【前編】『Love Brings Love』(ラブ・ブリングス・ラブ):アルベール・エルバスにオマージュを捧げる、パリ・ガリエラ美術館にて開催の特別展レポート
序. パリ・ガリエラ美術館で開催、アルベール・エルバスにオマージュを捧げる特別展
2022年春から初夏にかけてパリのガリエラ美術館では、デザイナーの故アルベール・エルバス(Alber Elbaz;1961-2021)にオマージュを捧げた特別展『Love Brings Love, Le Défilé Hommage à Alber Elbaz』(ラブ・ブリングス・ラブ)が開催された。
2021年4月に急逝したアルベール・エルバス。
この才能溢れるデザイナーの生涯と今回の展示のコンセプトを簡単に説明しよう。
序-1. ランバン再生の立役者、アルベール・エルバス(1961-2021)
モロッコ生まれ、イスラエル育ちのアルベール・エルバスは、ジェフリー・ビーン(GEOFFTEY BEENE)社にて7年間勤務した後、1996年にギ・ラロッシュ(GUY LAROCHE)に入社。
そこでの活躍を認められたアルベールは、イブ・サンローランに迎えられ、「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ(Yves Saint Laurent RIVE GAUCHE)」を手掛けるようになる。
ところが間も無くしてイヴ・サンローランがグッチ・グループ(現:ケリング(Kering))の傘下に入り、解雇されたアルベールは、クリツィア(KRIZIA)で働くこととなった。
いくつかのメゾンを転々としたアルベールであったが、2001年、ランバン(LANVIN)のクリエイティブ・ディレクターに抜擢された。
アルベールの優美なデザインによって、見事老舗メゾンは盛り上がりを見せたが、2015年10月28日、アルベールはランバンのディレクターを退任した。
その後、しばらくファッション業界から遠ざかっていたアルベールは、2021年1月に自らのブランドAZ ファクトリー(AZ FACTORY)のコレクションを発表した。
世界中が彼のさらなる活躍を期待していたが、そのわずか約4か月後の2021年4月24日、アルベールは59歳の若さで急逝した。
序-2. 2021年10月開催、アルベール・エルバスに捧げたトリビュートショーとガリエラ美術館での展示
2021年10月5日、AZファクトリーは、46人のファッションデザイナーにアルベール・エルバスの人柄や世界観に着想を得たルックのデザインを依頼し、「ラブ・ブリングス・ラブ」(Love Brings Love)のショーを開催した。
このnoteで紹介するガリエラ美術館で開催された特別展は、そんなトリビュートショーで来場者が目撃した数々の美しい場面を再現するということをコンセプトとしている。
そこでは、ルックの登場順、ライティングや演出、音楽、そしてショーの最後で会場を舞ったハート型のティッシュなどが再現されており、美術館の来場者は、ショーを追体験することができる。
またこの2021年11月に亡くなったヴァージル・アブローもこの2021年10月のトリビュートショーに、オフ・ホワイト(Off-White)のデザイナーとして参加した。
奇しくもそこで発表されたルックは、ヴァージルが生前に発表した最後のルックの一つとなった。
ガリエラ美術館とAZファクトリーは、そんなヴァージル・アブローの思い出にもオマージュを捧げているという。
まさに本展は、激動の2021年を切り取るものでもある。
本展にはどのようなコンセプトや仕掛けが込められているのであろうか。
2. AZ ファクトリーからデザイナーたちに渡されたバトン
本展のキュレーター、アレクサンドル・サムソン氏(Alexandre Samson)によると、ファッション関係の美術館がファッションショーを完全に再現したのは初めてとのこと。
またサムソンは、通常の美術館の展示で重視される時間をかけた調査に基づく学問的重要性よりも、アルベール・エルバスの死からおよそ1年、そしてトリビュートショーの開催からわずか半年でこの特別展を企画・開催したスピード感を強調している。
いくら短期間で準備されたものとはいえ、そこにあるのは、トリビュートショーに参加した全てのデザイナーの作品そのものや紹介パネル、アルベールに寄せたメッセージ、そしてアルベール・エルバスのキャリアを振り返る展示などなど、かなり見応えがある内容になっていることは確かである。
(AZ Factory, Alber Elbaz)
またアルベール・エルバスは次のような言葉を残している:
「私には、ドレスを作るという夢がありました。ただシンプルなドレス、女性を抱きしめてくれるドレス。必要な時にあなたを包み込んでくれるドレスを」
(I had a dream to make a dress, just a simple dress, that can hug a woman.
A dress that will hold you when you need it. / J’avais un rêve, celui de faire une robe, juste une simple robe, qui puisse enlacer une femme. Une robe qui vous étreint quand vous en avez besoin.)
