【後編】ラ・ギャラリー・ディオール(La Galerie Dior):パリで受け継がれるディオールの物語、ディオール本店併設の美術館
【前編】、【中編】とディオールの美しい作品を紹介してきたが、まだまだ目を見張るような展示が続く。
今回のnoteでその紹介は最後になるが、最後まで楽しんでいただきたい。
10.ディオールの舞踏会(Le Bal Dior)
クリスチャン・ディオールは、夢と現実が交差する、抗い難い魅力に満ちた舞踏会から大いにインスピレーションを受けていた。
「そのけばけばしさに苛立つ人もいるかもしれないが、人々の真の楽しみの感覚を取り戻すことができるならば、それは望ましく、必要で、重要なことなのである」
(People may be irritated by their ostentation, but if they can give back the sense of authentic popular enjoyment they are desirable, necessary and important)
とディオール自身が述べている通り、心浮き立つロマンティックな世界観を彼は大切にしたのであった。
2017年1月、マリア・グラツィア・キウリは、クリスチャン・ディオールの舞踏会への愛に経緯を表して、自身の初のオートクチュールコレクションをロダン美術館の庭園で発表した。
美しい夢のような庭園で発表された花のようなドレスたちは、一見非現実的なものに見えるかもしれない。
ところがマリア・グラツィア・キウリが「夢の世界を、ウェアラブルなものとして提案すること」とというコメントを出している通り、それは、あくまでも主役はドレスではなく、それを着る女性であるということを繰り返し思い出させてくれるコレクションであった。
そんなディオールが織りなす舞踏会はどんなものだろう、と期待に胸を膨らませてこのブースに入った時、こちらのずらりと並ぶドレスを見て圧倒されてしまった。
この会場のスクリーンは、フレスコ画、青空、夕暮れ、そして黄金の星降る夜というようにどんどん移り変わっていく。
だんだん太陽が昇ってくる。
そして徐々に夕闇が広がり…
あたり一面の星空となる。
そして黄金の星のシャワーが降ってくるのである。
夢か現実か、まるで魔法にかけられたような気持ちになりつつ、ディオールのドレスの世界に浸る。
またこちらにはディオールの作品が掲載された雑誌のカバーも展示されていた。
またこちらの部屋には禍々しい輝きを放つジュエリーも展示されていた。
このジュエリーは、ベラドンナ(bella donna/ イタリア語で美しい女性の意味)をモチーフに、様々な種類の石から作られている。
かつてこの植物は、女性が瞳孔を大きくし、吸い込まれるように美しい瞳を演出するための散瞳剤として使われていたが、毒性があるものである。
こうした事情を知ってしまうと、このジュエリーは、危険を冒してまで手に入れたいという女性の美しさへの執念を語っているような気もするのである。
参考:
・「ディオールがラフ退任後初のショー、ロダン美術館の庭園に鏡の間が出現」『FASHIONSNAP.COM』(2016年1月25日付記事)
・「マリア・グラツィア・キウリによるディオール初のオートクチュールコレクションが発表」『fashionpost.com』(2017年1月24日付記事)
11.不思議の部屋( La Chambre aux Merveilles)
この部屋では、部屋の壁一面に備え付けられた棚に、アクセサリーや小物、香水、ミニチュアなどが展示されている。
少し離れて撮った写真が残念ながらブレてしまったのだが、まるでチョコレートボックスのように、一つ一つを覗いてみるのが楽しみになるようなラインナップである。
クリスチャン・ディオールとその後継者たちは、職人や他のデザイナーたちと協力し、様々なアイテムを生み出した。
例えば、ロジェ・ヴィヴィエ(Roger Vivier)とのコラボレーションシューズ、ロジェ・シェママ(Roger Scemama)がデザインしたジュエリー、ステファン・ジョーンズ(Stephen Jones)がデザインした帽子、バッグ、香水などなど。
先ほどはチョコレートボックスと書いたが、こうして見ていると世にも美しい標本のようにも見えてくる。
無造作に集められたように見えてきちんとストーリがあるような様は、ミラノのプラダ財団美術館(Fondazione Prada)で開催されたウェス・アンダーソンがキュレーションした展示を思わせるものもあった。
だんだん夜の遊園地に紛れ込んだような楽しい気持ちになってくるが、この上の写真にあるディオールを象徴する花の一つである鈴蘭をモチーフにした小物たちはどれか一つは手元に置いておきたいほど魅力的である。
大きなものを購入したり所有したりすることはできなくても、小さなアクセサリーや小物をいくつか持っておくだけで日常がグッと楽しくなる。
これからの人生の中で、一つずつ、そんな自分のお気に入りのアクセサリーを揃えてきたいと思わせてくれるようなブースであった。
12.ミス ディオール(Miss Dior)
こちらは1947年のディオール初のコレクションと共に誕生した香水ミスディオール(Miss Dior)をモチーフにしたブースとなっている。
当時、クリスチャン・ディオールは、調香師ポール・ヴァシェール(Paul Vacher)に「愛の香りをする香水」を作るように依頼した。
以降メゾンを代表するロングセラーとなっている香水ミス・ディオールは、クリスチャン・ディオールが敬愛した妹カトリーヌ・ディオールに捧げられたものでもあった。
フレンチ・エレガンスを体現する女性であったカトリーヌも、クリスチャン・ディオールと同じく、ロマンチックな庭園に親しみつつ少女時代を過ごしたため、植物に対する愛を兄であるディオールと共有することができた女性であったのである。
