《前編》 プラダ財団美術館特別展、ウェス・アンダーソンの世界観あふれる驚異の部屋: Wes Anderson e Juman Malouf/ Il sarcofago di Spitzmaus e altri tesori
0. はじめに
2019年9月20日より、ミラノのプラダ財団美術館(Fondazione Prada)にて、映画監督ウェス・アンダーソン(Wes Anderson; 1969-)とそのパートナーであるイラストレーター、ジュマン・マルーフ(Juman Malouf; 1975-)が、キュレートした特別展「トガリネズミのミイラの棺と宝物たち」(Il sarcofago di Spitzmaus e altri tesori/ Spitzmaus Mummy in a Coffin and Other Treasures) が開催されている。
何ともポップな名前で、それこそまるで、ウェス・アンダーソンの映画のタイトルのようであるが、こちらは2018年11月から2019年4月にかけてオーストリア・ウィーン美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)で開催されてきた展示が巡回してきたもの。
因みに、この展示のタイトルは、その展示品の一つである紀元前4世紀のトガリネズミのミイラが入ったエジプトの木箱に由来している。
今回のプラダ財団での展示空間は、ウィーンでの展示を踏襲しつつも、まるで宝箱、16世紀に建てられたルネサンス期のアンブラス城(オーストリア・インスブルック)に着想を得て構成された。
ウェスとジュマン自身が愛し、何度も訪れているというウィーン美術史美術館とウィーン自然史美術館のコレクションから、彼らが選んだ538もの作品から構成される本展。
展示品を挙げるとするならば、緑の石や骨董、子供の肖像、ミニチュア、時計、貴族の肖像、風景が、隕石、動物の標本などなど。それは、まるで、少年の日に集めた秘密のガラクタ箱のようなもの。
ウェスは次のようなコメントを残している(本展パンフレットより):
「ウィーンとミラノでのこの展示は、何度も何度も絶望しながら忍耐強く続けられた、何年間にもわたる交渉の結果である;厳しい怒号が飛んだ議論;ある時の完全な対立;またマキァヴェッリも脱帽するような二枚舌や欺瞞。
おそらく、私とジュマンはともに、罪の意識を感じているが、それすらも疑っている。(中略)
私とジュマンは、ここに展示される芸術作品の概念や創作に何のクレジットも持つことはできない。
我々は、型にはまらないこの作品たちの分類や配置が、美術史や考古学になんらかの影響を与えることを健気に期待することしかできないのである。
瑣末で、取るに足らないものかもしれないが、それにもかかわらず未来の世代が何かこう手に取ることができる(DETECTABLE)ような方法で。」
このコメント通り、 今回プラダ財団美術館で展示される538もの作品のどれ一つとして、ウェスとジュマンが作ったものではない。
それでもなお、考古学、西洋美術、東洋美術、生物学などなど、ジャンルにとらわれないラインナップには、確かに彼らの感性や意思が息づいているのである。
展示室には、作品番号も順路もキャプションもない。(入り口で配られるリブレットには作品番号がふられている)
それはまるで驚異の部屋(Wunderkammer)のように、既存の美術館のルールを打ち破るような構成。
何が面白いか、重要か、心に残るかを決めるのは、鑑賞者次第。
ウェスがふしぶしに散りばめたテーマを探りながら、展示室を歩く楽しみがある。
またブックショップでは、本展のために作られた特別カタログが販売中(値段はなんと180ユーロ越え!)。
この特別カタログには、テクストの他、絵など様々なものが入っており、まるで持ち歩ける美術館となっている。
それは、フランス生まれの美術家マルセル・ドゥシャン(Marcel Duchamp; 1887-1968)の『トランクの中の箱』 (Boîte-en-valise) (1935-1941)に着想を得ているという。
筆者がnoteに美術館のレポートを書き続ける理由も、このようにいつでも持ち歩ける、見返せる美術館を自分で整理して作りたいという気持ちからかもしれない。
なんともウェスのファンの心をくすぐる演出ばかりで心憎いが、以下、展示品の一部を写真とともに紹介していきたい。
1. 緑の部屋
ガラスケース3(Vitrine 3)と壁4(Wall 4)に展示されるものは、全て緑色のもの。
16世紀のエメラルド(カタログ番号70番、以下番号はカタログ番号を指す)と対置されるのは、イプセンの戯曲『ヘッダ・ガーブレル』(Hedda Gabler)の緑の衣装(1978年)(99番)。
(残念ながら筆者が撮った写真ではちょうどガラスケースの枠でエメラルドが見えない)