また本展にはいくつもの仕掛けが施されている。
例えば、キュレーターのサムソンは、各ルックを着用したモデルの肌の色や体型を反映したマネキンを使用した。
また各ルックに表示されたQRコードを読み取れば、舞台裏の映像やフィッティング写真など、創作の現場を垣間見ることができる。
さらに各デザイナーのドレスは、アルファベット順、つまりA to Zで展示されているため、そこではメゾンの歴史は関係なく、全てのデザイナーは平等に扱われているのである。
それでは次の章から実際に会場に展示されていた各デザイナーの作品を見ていくこととしよう。
3. A to Z:AからJまでのデザイナーの作品
本展のコンセプトに従って、Aで始まるデザイナーからその作品を紹介していくことにしよう。
3-1. A
写真手前のピンクのドレスは、ピーター・ミュリエ(Pieter Mulier)が手がけたアライア(ALAÏA)のドレス。
(Alaïa, Pieter Mulier)
女性らしいシルエットを強調するしなやかなドレス、その中にはハートが隠されている。
3-2. B
右端の黒いドレスはサラ・バートン(Sarah Burton)のアレキサンダー・マックイーン、その隣のピンクと白のものは、オリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)のバルマンのドレス。
(右 Alexander Mcqueen, Sarah Burton)
(中央 BALMAIN, Olivier Rousteing)
バルマンのルックは、ランバンの2013年秋のランウェイにインスパイアされたという。
緩やかなシルエットのトップスにはミニスカート、ネックレス、ブレスレット、ブローチなどのアクセサリーは、「LOVE」を抱きしめるというアルベールの想いを表現している。
こちらのショッキングピンクのドレスはバレンシアガのもの。
( Balenciaga, Demna)
ショッキンングピンクは、アルベール・エルバスが好んだカラーの一つとのことである。
目に鮮やかなボッテガグリーンのドレス。
(Bottega Veneta, Daniel Lee)
素材もシルエットも遊び心満載である。
ゴールドの滑らかなドレスはバーバリーより。
(Burberry, Riccardo Tisci)
サテンのなだらかなラインのナイトドレス、柔らかみのあるゴールドが美しい。
3-3. C
続いてCのつくデザイナー・ブランドに移る。
(右 Casablanca, Charaf Tajer)
パステルカラーのシフォンドレスは、女性には楽しく自信を持って生きて欲しいというアルベールの思いを受け継ぐものである。
人目を引くカラフルなパッチワークのドレスはディオールのもの。
(Christian Dior, Maria Grazia Chiuri)
現ディオールのクリエイティブディレクターであるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が、ピエルパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli )と共にヴァレンティノに就任した頃のディナーにて、真っ先に彼女に声をかけてくれたのがアルベールだったという。
人々はアルベールの才能だけではなく、細やかで温かい人間としての魅力にも惹かれていたのである。
写真では見切れてしまっているが、グランド・ボールガウンの後ろに垂らされたサッシュには「I love you」という刺繍が施されていた。
こちらのプラスサイズのマネキンが着るのはクロエのドレス。
(プラスサイズというか、むしろ今まで見てきたマネキンが平均離れした体型なのであってこちらのマネキンには親近感を覚える)
(Chloé, Gabriela Hearst)
アルベールが得意としたお祭りの衣装のようでありながらも優美なフレンチスタイルを重視したドレスとのことである。
こちらは2018年にブランドを立ち上げたばかりの新人デザイナー、クリストファー・ジョン・ロジャーズ(Christopher John Rogers)のドレスである。
(Christopher John Rogers)
カラフルな布をつぎ合わせられて作ったドレス、彼の服作りは、色々な魂や意図を持った人々とのシェアルームから着想を得ているという。
異なるもの同士、時には議論することもあるけど、合わさることで二倍にも三倍にも魅力的になる。
カラフルな布から生み出されたドレスはそのことを物語っているようである。
参考:
・「クリストファー ジョン ロジャーズが証明した真のチームワーク。【ファッション界の新しい才能 vol.1】」『Vogue Japan』(2021年2月12日付記事)
本展では日本のデザイナーの作品もいくつか展示されており、川久保玲のギャルソンもその一つである。
(Comme des Garçons, Rei Kawakubo)
ミニーマウスだらけのドレスはポリ塩化ビニルで作られたボレロとスカートで覆われている。
型破りでユニークなデザインでありながらもきちんと調和が取れている不思議なドレスである。
3-4. D
Dのつくデザイナーといえば、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)。
