低迷していたメゾンを復活させた。
2000年に入ると、クリツィア・トップ(Krizia Top)のショーをミラノで単独で行い、キャットウォークには黒人モデルのみを起用した。
2022年の今でこそ、アジア人や黒人のモデルをショーで見ることも多くなったが、2000年時点でのアルベールのこのキャスティングは、かなり稀なケースであり、彼の多様性に対する柔軟な姿勢を示すものである。
その後、イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュのプレタポルテ・コレクションの責任者も務めたアルベールは、2001年に入ると、ランバンのデザイナーに就任するなど、世界が彼の発表する作品を待ち望んだ。
順風満帆にデザイナーとしての人生を歩んでいるように思われたアルベールであったが、2015年10月、ランバンを去った。
ランバンを退社したアルベールは、「もう一度ファッションを好きになる」ために一旦ファッションから離れ、カンファレンスやマスタークラスに積極的に参加し、ファッションスクールの審査員として世界中の若手デザイナーと交流していたという。
こうして十分な準備期間を経て、アルベール・エルバスは、アイデアの実験室や革新の場として構想した自分自身のブランド「AZファクトリー」を立ち上げた。
2021年1月にAZファクトリーとして初のコレクションを発表したアルベールであったが、その年の4月、この世を去った。
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アルベール・エルバースのトリビュートショーを再現した本展。
会場自体はパリの美術館で開催される特別展としてはさほど大きくないように感じたが、そこに集まっている作品に圧倒された。
どんなに才能があるアーティストでも、人付き合いが上手いがゆえに孤独な人生を歩む人もいる。
アルベール・エルバスは、才能と人望、この二つを持ち合わせた稀有な天才であり、彼の人柄が今回のショーや展示を実現させたと言ってもよい。
「愛は愛を呼ぶ」、この言葉を身をもって表現したアルベール・エルバス。
一通り今回の展示を見た後には、この愛された天才の作品や功績をもっと知りたい、見たいという気持ちになったのであった。
参考:
・「愛にあふれた故アルベール・エルバスのメモリアルショー 川久保玲やデムナ、アルマーニら有名デザイナーが連帯」『WWD JAPAN』(2021年10月6日付記事)
Love Brings Love, Le Défilé Hommage à Alber Elbaz
会場:ガリエラ美術館(Palais Galliera)
住所:10 Av. Pierre 1er de Serbie, 75116 Paris, France
会期:2022年3月5日から7月10日まで
公式ホームページ:palaisgalliera.paris.fr
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