ガラスケースの方には、ヨーロッパ諸地域の他、インドネシア、チェコ、中国に由来する楽器や鉱物、像などが並ぶ。
一方で壁の方には、絵画や衣装など。
ベルナルディーノ・ルイーニ『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』(Bernardino Luini, Salome with the Head of John the Baptist; c. 1525/30)(106番)。
因みに、ベルナルディーノ・ルイーニ (c. 1480-1532)は、レオナルド・ダ・ヴィンチと共に仕事をした芸術家と言われており、彼の作品は、ミラノのサン・マウリツィオ教会(San Maurizio)に残されている。
『緑のドレスを着たマリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ(1574-1621)』(Archduchess Maria Christina in a Green Dress, Knee-length Portrait; c. 1592)(98番)。
一見、その制作年代もジャンルも無関係に見えるものたちであるが、緑の部屋に並べられることによって不思議な調和を保っている。
2. 貴族の肖像
壁1-2と18-19(Wall 1-2 & Wall18-19)は、展示室の両端で向き合う形で、立てらており、そこにはヨーロッパの貴族・王侯たちの肖像画が展示される。
ピーテル・パウル・ルーベンス『イザベラ・デステの肖像』(Peter Paul Rubens, Isabella d'Este, c. 1600/1601)。
イザベラ・デステ(1474-1539)は、フェラーラのエステ家出身のマントヴァ公妃であり、芸術や学問を愛したルネサンスの女性である。
レオナルド・ダヴィンチなど、様々な芸術家のパトロンとなったが、アレヤコレヤ注文の多いこだわりの注文主であったらしい。
参考:壺屋めり『ルネサンスの世渡り術』芸術新聞社、2018年。
作者不明『マドレーヌ、多毛症ペトルス・ゴンザレスの娘』(Anonymous, Madeleine Gonsalvus, Daughter of the Hirsute Man Petrus (Pedro) Gonsalvus; c. 1580)(3番)/ 『多毛症ペトルス・ゴンザレスの息子』(Anonymous, Son of the Hirsute Man Petrus (Pedro) Gonsalvus; c. 1580)(4番)。
豪奢な衣装を着るテディベアのような子供。
彼らは、多毛症のペトルス・ゴンザレス(1537-1618)の子供たちである。
多毛症で奇異な外見をしたペトルスは、フランスのヴァロワ朝国王アンリ2世の宮廷でペットのように暮らした。
ジュマンも本展のためにこの子供たちのイラストを残している。
日本でも昭和の時代には、「見世物小屋」があり、おかしな身体的特徴を持った人々が、珍獣のような扱いを受けた。
王侯貴族の子供と変わらない服装は、ますます、ペットとして暮らした子供たちの悲劇を連想させるようである。
参考:NIKKEY STYLE(2017年4月30日付記事)
他、同じブースに展示される作品たち。
『傭兵隊長ベンベルグのコンラッド』(Petrus Dorisy (of Mechelen), Konrad of Bemelberg, Leader of the Lansquenets, in Cuirass; dated 1582)(5番)。
『皇女アンナ、フェルディナンド1世の娘』(Jakob Seisenegger, Archduchess Anna, Daughter of Ferdinand I; c. 1545)(6番)。
右上 アロンソ・サンチェス・コエーリョ『スペイン王フェリペ2世』(Alonso Sanchez Coello King Philip II of Spain, Portrait in Spanish Court Dress with the Order of the Golden Fleece; c. 1568)(7番)。
左上『黒いドレスを着た大公妃カトリーヌ・レーヌ』(Jakob De Monte, Archduchess Catharine Renea in a Black Dress; c. 1591)(8番)。
左下 アルチンボルト 伝『大公妃の肖像』(Attributed to Giuseppe Arcimboldo, Portrait of an Archiduchess (Archduchess Margarete?); c. 1563)(9番)。
右下 作者不明『隊長』(Anonymous, Johannes Zisska of Trocznow, Millitary Leader; end of 16th century)(10番)。