(Dries Van Noten, Dries Van Noten & Stephen Jones)
赤いサテンのドレスの前面にあしらわれた四角い眼鏡をかけた可愛らしいアルベールがポイントである。
3-5. F
Fがつくブランドといえば、キム・ジョーンズのフェンディ。
キム・ジョーンズは、とある日本行きのフライトでアルベールと一緒になり、日本に到着するまでアルベールと話しこんだ思い出を語っている。
(Fendi, Kim Jones)
3-6. G
次はGのつくブランド・デザイナーへ。
Gのつくブランドは比較的数が多かったので、この節だけ少しだけ長めになる。
(Givenchy)
(Giambattista Valli)
こちらのエレガントな水色のドレスは、ジョルジオ・アルマーニ。
(Giorgio Armani Privé, Giorgio Armani)
軽妙で自由なアルベールのセンスに惹かれていたというジョルジオ・アルマーニ。
淡い水色のナイロンのレースは何層にも重ねられており、ダイナミックな形に仕上げられている。
Gといえばアレッサンドロ・ミケーレのグッチ(Gucci)も欠かせないであろう。
馬にオマージュを捧げたグッチのコレクション「アリア」(Aria)でも見られた乗馬スタイルが随所に取り入れられたルックである。
ファー付きのジャケットを脱ぐと、トップをわずかに隠すだけのハートのキャミソールという仕掛けあり。
ネイルには「アルベール・エルバス」(Alber Elbaz)の文字が施されるなど、細かいところまで抜かりがない。
参考:「グッチ創世の物語 100周年を祝うコレクション「ARIA」発表」『FashionSnap.com』(2021年4月16日付記事)
この桜色の夢のように美しいドレスの作者は、中国人クチュリエのグオ・ペイ(Guo Pei)。
北京を拠点に活動するグオ・ペイ。
アルベール・エルバスは、彼女の北京のスタジオを訪ねたこともあるという。
アルベールは、女性の美しさと現代的なスタイルを融合して作品を生み出すことができる天才であったとグオ・ペイは振り返る。
グオ・ペイが北京でデザインを学んでいた1980年代の中国には、文化大革命の爪痕が残っており、人々にとって西洋の文化は未知の世界であった。
それでも美しい、何か新しいものを渇望する中国の人々はエネルギーに満ちていた。
1997年、ローズ・スタジオ」を設立したグオ・ペイ。
その後、中国は驚異的な経済成長を遂げ、彼女が手がける繊細かつ豪華な服は、富裕層やセレブリティによって求められるようになっていった。
刺繍職人が手がけた花びらが散りばめられたドレス。
グオ・ペイの作品には、中国で受け継がれてきた確かな技術が生きているのである。
参考:「中国人クチュリエ、グオ・ペイが告白。「METガラでリアーナがドレスを着たその後」。」『Vogue Japan』(2018年1月29日付記事)
3-7. H
左のドレスは、ナディージュ・ヴァネ=シビュルスキー(Nadège Vanhée-Cybulski)の作品。
(Hermès, NadègeVanhee-Cybulski)
エルメス・オレンジを基調に馬モチーフやスカーフなどはエルメスの定番に思われるが、よく見るとブラウスには眼鏡をかけたアルベールが描かれているのがポイントである。
3-8. I
手前のドレスはオランダのデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルぺン(Iris Van Herpen)の作品。
アメーバのように広がった裾が特徴的なドレスである。
(Iris Van Herpen, Iris Van Herpen & Adobe)
3-9. J
【前編】の最後に紹介するのは、ジャン・ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)の真っ赤なドレスである。
ゴルチエのドレスは、アルベールが好んだモチーフであった赤と黒のハートをもとに作られており、とても刺激的である。
シフォン素材のコルセットドレスの裾はベルベットとなっており、サテンのチョーカーに長い手袋はとてもセクシーである。
胸には燃えるような真っ赤なハート、でも上品にまとまっているから不思議である。
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すでにこの【前編】だけでは膨大な作品数になったが、引き続き【後編】でも本展の内容を紹介していくので乞うご期待!
参考:
・’ Paris Museum Recreates Electrifying Alber Elbaz Tribute Show', in: WWD (2022年3月4日付記事)
・「故アルベール・エルバス氏を称える展覧会開催 パリコレでのトリビュートショーを再現」『WWD JAPAN』(2021年11月29日付記事)
Love Brings Love, Le Défilé Hommage à Alber Elbaz
会場:ガリエラ美術館(Palais Galliera)
住所:10 Av. Pierre 1er de Serbie, 75116 Paris, France
会期:2022年3月5日から7月10日まで
公式ホームページ:palaisgalliera.paris.fr
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