クリスチャン・ディオール自身もこの香水を元に1949年にドレスをデザインしたように、ここでは2021年にマリア・グラツィア・キウリがミスディオールをイメージしてデザインしたドレスが展示されている。
一つ一つの草花が風にそよいでいるかのようにゆらゆらと、鮮やかな彩りのドレス。
このような自然の花を表現した細かい刺繍の技術に脱帽である。
参考:「伝説の香り「ミス ディオール」、誕生のストーリーに迫る!」『家庭画報』(2019年10月4日付記事)
13. ディオールを着たスターたち(Les Stars En Diors)
本展の最後のブースでは、かつてセレブやスターたちがレッドカーペットの上で身に纏ったディオールのドレスが展示されている。
1950年に女優のマレーネ・ディートリヒ(Marlene Dietrich;1901-1992)は、ヒッチコック(Alfred Hitchcock)に「ディオールがなければ、ディートリッヒも成り立たない」(No Dior, no Dietrich)と言い、映画の衣装としてディオールの衣装を要求した。
それくらい銀幕のスターたちにとってディオールのドレスは自身の魅力を引き立てる魔法のドレスのような存在だったのであった。
イングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman;1915-1982)、エリザベス・テイラー(Elisabeth Tylar;1932-2011)、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe; 1926-1962)、ソフィア・ローレン(Sofia Loren;1934-)といった大女優たちは、ディオールのドレスの美しいシルエットを好んだ。
(Coffret Rouge Dior présenté à Jone Russell en 1954, contenant la version obélisque pour la coiffeuse et 14 teintes de rouge)
さらにダイアナ妃(Diana, Princess of Wales;1961-1997)が亡くなる前年にメットガラで着用したネイビーのドレスは、強く印象に残るものであった。
このドレスは、余計なものは何もなく、長身のダイアナ妃の立ち姿をさらに美しく見せるようななだらかな曲線が特徴的である。
ディオールとスター、この組み合わせは今日に至るまで数々の伝説的な着こなしを生み出している。
例えば、エマ・ストーン(Emma Stone)、ナタリー・ポートマン(Natalie Portman)、アンジェラベイビー(Angelababy)、ジェニファー・ローレンス(Jennifer Lawrence)、リアーナ(Rihanna)などのミューズたちは、レッドカーペッドでの衣装としてディオールを選び、世界中の人々の目を楽しませてくれているのである。
おまけ:ギャラリー併設のカフェ
膨大な量の展示作品を見終わった頃にはクタクタになっている人も多いであろう。
このギャラリーの中ではカフェも運営しており、食事やコーヒー、スイーツで休憩が取れるようになっている。
この日、筆者は次の予定の時間が迫っていたためカフェを利用することはなかったのだが、ショーケースの食べ物は彩豊かで魅力的であった。
3回にわたって書いてきたラ・ギャラリー・ディオールのレポートもこれでお終いである。
写真を整理しながら記事を書いていて気づいたのだが、今回のディオール展で展示されるドレスの大半は、ほぼアーカイブからの複製品であった。
流石に21世紀に入ってから作られたドレスは現品が展示されていたものの、特にクリスチャン・ディオールやイヴ・サンローランがデザイナーを務めていた古い時代のドレスのオリジナルは会場には展示されていなかった。
というのも衣服というものは、保存や修復が難しいため、ものによっては展示すら難しいものもある。
その点、ディオールには大量のアーカイヴが残されており、その整備や伝承、さらには研究のために、コピーに作成にかなり力を入れている印象を受けた。
オリジナルを展示に使ったならば、全てガラスケースに入れ、中にはマネキンに着せることもできなかった衣装もあったであろう。
本展のような煌びやかな会場での展示が実現したのも、優秀なディオールのスタッフたちが心を込めて作った複製品のおかげなのである。
また普通に生活をしていたならば、一生のうちにドレスを着ることは数えるほどしかないであろうし、ディオールような価格帯のバッグや洋服はそうそう頻繁に購入できるものではない。
そこで取り入れたいのがディオールの香水やコスメであろう。
最近ではドラッグストアで購入できるコスメもだいぶ質が良く使いやすいものが多いのだが、何かいいことがあった時にはちょっと背伸びしてディオールなどのデパートコスメを買いたくなる。
それらは鏡台に並んでいるのを眺めても、またポーチの中で顔を覗かせているのをパッと見ても、不意に自分を力付けてくれるアイテムとなるであろう。
イタリアやフランスの各高級ブランドは、その辺のマーケティングが実に巧みで、そのブランドのドレスや鞄には手を出せなくても、ちょっと頑張れば手が届く値段でコスメを展開している。
少しゆとりができたならばその戦略にあえて乗ろう。
例え小さなコスメとはいえ、それはブランドのエスプリを受け継ぐものであり、生活を楽しくしてくれるものでもあるのだから。
ラ・ギャラリー・ディオール( La Galerie Dior)
住所:11 Rue François 1er, 75008 Paris, France
開館時間:11:00-19:00(月曜、水曜から土曜)、10:00-18:00(日曜)、火曜休館
公式ホームぺージ:galeriedior.com
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?