こちらは壁18の中央部に展示される肖像画。
『石棺の中の目』(Eyes from a sarcophagus; c. 380-31 BC)(322-323番)。
紀元前4世紀のエジプトの石棺から発掘された目のオブジェが壁に埋め込まれる形で展示されている。
そんなに見つめられると、フィッツジェラルド作『華麗なるギャツビー』に登場する神の目を連想してしまう。
ハンズ・ベッセル以降『ユーリヒ=クレーフェ=ベルク連合公国大公妃マリアと長女マリア・エレオノーレ』(After Hans Besser, Archduchess Maria, Duchess of Jülich, Kleve and Berg, with Her Firstborn Daughter Maria Eleonore; c. 1555)(324番)。
これらの展示ブースの両端に配置される貴族たちの肖像は、静かに、そして毅然として、そこにある。
彼らははまるで、この驚異の部屋の規律を守る番人のようでもある。
3. 子供の部屋
壁5-8(Wall 5-8)で区切られた空間は、王侯貴族の子供たちの肖像が陳列されている。
『4歳のフェルディナンド2世』(Painter working for the Archducal Court at Graz, Emperor Ferdinand II Aged Four; dated 1582)(122番)。
神聖ローマ帝国皇帝フェルディナンド2世(1578-1637)は、皇帝の肩書きだけではなく、オーストリア大公、ボヘミア王、ハンガリー王と様々な称号を持っていた。
ハプスブルク家の所領を守るために、三十年戦争(1618-48)など、生涯戦争に明け暮れた皇帝であった。
絵の中のフェルディナンド2世は、わずか4歳ながら付け襟に羽のついた帽子と貴族の大人と変わらない服装をしており、それは、彼の苦難に満ちた人生を予感させるようでもある。
ジョセフ・クロイツィンガー『マリアアンナ皇女、神聖ローマ皇帝フランツ2世(オーストリア皇帝1世)の娘』(Josef Kreutzinger, Archduchess Maria Anna, a Daughter of Emperor Franz II (I); early 19th century)(166番)。
左 作者不明『オーストリア大公カール2世』(Anonymous, Archduke Charles of Inner-Austria as a Child; after 1545)(108番)/ 右 作者不明『3歳4ヶ月のバイエルン公妃クリスティーヌ』(Anonymous, Duchess Christine of Bavaria Aged Forty Weeks; 1572)(111番)。
なお、先に紹介したフェルディナンド2世(1578-1637)とこのカール2世(1540–1590)は親子であり、かつ本展では向かい合うように展示されている。
2人の衣装の違いを比べるのも面白いが、同じく子供の頃から、ハプスブルク家の運命を切り開く役割を期待されていた2人であった。
アンドリース・コルネーリス・レンズ『オーストリア皇帝フランツ1世(神聖ローマ皇帝フランツ2世)とその姉マリア・テレジア』(Andries Cornelius Lens, Emperor Franz I (II) of Austria and His Sister Maria Theresia as Children; 1768)(109番)。
先の章で紹介した貴族の大人たちの絵と比べてこの子供たちの絵は、まるで子供部屋のように壁の内側に設置されている。
子供時代は、子供の時は永遠の時のように感じるが、時の流れは残酷で、無条件に愛され、守られる時間はあっという間に終わる。
この部屋の子供たちは、やがて間も無く、この部屋から出て大人になり、様々な肩書きや責務を背負って、世界に出ていかねばならないのであった。
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実はまだ展示品の半分も紹介していない。
しかしながら、展示品の写真の数も膨大であるため、一旦《前編》は、ここで筆を置き、次の《後編》で、引き続き作品について書いていきたい。
参考:
Wes Anderson e Juman Malouf
Il sarcofago di Spitzmaus e altri tesori
住所:Fondazione Prada, Largo Isarco 2, Milano
会期:2019年9月20日から2020年1月13日まで
公式ホームページ:fondazioneprada.org
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